【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
6-6 ★ 鑑定士の価値観
大使館に保護された翌日、ザルフォークの朝刊に興味深い記事を見つけた。
「メラニーさんは被害妄想の巧みなお嬢さんだったみたいね、アル」
「新聞にはなんて?」
「手配犯のビアンカ・シュタインは、自分の命を狙ってきたと主張しているみたいなの」
「あの女はやっぱり頭のネジが外れているのですわ」
マーガレット王女様がぽそっと毒づいた。
「まぁ、どの世界にも変な人はいるのですねぇ」
「貴女がそれを言うの、パム?」
パムは「はて?」と首を傾けた。自分の変態振りに自覚がないなんて。
「それはそうとパム。貴女、旅券の再発行はどうなったの?」
「身元確認に一週間は要するそうですわ。それまで大使館にご厄介になります」
王の息子であるアルフレッドの〝お知り合い〟という肩書きを得たパムは、旅券の再発行まで堂々とここに居座る気のようだ。路銀を全て盗賊に奪われてしまったので無一文。一応彼女のおかげで牢を出られたわけだし、困っているのはお互い様ね。
応接間の扉が鳴らされた。アルが「どうぞ」と言うと、白髪頭の眼鏡をかけた男が微妙な表情で入口に立っている。
「シモン様!」
「げっ」
一発でシモンの変装を見抜くパム。大使館内にはシモンの密命を知らない職員もいるので、変装をしているのだが、パムの前では通用しないようだ。シモンは扉をパタンと閉じると、パムをじっと見た。
「お願いですから、本名で呼ぶのは止めてください」
「シモン様はシモン様、何万人と同名のシモンがいようと、私のシモン様は貴方だけ」
「ばれたら困るんですよ、僕の首が飛びます。それは嫌でしょう」
「嫌ですね。では私はなんとお呼びすれば良いのですか」
パムは目を潤ませながら訊ねた。
「モンでどうだ?」
アルが提案した。「シ」を抜いただけじゃないの。
「モン様!」
パムが早速その名で読むと、シモンは眉を顰め「はぁ」と溜め息を吐いた。
「僕のことはともかく、チャールズ殿下がお見えになりましたよ。こちらへお通ししても構いませんか」
「僕ならもう来ている」
シモンの背後で扉が開き、チャールズが応接間に飛び込んできた。
「殿下! 待ってください! はぁ……はぁ……」
チャールズの背後に息を切らして現れたのは、眼鏡をかけた黒髪の男性だ。顔立ちがザックさんに似ている。ひょっとしてこの方が、ジーニー・ブロンテさんかしら。
「お二人とも……よくご無事で……良かった、本当に良かった」
チャールズが大粒の涙をぼろぼろ零しながら入口から駆け寄った。隣り合って座る私たちの肩を両腕で抱え込む。
「二人が死んでしま……どうひあら……一人にしあいで……」
チャールズが感極まっていて、最早何を言っているのか分からない。生きて欲しい、死なないで、一人にしないで、と繰り返していることだけは分かった。私とアルの服が、チャールズの涙と鼻水まみれだ。なんだか湿っぽい。
「チャールズ、心配をかけてすまなかった」
「おかげさまでこの通り、無事よ」
「そうだミミ! 身体の具合はどうだ? 大事はないのか?」
突然訊ねられて、吃驚してしまった。
「え、ええ。この通り……元気よ」
「体調が芳しくないと伺ったんだ。あちらのカナン巡査から」
「あちらの?」
客室の扉のそばで、中に入ってよいものかと足踏みしていた警察官が敬礼する。あの人は確か……。
「チーズマンでお会いした巡査の……カナン・スミスさん?」
ビアンカ・シュタインを取り逃したと、私たちを事情聴取した警察官だ。
「左様でございます、奥様。あの時は誠に失礼を致しました。ご無事で本当に何よりです」
チャールズにつられて警察官まで泣き始めた。
「お二人が危険な目に遭われたのは全て私が原因でございます。奥様の体調も鑑みずに、手配犯ビアンカのことで詰問をしたばかりに、このようなことに。せめてもの罪滅ぼしと、チャールズ殿下の道案内をさせていただきました」
「そうでしたの。気を遣わせてしまい、こちらこそ申し訳ございませんわ」
「とんでも……とんでもございません。本官は責任をとって辞職させていただきます」
「ちょ、ちょっと待って! なぜそうなるの」
「どうか落ち着いてください」
私とチャールズは警察官をなだめるが、彼はひたすらに謝罪を繰り返す。
「全て私が至らぬばかりに、このような。奥様の身に何かあったらと……あっ」
カナン巡査は右手で自分の口をパッとふさぐと、部屋の中を見回した。私たちの他にこの部屋にいるのは、チャールズ、マーガレット王女様、パムだ。
「あの、そちらの御嬢様方は……ええと?」
カナン巡査はパムからマーガレット王女様へと視線を移した。
「貴女を……どこかで」
「ありふれた顔ですわ」
王女様が「ふふっ」と笑む。気品溢れる彼女の雰囲気に、カナン巡査は後ずさった。
「恐れながら、とても高貴なご身分の御方とお見受け致しますが」
「さあ、どうでしょう。数多の宝石も鑑定士を変えれば、石ころと言われることがあります」
「貴女を石ころに見間違える者あれば、その目は節穴です」
「ありがとうございます。貴方のお名前は?」
「カナン・スミスです。巡査でございます」
「カナン巡査は、ビアンカという手配犯の捜索をされているの?」
「はい。それは凶悪な犯罪者で、東のエデンから、ザルフォークに逃げ込んだようなのです」
「私も新聞を読みました。驚いたわ。あの似顔絵、なんだか私と似ているんですもの」
「何をおっしゃいますか。貴女とは全く似ていませんよ」
しばしの沈黙が流れた。カナン巡査を見つめるマーガレット王女様の視線には、怒りとも悲しみともとれない感情が混濁していた。
「実は先日、間違えられたんですよ。その凶悪な犯罪者と。石ころ同然に叩かれるのは、鑑定士の価値観ですから大目に見ても、石炭のように黒く言われるのは解せません」
マーガレット王女様は、私とアルへ視線を移した。私は彼女の思考の先を読むことができない。彼女は自分の秘密を、この警察官に打ち明けようとしているのかしら。その理由はなぜか。
「貴女は一体、何者なのですか?」
カナン巡査が恐る恐る訊ねた。
【つづく】
次話は明日更新!
「メラニーさんは被害妄想の巧みなお嬢さんだったみたいね、アル」
「新聞にはなんて?」
「手配犯のビアンカ・シュタインは、自分の命を狙ってきたと主張しているみたいなの」
「あの女はやっぱり頭のネジが外れているのですわ」
マーガレット王女様がぽそっと毒づいた。
「まぁ、どの世界にも変な人はいるのですねぇ」
「貴女がそれを言うの、パム?」
パムは「はて?」と首を傾けた。自分の変態振りに自覚がないなんて。
「それはそうとパム。貴女、旅券の再発行はどうなったの?」
「身元確認に一週間は要するそうですわ。それまで大使館にご厄介になります」
王の息子であるアルフレッドの〝お知り合い〟という肩書きを得たパムは、旅券の再発行まで堂々とここに居座る気のようだ。路銀を全て盗賊に奪われてしまったので無一文。一応彼女のおかげで牢を出られたわけだし、困っているのはお互い様ね。
応接間の扉が鳴らされた。アルが「どうぞ」と言うと、白髪頭の眼鏡をかけた男が微妙な表情で入口に立っている。
「シモン様!」
「げっ」
一発でシモンの変装を見抜くパム。大使館内にはシモンの密命を知らない職員もいるので、変装をしているのだが、パムの前では通用しないようだ。シモンは扉をパタンと閉じると、パムをじっと見た。
「お願いですから、本名で呼ぶのは止めてください」
「シモン様はシモン様、何万人と同名のシモンがいようと、私のシモン様は貴方だけ」
「ばれたら困るんですよ、僕の首が飛びます。それは嫌でしょう」
「嫌ですね。では私はなんとお呼びすれば良いのですか」
パムは目を潤ませながら訊ねた。
「モンでどうだ?」
アルが提案した。「シ」を抜いただけじゃないの。
「モン様!」
パムが早速その名で読むと、シモンは眉を顰め「はぁ」と溜め息を吐いた。
「僕のことはともかく、チャールズ殿下がお見えになりましたよ。こちらへお通ししても構いませんか」
「僕ならもう来ている」
シモンの背後で扉が開き、チャールズが応接間に飛び込んできた。
「殿下! 待ってください! はぁ……はぁ……」
チャールズの背後に息を切らして現れたのは、眼鏡をかけた黒髪の男性だ。顔立ちがザックさんに似ている。ひょっとしてこの方が、ジーニー・ブロンテさんかしら。
「お二人とも……よくご無事で……良かった、本当に良かった」
チャールズが大粒の涙をぼろぼろ零しながら入口から駆け寄った。隣り合って座る私たちの肩を両腕で抱え込む。
「二人が死んでしま……どうひあら……一人にしあいで……」
チャールズが感極まっていて、最早何を言っているのか分からない。生きて欲しい、死なないで、一人にしないで、と繰り返していることだけは分かった。私とアルの服が、チャールズの涙と鼻水まみれだ。なんだか湿っぽい。
「チャールズ、心配をかけてすまなかった」
「おかげさまでこの通り、無事よ」
「そうだミミ! 身体の具合はどうだ? 大事はないのか?」
突然訊ねられて、吃驚してしまった。
「え、ええ。この通り……元気よ」
「体調が芳しくないと伺ったんだ。あちらのカナン巡査から」
「あちらの?」
客室の扉のそばで、中に入ってよいものかと足踏みしていた警察官が敬礼する。あの人は確か……。
「チーズマンでお会いした巡査の……カナン・スミスさん?」
ビアンカ・シュタインを取り逃したと、私たちを事情聴取した警察官だ。
「左様でございます、奥様。あの時は誠に失礼を致しました。ご無事で本当に何よりです」
チャールズにつられて警察官まで泣き始めた。
「お二人が危険な目に遭われたのは全て私が原因でございます。奥様の体調も鑑みずに、手配犯ビアンカのことで詰問をしたばかりに、このようなことに。せめてもの罪滅ぼしと、チャールズ殿下の道案内をさせていただきました」
「そうでしたの。気を遣わせてしまい、こちらこそ申し訳ございませんわ」
「とんでも……とんでもございません。本官は責任をとって辞職させていただきます」
「ちょ、ちょっと待って! なぜそうなるの」
「どうか落ち着いてください」
私とチャールズは警察官をなだめるが、彼はひたすらに謝罪を繰り返す。
「全て私が至らぬばかりに、このような。奥様の身に何かあったらと……あっ」
カナン巡査は右手で自分の口をパッとふさぐと、部屋の中を見回した。私たちの他にこの部屋にいるのは、チャールズ、マーガレット王女様、パムだ。
「あの、そちらの御嬢様方は……ええと?」
カナン巡査はパムからマーガレット王女様へと視線を移した。
「貴女を……どこかで」
「ありふれた顔ですわ」
王女様が「ふふっ」と笑む。気品溢れる彼女の雰囲気に、カナン巡査は後ずさった。
「恐れながら、とても高貴なご身分の御方とお見受け致しますが」
「さあ、どうでしょう。数多の宝石も鑑定士を変えれば、石ころと言われることがあります」
「貴女を石ころに見間違える者あれば、その目は節穴です」
「ありがとうございます。貴方のお名前は?」
「カナン・スミスです。巡査でございます」
「カナン巡査は、ビアンカという手配犯の捜索をされているの?」
「はい。それは凶悪な犯罪者で、東のエデンから、ザルフォークに逃げ込んだようなのです」
「私も新聞を読みました。驚いたわ。あの似顔絵、なんだか私と似ているんですもの」
「何をおっしゃいますか。貴女とは全く似ていませんよ」
しばしの沈黙が流れた。カナン巡査を見つめるマーガレット王女様の視線には、怒りとも悲しみともとれない感情が混濁していた。
「実は先日、間違えられたんですよ。その凶悪な犯罪者と。石ころ同然に叩かれるのは、鑑定士の価値観ですから大目に見ても、石炭のように黒く言われるのは解せません」
マーガレット王女様は、私とアルへ視線を移した。私は彼女の思考の先を読むことができない。彼女は自分の秘密を、この警察官に打ち明けようとしているのかしら。その理由はなぜか。
「貴女は一体、何者なのですか?」
カナン巡査が恐る恐る訊ねた。
【つづく】
次話は明日更新!
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