【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
6-7 ★ 貴方にしか頼めないこと
「貴女は一体、何者なのですか?」
カナン巡査が恐る恐る訊ねた。彼は警察官だから、王女様の写真も、ビアンカの似顔絵も記憶しているはずだ。その彼ですら気付かない。マーガレット王女様は今、自分の存在価値に揺れ動いている。
――何者なのか。きっと王女様自身も知りたいのね。
「マーガレット王女殿下ではございませんか」
あっさりと正答を呈したのは、なんとチャールズだった。
「以前お目にかかった時とはお姿が違いますが、その声と話し方は、まさしく……」
チャールズは胸に右手を添え、王女様へ一礼した。王女様も静かに頭を垂れた。
「ゆ、行方不明の……マーガレット王女殿下?」
カナン巡査は慌てて王女様の前に跪く。
「ご、ご無礼な態度をお許しください。平に平にご容赦を」
「構いません。貴方を困らせる気は無かったのです。どうかお顔を上げてください」
マーガレット王女様は自ら席を立ち、カナン巡査の肩にそっと触れて、椅子へと促した。
「チャールズ殿下もどうぞ、お座りになって」
「は、はい」
チャールズはマーガレット王女様の真向かいに腰掛けると、壁際へ視線を向けた。
「貴方は、チャールズ殿下の秘書の方ですか?」
「ジーニーと申します」
ジーニー・ブロンテは頭を垂れた。
「こちらへおかけください。長旅でお疲れでしょう」
マーガレット王女様は空いた席にジーニーさんを促す。ジーニーさんは一礼して、そっと腰を下ろした。
「新聞を読みました、マーガレット殿下。貴女の手紙も、王家を出奔されたご事情も。それでなぜこちらの大使館に?」
チャールズが訊ねた。
「ミミ様とアルフレッド殿下が私を救ってくださったのです」
「ど、どういう経緯で兄上たちとご縁が?」
「話せば長くなります」
そう言うと王女様はカナン巡査へ向いた。
「カナン巡査、貴方はとても職務に忠実で、義理堅い御方だとお見受け致します」
「も、もったいないお言葉です、殿下」
「警察官の貴方に、頼みたいことがございます。とはいえ私はエデンを離れ、ミミ様とアルフレッド様のご厚情によりヴェルノーン大使館に庇護されている身。貴方に指示する権限は何も持ちません。あくどい鑑定士により、名前を剥奪された小石のような存在です」
「そのようにご自分を卑下されずとも。王女様のお力になれることでしたら、本官は手となり足となりましょう」
「直属の上官の命令に背いてでも、ですか」
「えっ」
「私のお願いが、貴方の身の破滅を促すことに繋がりかねないと言っても、貴方は私が王女だからという理由で、頼みを聞いてくださるのかしら」
マーガレット王女様の問いかけに、カナン巡査はゴクリと喉を鳴らした。王女様はカナン巡査を試しているのだ。「王女だからという理由で」という文言に深い意味がある。
「殉職を覚悟して、私は警察官を志しました。私が青年だった時分、ザルフォークは王政が解体されたばかりで、治安は悪化の一途を辿り、玉座が消えても、弱者が虐げられていました」
カナン巡査は心底つらそうに視線を膝へ落とす。
「貴女が誰であろうと、早急な救済を必要とする立場ならば、合理性と世間体を重んじる上官の命に背いても庇護致します」
その声と表情に偽りはない。ビアンカのことで私たちに詰問してきたのも、国民の安全を第一に思うが故だったのだろう。
――盾の両面を見たら、この人への印象が百八十度変わったわ。
「貴方はミミさんの件で辞職もいとわないと仰いましたね」
「はい。人を守る立場にある私が、ご夫妻の身を危険に晒したからです、マーガレット殿下」
「ご夫妻も私も、貴方のように堅実な御方の辞職を求めません。私のお願いが、貴方の身を危険に晒すと申したのは、貴方の真意を知る為でした。悪性な私の舌禍をお許しください」
「とんでもございません、殿下。私に二言はございません。何なりとお申し付けください」
「貴方の属するザルフォーク警察機関から探りを入れて欲しいことがあるのです」
「探りを入れて欲しいこと?」
「はい、くれぐれも内密に。手配犯ビアンカ・シュタインの報奨金の出資者について調べていただけませんか」
「分かりました。あの……殿下はなぜ、あの犯罪者に関心をお持ちなのですか。似ていると不届きなことを申した者がいたからですか」
「私がそのビアンカ・シュタインだからです」
目を剥くカナン巡査に、マーガレット王女様は旅券を差し出した。
「偽名ですけれど。それは私の側近が作った偽の旅券です。旅券の真贋を見極めることのできる者を、ヴェルノーン大使館が探してくれています。偽名で私は指名手配にされていました」
「な、なな、なんていうことだ……」
カナン巡査の両手がカタカタ震えている。驚き入っているのは彼だけではない。チャールズなどは宙を見つめて放心していた。チャールズも「偽の死亡報道」だのゴタゴタがあったけど、それ以上に厄介な事態になっているわね。
「エデン警察に報奨金を出資した人物を探してください。エデン王室はケチですから家出娘に一文たりとも出さないことは分かっています」
王女様は自ら空いたカップに紅茶を注ぐ。
「私を手配犯に仕立て上げ、偽者の王女が多く出回ることまで予想して、私の存在を抹消しようとした人物を探ってほしいのです」
あたたかい紅茶をカナン巡査へ差し出す。
――王家の者が自ら紅茶を振る舞うとは。異例の待遇ね。
カナン巡査が紅茶を飲む。彼の両手の震えが止まると、マーガレット王女様は微笑んだ。
「ケビン大使がご尽力くださっていますが、ザルフォークの公的機関への干渉に制限がかかっているようです。これは貴方にしか頼めないことです、カナンさん。お引き受けいただけますか」
「かしこまりました、マーガレット殿下」
カナン巡査は胸に手を添え、深々と一礼した。
【7章:アル編 に つづく】
カナン巡査が恐る恐る訊ねた。彼は警察官だから、王女様の写真も、ビアンカの似顔絵も記憶しているはずだ。その彼ですら気付かない。マーガレット王女様は今、自分の存在価値に揺れ動いている。
――何者なのか。きっと王女様自身も知りたいのね。
「マーガレット王女殿下ではございませんか」
あっさりと正答を呈したのは、なんとチャールズだった。
「以前お目にかかった時とはお姿が違いますが、その声と話し方は、まさしく……」
チャールズは胸に右手を添え、王女様へ一礼した。王女様も静かに頭を垂れた。
「ゆ、行方不明の……マーガレット王女殿下?」
カナン巡査は慌てて王女様の前に跪く。
「ご、ご無礼な態度をお許しください。平に平にご容赦を」
「構いません。貴方を困らせる気は無かったのです。どうかお顔を上げてください」
マーガレット王女様は自ら席を立ち、カナン巡査の肩にそっと触れて、椅子へと促した。
「チャールズ殿下もどうぞ、お座りになって」
「は、はい」
チャールズはマーガレット王女様の真向かいに腰掛けると、壁際へ視線を向けた。
「貴方は、チャールズ殿下の秘書の方ですか?」
「ジーニーと申します」
ジーニー・ブロンテは頭を垂れた。
「こちらへおかけください。長旅でお疲れでしょう」
マーガレット王女様は空いた席にジーニーさんを促す。ジーニーさんは一礼して、そっと腰を下ろした。
「新聞を読みました、マーガレット殿下。貴女の手紙も、王家を出奔されたご事情も。それでなぜこちらの大使館に?」
チャールズが訊ねた。
「ミミ様とアルフレッド殿下が私を救ってくださったのです」
「ど、どういう経緯で兄上たちとご縁が?」
「話せば長くなります」
そう言うと王女様はカナン巡査へ向いた。
「カナン巡査、貴方はとても職務に忠実で、義理堅い御方だとお見受け致します」
「も、もったいないお言葉です、殿下」
「警察官の貴方に、頼みたいことがございます。とはいえ私はエデンを離れ、ミミ様とアルフレッド様のご厚情によりヴェルノーン大使館に庇護されている身。貴方に指示する権限は何も持ちません。あくどい鑑定士により、名前を剥奪された小石のような存在です」
「そのようにご自分を卑下されずとも。王女様のお力になれることでしたら、本官は手となり足となりましょう」
「直属の上官の命令に背いてでも、ですか」
「えっ」
「私のお願いが、貴方の身の破滅を促すことに繋がりかねないと言っても、貴方は私が王女だからという理由で、頼みを聞いてくださるのかしら」
マーガレット王女様の問いかけに、カナン巡査はゴクリと喉を鳴らした。王女様はカナン巡査を試しているのだ。「王女だからという理由で」という文言に深い意味がある。
「殉職を覚悟して、私は警察官を志しました。私が青年だった時分、ザルフォークは王政が解体されたばかりで、治安は悪化の一途を辿り、玉座が消えても、弱者が虐げられていました」
カナン巡査は心底つらそうに視線を膝へ落とす。
「貴女が誰であろうと、早急な救済を必要とする立場ならば、合理性と世間体を重んじる上官の命に背いても庇護致します」
その声と表情に偽りはない。ビアンカのことで私たちに詰問してきたのも、国民の安全を第一に思うが故だったのだろう。
――盾の両面を見たら、この人への印象が百八十度変わったわ。
「貴方はミミさんの件で辞職もいとわないと仰いましたね」
「はい。人を守る立場にある私が、ご夫妻の身を危険に晒したからです、マーガレット殿下」
「ご夫妻も私も、貴方のように堅実な御方の辞職を求めません。私のお願いが、貴方の身を危険に晒すと申したのは、貴方の真意を知る為でした。悪性な私の舌禍をお許しください」
「とんでもございません、殿下。私に二言はございません。何なりとお申し付けください」
「貴方の属するザルフォーク警察機関から探りを入れて欲しいことがあるのです」
「探りを入れて欲しいこと?」
「はい、くれぐれも内密に。手配犯ビアンカ・シュタインの報奨金の出資者について調べていただけませんか」
「分かりました。あの……殿下はなぜ、あの犯罪者に関心をお持ちなのですか。似ていると不届きなことを申した者がいたからですか」
「私がそのビアンカ・シュタインだからです」
目を剥くカナン巡査に、マーガレット王女様は旅券を差し出した。
「偽名ですけれど。それは私の側近が作った偽の旅券です。旅券の真贋を見極めることのできる者を、ヴェルノーン大使館が探してくれています。偽名で私は指名手配にされていました」
「な、なな、なんていうことだ……」
カナン巡査の両手がカタカタ震えている。驚き入っているのは彼だけではない。チャールズなどは宙を見つめて放心していた。チャールズも「偽の死亡報道」だのゴタゴタがあったけど、それ以上に厄介な事態になっているわね。
「エデン警察に報奨金を出資した人物を探してください。エデン王室はケチですから家出娘に一文たりとも出さないことは分かっています」
王女様は自ら空いたカップに紅茶を注ぐ。
「私を手配犯に仕立て上げ、偽者の王女が多く出回ることまで予想して、私の存在を抹消しようとした人物を探ってほしいのです」
あたたかい紅茶をカナン巡査へ差し出す。
――王家の者が自ら紅茶を振る舞うとは。異例の待遇ね。
カナン巡査が紅茶を飲む。彼の両手の震えが止まると、マーガレット王女様は微笑んだ。
「ケビン大使がご尽力くださっていますが、ザルフォークの公的機関への干渉に制限がかかっているようです。これは貴方にしか頼めないことです、カナンさん。お引き受けいただけますか」
「かしこまりました、マーガレット殿下」
カナン巡査は胸に手を添え、深々と一礼した。
【7章:アル編 に つづく】
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