閉じる

ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

448話「肉弾戦による自己紹介?」



「お帰りなさいませご主人様」


 久々に俺がモンスター農園へとやってくると、それに気付いたエルダークイーンアルラウネが出迎えてくれる。アルカディア皇国による襲撃以来ほとんどほったらかしになっていたため、原状の復帰がどうなっているのか把握していなかったが、周囲の様子を見るに上手くやってくれているようだ。


 モンスター農園は以前と変わらずモンスターたちが畑仕事に従事しており、畑の作物もすくすくと成長している様子だ。


「連中はいかがでしたでしょうか?」

「ああ、とりあえず然るべき制裁を加えておいた。もう二度とこっちにちょっかいを出すことはできないだろう」

「そうですか。それは良かったです」


 俺の言葉に口の端を吊り上げて微笑んでいるアルラウネだが、心なしかその微笑みが好戦的なのは気のせいではないだろう。自分たちのテリトリーを荒らされて怒るというのは人間も同じであり、ましてや縄張り意識の強いモンスターであれば尚更だ。


 とりあえず、簡単な報告を済ませ、新たに仲間に加わったサキュバスクイーンのイリネベラを紹介することにした。


「ご主人さまぁ~」

「よっ」

「あふっ、ど、どうして避けるんですか」

「なんとなくだ」


 イリネベラを召喚すると、すぐに俺を見つけた彼女が俺に抱き着こうと近寄って来る。何か嫌な予感がしたので、飛びついてこようとするイリネベラをひらりと躱すと、頬を膨らませて抗議の声を上げていたが、ひとまずはアルラウネに彼女を紹介する。


「紹介しよう。新たに仲間に加わったサキュバスクイーンのイリネベラだ。この農園の畑を任せているエルダークイーンアルラウネだ」

「……」

「……」


 俺が二人を紹介すると、一瞬だがその場の空気が凍り付いたような感覚を覚える。イリネベラとアルラウネの視線が交差し、その永遠と錯覚するほどの時間が経過したその時、二人の姿が一瞬消える。消えるといっても、常人の目から見てという注釈が付き、俺の目からはちゃんと二人の動きが見えていた。


「ふっ」

「はっ」


 そして、次の瞬間お互い臨戦態勢を取りどちらからともなく肉弾戦が始まった。肉感的な女性型モンスター同士の二人が激しく動く様子は、見ていてとても妖艶的な雰囲気を醸し出している。特にメロンやスイカのようにたわわに実った二つの果実は圧巻で、今にも中身がこぼれ落ちそうな勢いだ。


 しかしながら、状況的に一体全体何がどうしてこうなったとばかりに、俺の頭上では疑問符が浮かんでいた。


 俺はただ新たに仲間に加わった召喚獣を紹介しただけだというのに、どうして目の前では殺し合いのような肉弾戦が繰り広げられているのだろう。どうして先ほどまでなかった数メートル規模のクレーターがいくつもできているのだろう。どうしてその余波に巻き込まれて周りのモンスターが阿鼻叫喚の叫びを上げているのだろう。


「ふふっ」

「ちぃ」


 だが、その均衡もすぐに崩れ始めている。ステータス的には、全体的に能力が高いエルダークイーンアルラウネに軍配が上がっているため、純粋な肉弾戦であれば彼女が優勢となるのは自明の理である。だが、基本的な魔法を一通り体得しているイリネベラが距離を取って魔法での攻撃に切り替えた途端、その戦況は再び膠着状態となる。


 エルダークイーンアルラウネも魔法がまったく使えないわけではないが、使える魔法の種類に限りがあるため、徐々に押され始めている。


「うっ、このビッチが!!」

「ぐはっ、この糞女が!!」


 突然の出来事に呆気に取られていた俺だったが、これ以上二人に暴れられては畑にも影響が出始めるため、さすがに止めに入る。次の瞬間、アルラウネの突進しながら突き出した拳とイリネベラの両手に集中させた漆黒魔法がぶつかろうとしていたため、すぐさま二人がぶつかる寸前に両者の頭にチョップを落とした。


「やめんか!」

「ぐべっ」

「がにょ」


 俺にチョップを落とされた二人は、途端に地面に叩きつけられる。先ほどまで死闘を繰り広げていた面影はなく、片足をぴくぴくと痙攣させている。騒ぎは静まったものの、大方の指示を出していたリーダーであるエルダークイーンアルラウネが行動不能になっているため、他のモンスターたちがどうすればいいのかといった具合に困惑している。


「主、戻ってきたようだな。しかし、これは一体?」

「我が見た時はこれほど殺風景ではなかったと思うのだが?」


 そこへ、騒ぎを聞きつけてやってきたマンティコアとオクトパスが合流する。周囲の惨状を見て、首を傾げる二人に俺は先ほど起こったことをありのままに話す。話を聞き終えると、二人とも騒ぎの元凶となったアルラウネとイリネベラに呆れた視線を向ける。


「まったく、人騒がせな連中だ」

「本当にな。主の召喚獣となった以上、そういった慎みを持ってほしいものだ」


 二人が嘆いている間も俺の頭チョップの影響から抜け出せていない様子のアルラウネとイリネベラだったが、さすがのSSランクモンスターだけあってすぐに回復し、マンティコアとオクトパスにも顔合わせを行う。今度は俺が睨みを利かせているお陰か、自ら襲い掛かるような愚行を犯さなかったが、先ほどドンパチをやらかしたアルラウネは、敵意を剥き出しにしていた。


「ということで、イリネベラには新たにここの陣営に加わってもらう。だから、さっきみたいな喧嘩はしないように」

「……」

「……」

「……聞こえているのか? どうやら、またチョップを食らいたいらしいな」

「「わ、わかりましたっ」」


 俺がそう言っている最中も顔を至近距離まで近づけてメンチを切るイリネベラとアルラウネだったが、俺が低めのトーンで脅してやると、すぐさま剣呑な雰囲気は霧散する。これはこの先大変になりそうだと内心でため息を吐いていると、マンティコアが話を振ってきた。


「ところで主、あのサキュバスの担当なのだが、西の洞窟ではどうだろうか?」

「西の洞窟?」


 俺がシェルズ王国の国王から間借りしている土地は人の手がまったく入っていない王国の端の方であり、東西南北の各地域に分けることができる。まず南側にはアルラウネが管理する畑や果樹園があり、北にはアルカディア皇国の連中が急襲してきた海が広がっていて、担当はオクトパスだ。そして、残りの東西の土地をマンティコアが管理するという三体制を取っていたのだが、マンティコアの話では西側に関して手が回っていないとのことらしい。


 西側の土地は、主に山脈に覆われている状態で、数万年という長きに渡って自然形成されたいくつもの洞窟が広がっている。中には、鉱石が採掘できる鉱脈がある山もあるのだが、そこに棲みついているモンスターが主にゾンビやスケルトンといったアンデッド系統が多いということと、その洞窟を支配下に置いているモンスターがいたため、不必要な諍いを起こさないように今まで不干渉を貫いていたとのことらしい。


 ぶっちゃけたところ、モンスター農園に新たにイリネベラが加わっても人手に関しては今までの三体制で十分に行えており、これ以上の増員は必要がない。であるならば、今まで不干渉を貫いてきた洞窟を担当してもらうことで、西の管理と鉱石採掘作業を行ってもらうのがいいとのことであった。


「その方が我々にも都合がいいのだが」

「わかった。西に関してはイリネベラに任せるとしよう。イリネベラ。今日から担当してもらう場所へ連れて行から、一緒に来い」

「はい、どこまでもお供いたします! 例え、地獄であろうとも!!」

「けっ、猫かぶりビッチ女が……」


 俺が声を掛けると、ぱぁっと顔を輝かせながらイリネベラが大げさなことを口にする。それに対し、苦虫を嚙み潰したような忌々しいといった様子の顔を浮かべながら、さっそくやってきた新人に対してアルラウネが悪態をつく。


「ふふっ」

「?」

「ご主人様ぁ~、私の名を呼んでくださいませんか?」

「ん? イリネベラ」

「では、この糞女のことはなんとお呼びになっているのですか~?」

「そいつは、アルラウネだな」

「ふふふ、そうでしたか。イリネベラ……アルラウネ……うふふふふふ」

「っ!? ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬ……」


 俺がイリネベラの名前を呼びそしてアルラウネのことを呼ぶと、何故か勝ち誇ったような馬鹿にしたような顔をアルラウネに向ける。どうやら、自分だけが固有名詞で呼ばれているということに優越感を感じているらしい。俺からすれば些細なことなのだが、普段の整った顔立ちからは想像もつかないほどの醜悪な顔をアルラウネが浮かべている辺り、余程に悔しいらしい。


 そんな下らないことはどうでもいいとばかりに、俺が西の洞窟へ向かおうとすると、俺の進行を妨げるようにアルラウネが立ち塞がった。

「ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く