ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
441話「サキュバスが仲間になりたそうに土下座している」
「……」
「……」
今起こていることをありのまま話そう。現在、時刻は夜中と言っていい時間帯で草木も眠る丑三つ時だ。
そして、そんな人々が寝静まる時間帯であるにもかかわらず、俺の目の前には床に平伏す異形の者がいた。その異形の者とは、先ほどまで敵対していたサキュバスクイーンのイリネベラである。
あの後、ちょっとしたお仕置きを行ったのだが、それがいたくお気に召したらしく、現在進行形で懇願されている。彼女の要求はただ一つ、俺の配下とはることであるらしい。
「お願いいたします。是非とも、私をご主人様の配下に」
「俺は人間だぞ? 人間を糧とするお前らモンスターにとってはただの餌じゃないのか?」
俺は当然の疑問をイリネベラに投げ掛ける。サキュバスや吸血鬼などの人の生気や血を糧として生きているモンスターにとって、人間という存在はただの食事をするための存在……人間から言えば家畜と何ら変わりない。だというのに、人間の俺をご主人様呼ばわりとは一体どうなっているのだろうか。
牛や豚と比べれば言葉を話す分倫理観がどうのこうのという問題もあるが、そんなものは元の現代社会の倫理観であってこの異世界においてはその価値観自体が皆無に等しい。
日々の糧を得るという一点においては、モンスターが人間を捕食するなどという行為は珍しいものではなく、オークやゴブリンなどの低級モンスターや知性のあるサキュバスや吸血鬼もまた同じように、人間という存在を生きるための餌としてしか認識していないのである。
だというのに、今も土下座に近い態勢でこちらに平伏しているイリネベラはどうだろう。こちらをまるで生涯お仕えするべき主を見つけたとばかりに傅き、その尻尾はまるで喜びを表すかのようにしきりに動き回っている。
「確かに、モンスターはそう考えるのが普通です。ですが、何事にも例外はあります」
「だが、一介の冒険者である俺に付いてきてもお前の力を発揮することは難しいと思うぞ」
「これは異なことを仰るのですね。私はこれでもSSランクに分類されるモンスターです。その私が、こうも簡単に組み伏せられている時点で、ご主人様の潜在能力は私以上であると証明しているようなもの。それに、ご主人様の周りには、どうやら私のような異形の存在が付き従っているものとお見受けしましたが」
「なるほど」
さすがはSSランクに分類しているモンスターだけあって、俺とマンティコアたちとの繋がりを察知したらしい。だが、サキュバスの彼女を仲間にするにあたってメリットとなる部分が浮かばない。
先の三体の召喚獣となったマンティコアとオクトパスとエルダークイーンアルラウネについては、肉要員とたこ焼きの具要員と畑の管理要員という明確な役割があったからこそ仲間にしたのであって、今回のイリネベラについては明確な役割がなく、そういった意味においては仲間にする理由が思い当たらない。
俺が性的な好奇心を明確に持っている男だったら、性の伝道師であるサキュバスを仲間にすることはメリットとなり得たのだが、残念ながら俺にそういった興味はあまりない。
まったくといってないわけではないが、その目的のために仲間に引き入れるほど困窮も逼迫もしておらず、その気になれば、そういったことをさせてくれる女性はかなりいるという自覚はある。シェルズ王国王都で雇っているメイドたちや、各商会で雇っている従業員もお願いすれば断らないだろう。
さらに言えば、後になって要求をしてくることを差し引いた場合、国王の娘であるティアラや貴族令嬢のローレンとファーレンも頼めば婚約と引き換えとはいえ、嬉々として相手をしてくれることは何となく予想している。まあ、頼まないがな。
しかしながら、こいつをこのまま野放しにしておいたらまた犠牲者が出ることは明らかであり、そうなるのであれば首輪を付けるという意味でも、俺がイリネベラの管理と監視を行わなければならないのかもしれない。
「俺の配下になったら、他の人間を襲わないと誓えるか?」
「もちろんです! 今となっては、ご主人様以外のものなどただの水に過ぎません!!」
「まるで俺のを飲んだことがあるような言い方をするな」
「これから、そういったこともやると思いますので」
そう言いながら、妖艶な笑みを浮かべるイリネベラだったが、残念ながら後四、五年はそういったことはない。今はやるべきことが多くあり、自身の欲望を満たしている暇などありはしないのだ。尤も、三大欲求のうち食欲と睡眠欲については飽くなき探求を行っていくかもしれないが……。
とにかく、このままイリネベラを放置しておくわけにもいかないため、一旦は俺が身柄を預かるという形で俺の召喚獣として契約することになった。これで四体目のSSランクモンスターが召喚獣として仲間になった。
「これで契約は完了した。今この時から、お前は俺の召喚獣だ」
「はい! 不束者ですが、末永く可愛がってくださいませ!!」
「……」
俺の言葉に、まるで結婚するかのような重苦しい言葉を返してきたイリネベラを無視する。だが、サキュバスというのは性に対してとても積極的な種族であるからして――。
「では、ご主人様。さっそくご主人様にご奉仕させていただきたく――」
「【送還】」
不穏な言動が目立ったため、面倒なことになる前に速攻で送還する。召喚獣を召喚するまでの間、彼女らは時間軸が停止した亜空間に収納されているため、術者である俺が呼び出すまで勝手に動き出すことはない。もし、その状態のまま俺が死んでしまった場合は術者との繋がりが無くなるため、亜空間から強制的に追い出されることになる。そのため、俺が死んでもその空間で一生を過ごすことはない。
しかし、裏を返せば俺が召喚するまで表に出てくることはないため、その気になればずっと出てこないようにすることも可能ということだ。
「とりあえず、寝るとしよう」
外は未だ太陽が昇っていない真っ暗闇に包まれている。俺は再び眠りに就くため、ベッドに横たわり、その目をゆっくりと閉じた。
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