【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
6-5 ★ 正真正銘
ケビン大使の手から筆が転げ、真っ黒なインクが絨毯に黒い染みを広げた。
「その小指は……まさしく、王家の」
大使も目にしたことがあるのだろう。エデン王家は小指に入れ墨をするのが慣習なのだ。
「王家を出奔した後、悪意ある第三者の策略に嵌められそうになっていたところを、アルフレッド殿下とミミ様が救ってくださいました」
「悪意ある策略とは、なんですか」
「こちらをご覧ください」
マーガレット王女様は上着の内側から【ビアンカ・シュタイン】の偽旅券を差し出した。
「こ、ここ、これは……報道のあった指名手配犯の! 一体これをどこで?」
「私の国外逃亡を工面した側近が偽造したものでございます。ビアンカ・シュタインの旅券を使って私は国境を越え、ザルフォークへ渡りました」
「な、なな、なんですって」
ケビン大使は椅子から身を乗り出す。
「密入国が大罪であることは重々承知しております。私はその咎を受けました。私が国境を越えた後【ビアンカ・シュタイン】は凶悪な犯罪者として国内外に指名手配されていたのです。誰かが作為を以て行ったことです」
「警察にご事情を話すことはされなかったのですか」
「はい。警察ならびエデン大使館を頼らなかったのは、手配犯一人へかけるには異様な額の報奨金と、その出所に不信感が募ったからです。私を犯罪者に仕立て上げ、警察上層部をも買収した人間がいるのではないか、と」
ケビン大使は相槌を打つのも忘れて、マーガレット王女様の語ることに聞き入っていた。
「世間には、行方不明の私の名を騙る者も多く出ていると情報を得ました。王族だと身を偽ったとあらば我が国では極刑でございます。信頼のおけるところで身元を証明できないか苦慮していた折、ヴェルノーン国王陛下のご子息であらせられます、アルフレッド殿下、ミミ様とご縁があったのです」
「大使様。私が保証致しますわ」
「彼女は正真正銘の王女様です」
私とアルフレッドは、ケビン大使の目を見て、極めて強く主張した。
「私が王女だと信じてくださいますか」
マーガレット王女様の声は微かに震えていた。
「信じるも何も……」
大使は胸に手を添え、深く頭を垂れた。
「王家の品格はお言葉と佇まいから伝わります。装いを変え、名前を伏せても、隠しきれないものなのです。お目にかかれて光栄でございます、マーガレット王女殿下」
マーガレット王女様の目に涙が溜まっていく。
「信じてくださるのですね……」
「はい。それに………私は以前に一度だけ、殿下とお言葉を交わしております」
「そ、そうなのですか! なんということでしょう、私としたことが失念しておりますわ」
「貴女がまだ五つの時でございましたから。憶えていないのも無理はございません。私もすぐに気付くことができずお恥ずかしい限りです。理知的な面持ちがとても印象的でした」
マーガレット王女様は照れくさそうに破顔した。
「ビアンカ・シュタインが手配された経緯と、報奨金の出資者についても探りを入れてみます。王女様の身の安全が第一ですから」
「私が身勝手に王家を出奔した為に、多大なご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「とんでもございません。微力ながら王女様の手となり足となりましょう。至らぬところもあるでしょうが、ご容赦くださいませ」
「私のほうこそ」
ケビン大使はマーガレット王女様を助けてくれる。ロビン弁護士のように、心から弱者に寄り添う姿勢を感じられる。
その時、扉が鳴らされた。
ケビン大使が入室を促すと、顔を出したのは屯所にいた衛兵だった。
「早馬による速達です。偵察隊の一人が、旧要塞に潜入。山賊達はリンドバーグご夫妻が大砲で塀を破壊し、馬車で逃走したと話しているそうで……。要塞の中をくまなく探しましたが、確かにご夫妻の姿はない、と」
実際、大砲はただの陽動で逃げ出したのは裏口だけど。馬車で塀の中を暴れ回った私たちの素行が割愛されているのは何故かしら。
「偵察隊のあとから警察隊が現地に到着したのですが、山賊達が敵襲だと早計、砲撃を開始したとか。ご夫妻が中にいないことは確認済みでしたから、今後の被害を防ぐ為に、山賊の掃討作戦が行われたそうです。賊は一人残らず身柄を捕らえたとのことでした」
あの山賊たちは、ビアンカ・シュタインの暗殺を黒幕に指示されていたようだった。馬鹿正直に話してくれるかは分からないが重要参考人だ。
「チャールズ殿下が要塞に一番近い警察署にご到着されたとの情報も入っております。リンドバーグご夫妻が要塞におらず、再び行方不明になった為、捜査範囲をザルフォーク全土へ広げる要請を出す為には、ケビン大使の力が必要だと仰っているとか。チャールズ殿下はこの大使館へ向け、出発したとのことです」
「チャールズが来てくれるのか。それは助かる。彼には王女様の弁護をしてもらいたい」
「チャールズ殿下とは数度面識がございます」
「でしたら尚のこと。貴女は王女だとチャールズが証言すれば、大きな後ろ盾になります」
アルフレッドはチャールズの兄だが婚外子。正当なる嫡子として認められている弟チャールズの方が、現段階では発言力がある。ここはチャールズが到着次第、事情を話さなければならないわね。
【つづく】
「その小指は……まさしく、王家の」
大使も目にしたことがあるのだろう。エデン王家は小指に入れ墨をするのが慣習なのだ。
「王家を出奔した後、悪意ある第三者の策略に嵌められそうになっていたところを、アルフレッド殿下とミミ様が救ってくださいました」
「悪意ある策略とは、なんですか」
「こちらをご覧ください」
マーガレット王女様は上着の内側から【ビアンカ・シュタイン】の偽旅券を差し出した。
「こ、ここ、これは……報道のあった指名手配犯の! 一体これをどこで?」
「私の国外逃亡を工面した側近が偽造したものでございます。ビアンカ・シュタインの旅券を使って私は国境を越え、ザルフォークへ渡りました」
「な、なな、なんですって」
ケビン大使は椅子から身を乗り出す。
「密入国が大罪であることは重々承知しております。私はその咎を受けました。私が国境を越えた後【ビアンカ・シュタイン】は凶悪な犯罪者として国内外に指名手配されていたのです。誰かが作為を以て行ったことです」
「警察にご事情を話すことはされなかったのですか」
「はい。警察ならびエデン大使館を頼らなかったのは、手配犯一人へかけるには異様な額の報奨金と、その出所に不信感が募ったからです。私を犯罪者に仕立て上げ、警察上層部をも買収した人間がいるのではないか、と」
ケビン大使は相槌を打つのも忘れて、マーガレット王女様の語ることに聞き入っていた。
「世間には、行方不明の私の名を騙る者も多く出ていると情報を得ました。王族だと身を偽ったとあらば我が国では極刑でございます。信頼のおけるところで身元を証明できないか苦慮していた折、ヴェルノーン国王陛下のご子息であらせられます、アルフレッド殿下、ミミ様とご縁があったのです」
「大使様。私が保証致しますわ」
「彼女は正真正銘の王女様です」
私とアルフレッドは、ケビン大使の目を見て、極めて強く主張した。
「私が王女だと信じてくださいますか」
マーガレット王女様の声は微かに震えていた。
「信じるも何も……」
大使は胸に手を添え、深く頭を垂れた。
「王家の品格はお言葉と佇まいから伝わります。装いを変え、名前を伏せても、隠しきれないものなのです。お目にかかれて光栄でございます、マーガレット王女殿下」
マーガレット王女様の目に涙が溜まっていく。
「信じてくださるのですね……」
「はい。それに………私は以前に一度だけ、殿下とお言葉を交わしております」
「そ、そうなのですか! なんということでしょう、私としたことが失念しておりますわ」
「貴女がまだ五つの時でございましたから。憶えていないのも無理はございません。私もすぐに気付くことができずお恥ずかしい限りです。理知的な面持ちがとても印象的でした」
マーガレット王女様は照れくさそうに破顔した。
「ビアンカ・シュタインが手配された経緯と、報奨金の出資者についても探りを入れてみます。王女様の身の安全が第一ですから」
「私が身勝手に王家を出奔した為に、多大なご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「とんでもございません。微力ながら王女様の手となり足となりましょう。至らぬところもあるでしょうが、ご容赦くださいませ」
「私のほうこそ」
ケビン大使はマーガレット王女様を助けてくれる。ロビン弁護士のように、心から弱者に寄り添う姿勢を感じられる。
その時、扉が鳴らされた。
ケビン大使が入室を促すと、顔を出したのは屯所にいた衛兵だった。
「早馬による速達です。偵察隊の一人が、旧要塞に潜入。山賊達はリンドバーグご夫妻が大砲で塀を破壊し、馬車で逃走したと話しているそうで……。要塞の中をくまなく探しましたが、確かにご夫妻の姿はない、と」
実際、大砲はただの陽動で逃げ出したのは裏口だけど。馬車で塀の中を暴れ回った私たちの素行が割愛されているのは何故かしら。
「偵察隊のあとから警察隊が現地に到着したのですが、山賊達が敵襲だと早計、砲撃を開始したとか。ご夫妻が中にいないことは確認済みでしたから、今後の被害を防ぐ為に、山賊の掃討作戦が行われたそうです。賊は一人残らず身柄を捕らえたとのことでした」
あの山賊たちは、ビアンカ・シュタインの暗殺を黒幕に指示されていたようだった。馬鹿正直に話してくれるかは分からないが重要参考人だ。
「チャールズ殿下が要塞に一番近い警察署にご到着されたとの情報も入っております。リンドバーグご夫妻が要塞におらず、再び行方不明になった為、捜査範囲をザルフォーク全土へ広げる要請を出す為には、ケビン大使の力が必要だと仰っているとか。チャールズ殿下はこの大使館へ向け、出発したとのことです」
「チャールズが来てくれるのか。それは助かる。彼には王女様の弁護をしてもらいたい」
「チャールズ殿下とは数度面識がございます」
「でしたら尚のこと。貴女は王女だとチャールズが証言すれば、大きな後ろ盾になります」
アルフレッドはチャールズの兄だが婚外子。正当なる嫡子として認められている弟チャールズの方が、現段階では発言力がある。ここはチャールズが到着次第、事情を話さなければならないわね。
【つづく】
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