【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
6-4 ★ 私の名前は
大使館は、異国において自国民を守る為の、救いの教会に等しい。
建物から数名の職員と衛兵が「何事だ」と私たちの馬車へ近付いてきた。屯所の衛兵が私たちに代わって事情を話す。馬車から降りてきた私たちに、職員と衛兵は跪き、頭を深く垂れた。
「ようこそヴェルノーン大使館へ。ご無事で何よりでございます。すぐに大使へ取り次ぎます故、皆様どうぞ中でお待ちください。馬車はこちらでお預かりいたします」
大使館の職員が馬車を玄関前から移動させる。私は「待って」と呼び止めると、オスカルの頭をそっと撫でた。
「ありがとう、オスカル。貴方のおかげよ」
「今日はゆっくりお休み」
アルフレッドも隣に来て、オスカルを撫でる。オスカルはくすぐったそうに嘶き、職員に連れられていった。
私たちは応接室へと通された。紅茶とお菓子を振る舞われ、大使を待つこと数分。小柄で痩せた中年の男性が入室した。
「アルフレッド殿下とミミ様。ご無事で何よりでございます!」
眼鏡の下、茶色の眼から大粒の涙がこぼれ落ちる。誰かに似ている、と既視感がよぎった。
――思い出したわ。ロビンさんと雰囲気がそっくり。
「ああ本当に良かった……安心しました。山賊に捕まったと聞いた時には、天地がひっくり返ったようで。申し遅れました、私はケビン・シダーウッド大使でございます」
私たちは席を立ち、ケビン大使と順に握手を交わした。
「すぐにザルフォークの首都警察へ、ご無事の通達を出します。チャールズ殿下が捜査依頼を出しておりますので。要塞のある現場近くの警察署へも取り次いでもらわねば。チャールズ殿下には早馬で通信を……誰か、紙と筆をここに」
ケビン大使は各所へ宛てる手紙を下書きもせずにさらさらと綴り「このような文面で構いませんか」と私たちに確認を取った。文章が上手いわ。このような緊迫した事態でも公的文書を作成できるなんて凄い。
――ちょっと泣き虫だけど仕事の出来るロビンさんとやっぱり似ているわ。
「念のため、こちらにアルフレッド殿下とミミ様のご署名をお願いします」
はじめにアルが名前を記し、隣に私も名を添える。
「ところでそちらのお二方ですが……」
ケビン大使は、パムとマーガレット王女様を見比べた。
「もしやお二人のどちらかが、アリス・キャベンディッシュ様ではございませんか」
アリス・キャベンディッシュ。盗賊に馬車を襲われた時、マーガレット王女様を守る為に、私が咄嗟に吐いた嘘だ。
「私はパメラです。パメラ・クレイトン。旅の途中で山賊達から因縁をつけられ、捕らわれておりました」
本当は山賊達のご飯を盗み食いしているところを捕まったそうだけど、残念感が半端ないので、パムの嘘も方便ね。
「山賊達に旅券を奪われたので、再発行をお願いしたく参りました。司祭様と奥様とは、以前から親しくお付き合いさせていただいております」
「彼女は……夫の担当教会区の信徒のお一人ですわ」
「は、はい。それは……本当です」
私とアルフレッドが、パムの身元を証明すれば、彼女の旅券再発行は恙なく執り行われるだろう。
「お二人のお知り合いでしたか。なるほど、かしこまりました。すぐに手続きをしましょう、パメラ様」
「よろしくお願いします」
パムは元下着泥棒とは思えない上品な態度だ。
「ということは、貴女がアリス・キャベンディッシュ様ですね」
ケビン大使は、パムの隣に座るマーガレット王女様へ視線を移した。
「奥様のご親戚という情報が入っております。しかし大使館で把握した情報では、ザルフォークに永住権のあるアリス・キャベンディッシュ様は数年前に亡くなられたということでしたので……」
アリス・キャベンディッシュ。ザルフォークの貴族に嫁いだ親戚だ。ザルフォークの王政が解体された後に諸事情で旦那様と離縁。故郷ヴェルノーンには戻らず、ザルフォークに小さな住まいを得て晩年を過ごしたと母から事情を聞いていた。
「同姓同名のご親戚でございますね?」
ケビン大使が訊ねると、
「いいえ、違います」
マーガレット王女様は自ら否定を口にした。
「ミミ様は、山賊に捕らわれた私の身を案じて、名を偽ってくださったのです。私はアリス・キャベンディッシュではございません」
「それでは貴女は何というお名前なのですか」
「私は……」
マーガレット王女様はゴクリと唾を飲み込んだ。不安、恐怖、後悔。複雑な感情が彼女の中で渦巻いていることだろう。それでも彼女は俯いた顔を上げ、大使の目を真っ直ぐに見つめると、
「私の名前は、マーガレット・エデン。エデン王国の第一王女でございます」
小指に入れ墨の入った左手を大使に見せた。
【つづく】
建物から数名の職員と衛兵が「何事だ」と私たちの馬車へ近付いてきた。屯所の衛兵が私たちに代わって事情を話す。馬車から降りてきた私たちに、職員と衛兵は跪き、頭を深く垂れた。
「ようこそヴェルノーン大使館へ。ご無事で何よりでございます。すぐに大使へ取り次ぎます故、皆様どうぞ中でお待ちください。馬車はこちらでお預かりいたします」
大使館の職員が馬車を玄関前から移動させる。私は「待って」と呼び止めると、オスカルの頭をそっと撫でた。
「ありがとう、オスカル。貴方のおかげよ」
「今日はゆっくりお休み」
アルフレッドも隣に来て、オスカルを撫でる。オスカルはくすぐったそうに嘶き、職員に連れられていった。
私たちは応接室へと通された。紅茶とお菓子を振る舞われ、大使を待つこと数分。小柄で痩せた中年の男性が入室した。
「アルフレッド殿下とミミ様。ご無事で何よりでございます!」
眼鏡の下、茶色の眼から大粒の涙がこぼれ落ちる。誰かに似ている、と既視感がよぎった。
――思い出したわ。ロビンさんと雰囲気がそっくり。
「ああ本当に良かった……安心しました。山賊に捕まったと聞いた時には、天地がひっくり返ったようで。申し遅れました、私はケビン・シダーウッド大使でございます」
私たちは席を立ち、ケビン大使と順に握手を交わした。
「すぐにザルフォークの首都警察へ、ご無事の通達を出します。チャールズ殿下が捜査依頼を出しておりますので。要塞のある現場近くの警察署へも取り次いでもらわねば。チャールズ殿下には早馬で通信を……誰か、紙と筆をここに」
ケビン大使は各所へ宛てる手紙を下書きもせずにさらさらと綴り「このような文面で構いませんか」と私たちに確認を取った。文章が上手いわ。このような緊迫した事態でも公的文書を作成できるなんて凄い。
――ちょっと泣き虫だけど仕事の出来るロビンさんとやっぱり似ているわ。
「念のため、こちらにアルフレッド殿下とミミ様のご署名をお願いします」
はじめにアルが名前を記し、隣に私も名を添える。
「ところでそちらのお二方ですが……」
ケビン大使は、パムとマーガレット王女様を見比べた。
「もしやお二人のどちらかが、アリス・キャベンディッシュ様ではございませんか」
アリス・キャベンディッシュ。盗賊に馬車を襲われた時、マーガレット王女様を守る為に、私が咄嗟に吐いた嘘だ。
「私はパメラです。パメラ・クレイトン。旅の途中で山賊達から因縁をつけられ、捕らわれておりました」
本当は山賊達のご飯を盗み食いしているところを捕まったそうだけど、残念感が半端ないので、パムの嘘も方便ね。
「山賊達に旅券を奪われたので、再発行をお願いしたく参りました。司祭様と奥様とは、以前から親しくお付き合いさせていただいております」
「彼女は……夫の担当教会区の信徒のお一人ですわ」
「は、はい。それは……本当です」
私とアルフレッドが、パムの身元を証明すれば、彼女の旅券再発行は恙なく執り行われるだろう。
「お二人のお知り合いでしたか。なるほど、かしこまりました。すぐに手続きをしましょう、パメラ様」
「よろしくお願いします」
パムは元下着泥棒とは思えない上品な態度だ。
「ということは、貴女がアリス・キャベンディッシュ様ですね」
ケビン大使は、パムの隣に座るマーガレット王女様へ視線を移した。
「奥様のご親戚という情報が入っております。しかし大使館で把握した情報では、ザルフォークに永住権のあるアリス・キャベンディッシュ様は数年前に亡くなられたということでしたので……」
アリス・キャベンディッシュ。ザルフォークの貴族に嫁いだ親戚だ。ザルフォークの王政が解体された後に諸事情で旦那様と離縁。故郷ヴェルノーンには戻らず、ザルフォークに小さな住まいを得て晩年を過ごしたと母から事情を聞いていた。
「同姓同名のご親戚でございますね?」
ケビン大使が訊ねると、
「いいえ、違います」
マーガレット王女様は自ら否定を口にした。
「ミミ様は、山賊に捕らわれた私の身を案じて、名を偽ってくださったのです。私はアリス・キャベンディッシュではございません」
「それでは貴女は何というお名前なのですか」
「私は……」
マーガレット王女様はゴクリと唾を飲み込んだ。不安、恐怖、後悔。複雑な感情が彼女の中で渦巻いていることだろう。それでも彼女は俯いた顔を上げ、大使の目を真っ直ぐに見つめると、
「私の名前は、マーガレット・エデン。エデン王国の第一王女でございます」
小指に入れ墨の入った左手を大使に見せた。
【つづく】
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
29
-
-
157
-
-
35
-
-
550
-
-
127
-
-
1
-
-
2
-
-
381
-
-
149
コメント