【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
6-1 ★ オスカルと暴れん坊司祭
【第6章】は、ミミが語り手です。
大砲の知識と経験がある王女様の指示の元、私たちは脱出作戦を決行した。
シモンは砲丸を詰める係、下着泥棒パムは着火犯、王女様は「撃て!」と大砲の指揮を執ることになった。
私とアルには別の大役が任されている。一足早く裏口に回り、敵が手薄になったところを狙って、塀の扉を開けなければならないのだ。オスカルを馬車ごと奪取し、大砲を打ち終えた王女様たちと合流するという計画だ。
――本当に上手くいくのかしら? ちょっと不安。
「大丈夫だよ、ミミ」
物陰に隠れる私の背中を、アルが優しく撫でる。
「私、不安そうな顔をしてる?」
「ちょっとね。でも大丈夫」
アルは真っ暗闇の夜空を仰ぎ、両手を組み合わせて目を閉じる。
「司祭たる私は、御言葉に耳を澄まし、救いの御手に寄りすがります」
アルに倣い、私も両手を組んで祈りを捧げた。彼の尊い言葉が好きだ。荒波立っていた心が凪いでいく。言葉の力は不思議だと常々思う。だから聖書には美しい言葉が集められているのだ。しかし中には、驚くような言葉や物語も多く載せられている。その中でもとりわけ印象深いのは「雷」だ。
――神様の声は雷のように大きいって本当かしら?
稲妻や雷鳴にたとえられるくらいに。前世の日本にも「雷神様」がいらっしゃった。たとえ恐ろしい顔をしていても、それは魔を祓うためだとか、神様の力強さを象徴するためだとか諸説ある。などと考えていると、頭上から大きな爆音が鳴った。老朽化の進んでいた建物は地震に見舞われたが如くビリビリと揺れた。
「なんだ今の爆音は? 雷か?」
「空の上からしたような……」
裏口に待機していた見張りと、馬車に盗品を積み込んでいた作業員たちは大慌てだ。すると誰かが「敵襲だ!」と叫んだ。
「正面扉の方角だ!」
「塀に大穴が開いたぞ!」
「火事だ! 外から大砲でやられたみたいだぞ!」
「みんな消火に急げ!」
裏口にいた見張りと作業員は、持ち場を離れて、塀の正面へ走る。要塞の砲台から塀に風穴があけられたとは誰も気付いていないようだ。
――今だ!
私とアルは物陰から飛び出し、人の出払った裏口扉へと近付いた。地面と平行にはめられた木製の柱をどける。中央で半分に割れた扉を、片方ずつ引いて大きく開け放った。
「これでよし! ああ、オスカル!」
「ヒヒン!」
オスカルは私へ駆け寄ろうとしたが足取りが鈍い。荷台に盗品が積まれているせいだ。
「ええい、こんなもの! オスカルになんてことをさせる気よ。てぇーい!」
私とアルは重い箱は押し出し、軽いものは蹴飛ばす。荷台は軽い方が良い。
「王女様たち遅いわね。早く来ないかしら」
要塞の内側から攻撃したと気付かないうちにここを脱出しなければならない。
「火が消えない! もっと水を持ってこい!」
「こっちの井戸じゃ足りないぞ!」
「厩のそばの井戸からも汲んでこい!」
――やばい! こっちに来る!
私とアルは咄嗟にボロ布をかぶって身を隠した。布の隙間から相手の顔をうかがう。三、四人はいるかしら。暗闇でよく見えなかったが、彼らが松明へ近付くと、その姿が明らかになった。
――げっ。あれは……山賊の頭!
「おい、裏口を開けたのは誰だ!」
「お頭、せっかく載せた馬車の荷物が散らばっています!」
敵の足音が馬車へ近付く。
「あんな……でかい包みあったか?」
賊の頭は観察眼に優れているようだ。馬車を軽くする為、他の物はあらかた外へ放り出した。まだいくつか残っているけれど、頭の言う荷台の〝でかい包み〟は私たちだ。
「誰か、あの荷物を調べてみろ」
賊の頭が指示する。こうなったら隠れている場合じゃない。私はアルに目配せした。
「ミミ、しっかりつかまって」
「はい!」
アルはボロ布を取っ払うと、山賊たちに投げつけた。
「お、おまえは……リンドバーグ司祭……」
賊の頭は目を剥いている。
アルは彼に流し目をくべると、御者席につき手綱を握った。
「オスカル! いくぞ!」
「ヒヒン!」
アルは山賊らめがけて馬車を突進させた。
「どけどけどけえぇ――! 神の御許に道をあけろ――!」
暴れん坊司祭アルフレッドは天高く雄々しく叫んだ。オスカルは、空の樽や桶、農具をおかまいなしに蹴飛ばして、これまでの鬱憤を晴らすが如く、派手に暴走した。
「来るな、馬! こっち来んなぁあ!」
「ひえぇ! ふ、踏まれるうぅ――!」
「ぎゃあああああ――! 逃げろ――!!」
山賊の頭も手下も悲鳴を上げ、塀の内側で蜘蛛の子散らすように逃げ回る。我が家の希望の星オスカルは、鬼ごっこでもしている心地なのか、足取りが弾んでおり、心なしか楽しそうだ。
「待ちやがれ、こらあ!」
「あいつらを逃がすな!」
私たちの馬車に向けられ罵詈雑言かと思いきや、別の方角がなにやら騒がしい。マーガレット王女様、パム、シモンの三人が全速力でこちらへ駆けてくる。三人の背後からは追っ手が迫る。どうやら見つかってしまったようだ。
「早く! みんな乗って!」
アルは三人のそばで馬車を急停止させた。マーガレット王女、シモン、パムが荷台に飛び乗ると、裏口めがけてアルは一直線に馬車を走らせる。扉をくぐると私たちは思わず歓声を上げた。
「大砲作戦は成功ね、王女様」
「塀の正面に大穴を開けましたわ」
マーガレット王女様は勝ち誇った表情だ。
「アル、月が出ているわ!」
「良かった、これで道が見える!」
秋の月光が夜の山道を照らしてくれていた。このまま森を抜けて町へ出ることができれば。
「この道はどこに続いているのかしら」
「北だね」
アルは夜空を見上げる。アルは星を読むこともできるようだ。今のところは分かれ道が見当たらないので、このまま行けるところまで突き進むしかない。
「来たな。追っ手だ」
アルは後方へ視線を遣る。馬の嘶きと騒がしい蹄の音が迫っていた。
【つづく】
大砲の知識と経験がある王女様の指示の元、私たちは脱出作戦を決行した。
シモンは砲丸を詰める係、下着泥棒パムは着火犯、王女様は「撃て!」と大砲の指揮を執ることになった。
私とアルには別の大役が任されている。一足早く裏口に回り、敵が手薄になったところを狙って、塀の扉を開けなければならないのだ。オスカルを馬車ごと奪取し、大砲を打ち終えた王女様たちと合流するという計画だ。
――本当に上手くいくのかしら? ちょっと不安。
「大丈夫だよ、ミミ」
物陰に隠れる私の背中を、アルが優しく撫でる。
「私、不安そうな顔をしてる?」
「ちょっとね。でも大丈夫」
アルは真っ暗闇の夜空を仰ぎ、両手を組み合わせて目を閉じる。
「司祭たる私は、御言葉に耳を澄まし、救いの御手に寄りすがります」
アルに倣い、私も両手を組んで祈りを捧げた。彼の尊い言葉が好きだ。荒波立っていた心が凪いでいく。言葉の力は不思議だと常々思う。だから聖書には美しい言葉が集められているのだ。しかし中には、驚くような言葉や物語も多く載せられている。その中でもとりわけ印象深いのは「雷」だ。
――神様の声は雷のように大きいって本当かしら?
稲妻や雷鳴にたとえられるくらいに。前世の日本にも「雷神様」がいらっしゃった。たとえ恐ろしい顔をしていても、それは魔を祓うためだとか、神様の力強さを象徴するためだとか諸説ある。などと考えていると、頭上から大きな爆音が鳴った。老朽化の進んでいた建物は地震に見舞われたが如くビリビリと揺れた。
「なんだ今の爆音は? 雷か?」
「空の上からしたような……」
裏口に待機していた見張りと、馬車に盗品を積み込んでいた作業員たちは大慌てだ。すると誰かが「敵襲だ!」と叫んだ。
「正面扉の方角だ!」
「塀に大穴が開いたぞ!」
「火事だ! 外から大砲でやられたみたいだぞ!」
「みんな消火に急げ!」
裏口にいた見張りと作業員は、持ち場を離れて、塀の正面へ走る。要塞の砲台から塀に風穴があけられたとは誰も気付いていないようだ。
――今だ!
私とアルは物陰から飛び出し、人の出払った裏口扉へと近付いた。地面と平行にはめられた木製の柱をどける。中央で半分に割れた扉を、片方ずつ引いて大きく開け放った。
「これでよし! ああ、オスカル!」
「ヒヒン!」
オスカルは私へ駆け寄ろうとしたが足取りが鈍い。荷台に盗品が積まれているせいだ。
「ええい、こんなもの! オスカルになんてことをさせる気よ。てぇーい!」
私とアルは重い箱は押し出し、軽いものは蹴飛ばす。荷台は軽い方が良い。
「王女様たち遅いわね。早く来ないかしら」
要塞の内側から攻撃したと気付かないうちにここを脱出しなければならない。
「火が消えない! もっと水を持ってこい!」
「こっちの井戸じゃ足りないぞ!」
「厩のそばの井戸からも汲んでこい!」
――やばい! こっちに来る!
私とアルは咄嗟にボロ布をかぶって身を隠した。布の隙間から相手の顔をうかがう。三、四人はいるかしら。暗闇でよく見えなかったが、彼らが松明へ近付くと、その姿が明らかになった。
――げっ。あれは……山賊の頭!
「おい、裏口を開けたのは誰だ!」
「お頭、せっかく載せた馬車の荷物が散らばっています!」
敵の足音が馬車へ近付く。
「あんな……でかい包みあったか?」
賊の頭は観察眼に優れているようだ。馬車を軽くする為、他の物はあらかた外へ放り出した。まだいくつか残っているけれど、頭の言う荷台の〝でかい包み〟は私たちだ。
「誰か、あの荷物を調べてみろ」
賊の頭が指示する。こうなったら隠れている場合じゃない。私はアルに目配せした。
「ミミ、しっかりつかまって」
「はい!」
アルはボロ布を取っ払うと、山賊たちに投げつけた。
「お、おまえは……リンドバーグ司祭……」
賊の頭は目を剥いている。
アルは彼に流し目をくべると、御者席につき手綱を握った。
「オスカル! いくぞ!」
「ヒヒン!」
アルは山賊らめがけて馬車を突進させた。
「どけどけどけえぇ――! 神の御許に道をあけろ――!」
暴れん坊司祭アルフレッドは天高く雄々しく叫んだ。オスカルは、空の樽や桶、農具をおかまいなしに蹴飛ばして、これまでの鬱憤を晴らすが如く、派手に暴走した。
「来るな、馬! こっち来んなぁあ!」
「ひえぇ! ふ、踏まれるうぅ――!」
「ぎゃあああああ――! 逃げろ――!!」
山賊の頭も手下も悲鳴を上げ、塀の内側で蜘蛛の子散らすように逃げ回る。我が家の希望の星オスカルは、鬼ごっこでもしている心地なのか、足取りが弾んでおり、心なしか楽しそうだ。
「待ちやがれ、こらあ!」
「あいつらを逃がすな!」
私たちの馬車に向けられ罵詈雑言かと思いきや、別の方角がなにやら騒がしい。マーガレット王女様、パム、シモンの三人が全速力でこちらへ駆けてくる。三人の背後からは追っ手が迫る。どうやら見つかってしまったようだ。
「早く! みんな乗って!」
アルは三人のそばで馬車を急停止させた。マーガレット王女、シモン、パムが荷台に飛び乗ると、裏口めがけてアルは一直線に馬車を走らせる。扉をくぐると私たちは思わず歓声を上げた。
「大砲作戦は成功ね、王女様」
「塀の正面に大穴を開けましたわ」
マーガレット王女様は勝ち誇った表情だ。
「アル、月が出ているわ!」
「良かった、これで道が見える!」
秋の月光が夜の山道を照らしてくれていた。このまま森を抜けて町へ出ることができれば。
「この道はどこに続いているのかしら」
「北だね」
アルは夜空を見上げる。アルは星を読むこともできるようだ。今のところは分かれ道が見当たらないので、このまま行けるところまで突き進むしかない。
「来たな。追っ手だ」
アルは後方へ視線を遣る。馬の嘶きと騒がしい蹄の音が迫っていた。
【つづく】
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コメント
旭山リサ
清水レモン様 コメントありがとうございます。オスカル・リンドバーグ、ヒヒンと一発弾けました! 馬でもいろいろストレス溜まってるんですわ……なので結構「賊を蹴散らかすのは楽しかった(オスカル談)」馬語を人語に訳しました。
清水レモン
オスカルのシーンが、すごいアクションシーンで見えてきます!
清水レモン
清水レモン
オスカルいくぞ、ヒヒン!