【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
6-3 ★ ヴェルノーン大使館
「教皇区ではなく、ザルフォークの首都に行きましょう」
――中立の立場を守る教皇区ではなく、首都へ?
アルが「なぜだ?」とシモンに聞き返した。
「ヴェルノーン大使館があるからです。僕はそこに用があります。リンドバーグご夫妻も立ち寄るべきです。誘拐が警察に届けられて大事になっていますからね」
「でも、王女様の保護は?」
「大使館に頼めば良いでしょう。王女様はエデンの御方ですが、黒幕の息のかかったものがエデンやザルフォーク警察に紛れこんでいる可能性があるのでしょう?」
シモンは私たちが説明した事情を理解して、最善策を提案してくれている。
「リンドバーグご夫婦が道中で王女様を保護し、大使館に〝賓客〟としてお連れした、と説明するのです。なんといってもアルフレッド司祭はヴェルノーン国王の息子ですからね。貴方が大使館にいて、目の届く範囲に王女様がいるとなれば、身の安全は保証できる」
「シモンの助言に従いましょう、アル」
「そうだねミミ、王女様もよろしいですか」
「ええ。ご厄介になります」
マーガレット王女様は膝を揃えて頭を下げた。
「シモン様。私も保護してください」
寝ていたパムがいつの間にやら起きて、シモンへ熱い視線を送る。
「き、聞いていたのですか。寝ているとばかり」
「酩酊ってやつです」
「左様で。貴女は大使館に用はないでしょう?」
「いいえ、私……山賊たちに旅券を奪われてしまいましたの。大使館にお願いして、紛失した旅券の再発行をせねばなりませんわ」
「そ、そのようなご事情でしたら……ご、ご一緒にどうぞ」
「やった! これでシモン様と一緒にいられますわ」
「りょ、旅券の再発行手続きが済んだら、ま、また旅を再開されるのですね?」
「旅の終点はシモン様の隣ですわ。私、真実の愛を見つけましたの!」
「いえいえいえ、も、もも、もっと広く世界を見るべきですよ」
「もう十分見てきました」
パムとシモンのやりとりを見物しながら、馬車の揺れに身を任せる。嵐の前の静けさではないかと、得体の知れない不安に襲われるほど、穏やかな山道だった。山賊の気配も獣が出てくる様子もない。あまりにのどかなのであくびすら出てくる。首都に近付くほどに案内の看板が増えたので、幸い道に迷うことは無かった。
「首都が見えてきましたね」
シモンが道の前方を指差した。軒を並べる建物の階数が急に増え、人通りが何倍にも増した。そしてとうとう、シモンの道案内で大使館の目の前に到着したのである。
「まるで貴族のお屋敷ですね」
パムが目をきらきらと輝かせる。鉄製の柵で囲まれた、煉瓦造りの三階建てだ。硝子はどれも曇り一つなく磨かれ、窓縁は絵画の額のような装飾が施されている。
柵のすきまから庭の様子をうかがえた。木々は秋の衣を纏っており、花壇には薄紅色の花が一面咲き誇っている。ひとたび風が吹くと、花々は深まる秋を歌い、建物の尖塔で風見鶏がくるくると回った。
建物の表札には確かに【ヴェルノーン大使館】と文字が刻まれている。看板横には小さな屯所が設けられており、窓硝子の向こうに衛兵が腰掛けていた。出入り口付近の動線を妨げない位置に馬車を停止させ、屯所へ近付く。すぐに衛兵が出てきた。
「何か御用ですか。ここはヴェルノーン大使館です。建物周辺の不要な散策と内観はお断りしておりまして……」
普段よく使う言葉を事務的に述べた衛兵は、急に口を噤み、私とアルを凝視した。
「アルフレッド殿下と、ミミ様? ほ、ほほ、本物ですか? 新聞で度々……お写真を……」
「本物です。突然の来訪をお許しください」
「お力を借りたいことがあり伺いましたの」
衛兵はお化けでも見るように私たち夫婦の顔を交互に見て、敬礼した。
「ぶ、無礼をお許しください。お二人がご無事でなによりでございます。山賊に捕まったと、うかがっていたものですから」
「既に情報が渡っていましたか」
「は、はい、殿下。賊のアジト周辺に偵察隊が組まれたそうです。アルフレッド殿下の弟君チャールズ殿下が、人質交渉の為に祖国から来訪されている、と報告がありました」
「チャールズがザルフォークに?」
アルが聞き返すと、衛兵は深く肯いた。
「チャールズ殿下のご到着と、現地の偵察隊からの続報をお待ち申し上げていたところです。な、なぜアルフレッド殿下とミミ様がこちらに?」
どうやら情報疎通に時間差があったようね。思った以上に大事になっていて、こちらも吃驚だわ。
「端的に申しますと自力で逃げ出したのです」
アルの言葉に、衛兵はまたまた目を丸くした。
「馬車に乗っているお二人も、同じように賊に囚われていた方々です。保護を願えますか」
「かしこまりました。今、扉を開けますので、馬車ごとお進み下さい」
衛兵が大使館の扉を開ける。アルは馬車を中へ進ませた。背後でガシャンと扉が閉まる音がして、ほっと胸をなで下ろす。大使館の扉は私たちを閉じ込めるものではなく、法的に安全な場所との境界を守るものだからだ。まるで悪魔に追われて教会に逃げ込んだ御伽噺の主人公のようだわ。
【つづく】
――中立の立場を守る教皇区ではなく、首都へ?
アルが「なぜだ?」とシモンに聞き返した。
「ヴェルノーン大使館があるからです。僕はそこに用があります。リンドバーグご夫妻も立ち寄るべきです。誘拐が警察に届けられて大事になっていますからね」
「でも、王女様の保護は?」
「大使館に頼めば良いでしょう。王女様はエデンの御方ですが、黒幕の息のかかったものがエデンやザルフォーク警察に紛れこんでいる可能性があるのでしょう?」
シモンは私たちが説明した事情を理解して、最善策を提案してくれている。
「リンドバーグご夫婦が道中で王女様を保護し、大使館に〝賓客〟としてお連れした、と説明するのです。なんといってもアルフレッド司祭はヴェルノーン国王の息子ですからね。貴方が大使館にいて、目の届く範囲に王女様がいるとなれば、身の安全は保証できる」
「シモンの助言に従いましょう、アル」
「そうだねミミ、王女様もよろしいですか」
「ええ。ご厄介になります」
マーガレット王女様は膝を揃えて頭を下げた。
「シモン様。私も保護してください」
寝ていたパムがいつの間にやら起きて、シモンへ熱い視線を送る。
「き、聞いていたのですか。寝ているとばかり」
「酩酊ってやつです」
「左様で。貴女は大使館に用はないでしょう?」
「いいえ、私……山賊たちに旅券を奪われてしまいましたの。大使館にお願いして、紛失した旅券の再発行をせねばなりませんわ」
「そ、そのようなご事情でしたら……ご、ご一緒にどうぞ」
「やった! これでシモン様と一緒にいられますわ」
「りょ、旅券の再発行手続きが済んだら、ま、また旅を再開されるのですね?」
「旅の終点はシモン様の隣ですわ。私、真実の愛を見つけましたの!」
「いえいえいえ、も、もも、もっと広く世界を見るべきですよ」
「もう十分見てきました」
パムとシモンのやりとりを見物しながら、馬車の揺れに身を任せる。嵐の前の静けさではないかと、得体の知れない不安に襲われるほど、穏やかな山道だった。山賊の気配も獣が出てくる様子もない。あまりにのどかなのであくびすら出てくる。首都に近付くほどに案内の看板が増えたので、幸い道に迷うことは無かった。
「首都が見えてきましたね」
シモンが道の前方を指差した。軒を並べる建物の階数が急に増え、人通りが何倍にも増した。そしてとうとう、シモンの道案内で大使館の目の前に到着したのである。
「まるで貴族のお屋敷ですね」
パムが目をきらきらと輝かせる。鉄製の柵で囲まれた、煉瓦造りの三階建てだ。硝子はどれも曇り一つなく磨かれ、窓縁は絵画の額のような装飾が施されている。
柵のすきまから庭の様子をうかがえた。木々は秋の衣を纏っており、花壇には薄紅色の花が一面咲き誇っている。ひとたび風が吹くと、花々は深まる秋を歌い、建物の尖塔で風見鶏がくるくると回った。
建物の表札には確かに【ヴェルノーン大使館】と文字が刻まれている。看板横には小さな屯所が設けられており、窓硝子の向こうに衛兵が腰掛けていた。出入り口付近の動線を妨げない位置に馬車を停止させ、屯所へ近付く。すぐに衛兵が出てきた。
「何か御用ですか。ここはヴェルノーン大使館です。建物周辺の不要な散策と内観はお断りしておりまして……」
普段よく使う言葉を事務的に述べた衛兵は、急に口を噤み、私とアルを凝視した。
「アルフレッド殿下と、ミミ様? ほ、ほほ、本物ですか? 新聞で度々……お写真を……」
「本物です。突然の来訪をお許しください」
「お力を借りたいことがあり伺いましたの」
衛兵はお化けでも見るように私たち夫婦の顔を交互に見て、敬礼した。
「ぶ、無礼をお許しください。お二人がご無事でなによりでございます。山賊に捕まったと、うかがっていたものですから」
「既に情報が渡っていましたか」
「は、はい、殿下。賊のアジト周辺に偵察隊が組まれたそうです。アルフレッド殿下の弟君チャールズ殿下が、人質交渉の為に祖国から来訪されている、と報告がありました」
「チャールズがザルフォークに?」
アルが聞き返すと、衛兵は深く肯いた。
「チャールズ殿下のご到着と、現地の偵察隊からの続報をお待ち申し上げていたところです。な、なぜアルフレッド殿下とミミ様がこちらに?」
どうやら情報疎通に時間差があったようね。思った以上に大事になっていて、こちらも吃驚だわ。
「端的に申しますと自力で逃げ出したのです」
アルの言葉に、衛兵はまたまた目を丸くした。
「馬車に乗っているお二人も、同じように賊に囚われていた方々です。保護を願えますか」
「かしこまりました。今、扉を開けますので、馬車ごとお進み下さい」
衛兵が大使館の扉を開ける。アルは馬車を中へ進ませた。背後でガシャンと扉が閉まる音がして、ほっと胸をなで下ろす。大使館の扉は私たちを閉じ込めるものではなく、法的に安全な場所との境界を守るものだからだ。まるで悪魔に追われて教会に逃げ込んだ御伽噺の主人公のようだわ。
【つづく】
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