【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

6-2 ★ 貴方の下着でハンカチを縫いたい

「来たな。追っ手だ」

 アルは後方へ視線をる。馬のいななきと騒がしいひづめの音がせまっていた。

「みんなしっかりつかまって。速度を上げる。放り出せる物は馬車から全部出してくれ」

 他に残っていた荷物を馬車から放り出す。

「今度は追いつかれるかよ、絶対に! オスカル、おまえの足が頼りだ」

 オスカルは威勢良くいなないた。疾風はやてのように夜を切るオスカル。後方に迫っていた追っ手がどんどん遠ざかっていく。

「司祭様。あそこ、分かれ道ですわ!」

 王女様が前方を指差した。看板がかかっているが、鬱蒼うっそうとした木々が月光をさえぎっており、どれだけ目を凝らしても見えない。

「左に行く」

 アルは月星の方角を見て判断したようだ。通りすがりに看板を間近で見たが、ちていて文字を判別することはできなかった。今頼りになのはアルの土地勘とちかんだけだ。

「大丈夫。必ず教皇区きょうこうく辿たどり着いてみせるよ」

 不安な時こそ彼は前向きな言葉を口にする。社交界にいた時、良家の子女は大抵他者の悪口や、国の未来を悲観ひかんする言葉を吐いた。

 ――きらびやかな世界でどんなに着飾っても、未熟なものほど愚痴ぐちをこぼす。

 不安を心の内にしまいきれない幼い集団に辟易へきえきしていた。その為か、アルの陽転思考ようてんしこうには度々驚たびたびおどろかされる。私の夫は精神的に成熟しているのだ。不退転ふたいてんの精神にどれだけ勇気をもらっているだろう。奇跡を起こすのはこういう人なのだろう。

 星もつかめそうな満天の夜をけていると、遁走とんそうの時間もとうとく、こんな時間が永遠につづくのではと錯覚さっかくしてしまう。いつの間にか追っ手の気配は煙のように消えていた。

「どうにかけたようだな。……ん? なんだか甘い香りがする」

 馬車の片隅からだ。盗品を集めた小袋がまだ一つ残っており、何かの汁がしみ出している。袋の中をのぞくと、うさぎの飾りがついたふたと、割れた硝子瓶がらすびんが散らばっていた。

 ――アルが持っていた媚薬びやく

 山賊たちはこれも売り飛ばすつもりだったらしい。何かも知らずに。

「隠しおやつでも発見しましたか?」
「あっ、パム!」

 惚れ薬の匂いがたっぷり染みこんだ袋をパムがのぞきこむ。

「あぁぁ~。とろけちゃいそうです」

 パムの口調が、とろんとする。

 ――まさか匂いで媚薬びやくにかかったの? 薬効早すぎじゃない?

「あひゃひゃひゃひゃ!」

 パムが奇異きいな笑い声を上げ始めたので、鳥肌だ。

 ――た、大変なことになったわ。

 ただでさえ変態へんたいの彼女が、媚薬びやくにかかってしまうなんて。

「あぁ~、あなたは!」

 パムの目がギラギラとけもののような光をたたえ、ほお紅潮こうちょうし、呼吸が上がる。

 ――またアルの下着がねらわれる!

 使用済みではき足らず、使用中の下着をねらいにかかっているんじゃ……。媚薬びやくに酔った勢いで、私の旦那様のお尻をねらわれたら、たまったものではないわ。アルは馬車を引いているので、身動きが取れずに真っ青だ。

「ダメよ、パム!」

 四つんいでアルへ近付くパムの足をつかんだその時。

「危ないところを救ってくれた、国一番の悪党だ!」
「国一番が余計です!」

 パムがすり寄ったのはなんと、シモンだった。

「あひゃひゃひゃ!」
「き、気持ち悪いですよ……貴女あなた
「近くで見れば見るほど、良い男ね」
「へ?」
「シモン様。貴方あなたの下着でハンカチをいたいの」

 シモンの腹にぎゅっとまとわりつくパム。岩のように硬直こうちょくしているシモン。彼が油の差されていないブリキのような動きで、私へ振り向いた。

「リンドバーグ夫人。こ、この人は一体どうしたのです? それにあの液体が染みこんだ袋は? あれ、何か入ってたでしょう? お酒ですか?」
「媚薬らしいわ」
「はいぃ?」
「ちなみにパムは国一番の下着泥棒よ」
「やだぁ~、奥様ったら、そんなにめないで~。私は使い古した下着が大好きなだけですわ~」

 パメラは熱っぽい視線をシモンへ注いだ。

「今日が私とシモン様の記念日ですわ」
「あ、あの……はなしてください」
「ダ~メ~。下着を一枚置いていって」
「今、穿いている分しかありません!」
「じゃあ、その一点物いってんものを私にくださいな、さあ、さあ、さあ!」
「ぎゃああああっ、何をするんですか! ズ、ズボンを下げないで!」
「モテる男は、すっぽんぽんですわ~!」

 シモンの腰にまとわりつきズボンを下げようとするパム。

「い、意外に……お似合いじゃないか?」
「私もそう思うわ、アル」
「運命の出会いですわね」

 ――幸せになってね、シモン。

 逃げ場のない馬車の中で、股間こかんねらわれたシモンの悲鳴が上がった。可哀想かわいそうに。あの悪党も泣くことがあるのね。パムは媚薬びやくが効き過ぎて寝てしまったけれど、シモンは馬車のすみひざを抱えてふるえていた。

「お、恐ろしい女ばかりだ」
「なんで私を見るのよ、シモン」

 シモンは「いえ別に」と私からアルへ視線を移した。

「司祭様、一端いったん……敵はけたわけですが、これからどこへ行くつもりで?」
教皇区きょうこうくだよ」
教皇区きょうこうく? この状況で旅行を続けるのは無理でしょう。旅券(りょけん)もないし、路銀ろぎんられたままですし」
「マーガレット王女様のためなんだよ」

 アルがシモンに事情を説明した。王女様が指名手配されていること、

「なるほど、事情は把握はあくしました。でしたら教皇区きょうこくではなく、ザルフォークの首都へ向かいましょう」

 ――中立の立場を守る教皇区きょうこうくではなく、首都へ?

【つづく】


本日【コミカライズ版・第8話】が【まんが王国様】にて先行公開されました!
原作よりも、イチャラブ増量中です。
「試し読み」できますので、この機会に是非~♪

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品