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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

423話「鍛冶・改スキルの真価」



 翌日、改めて俺は工房を訪れた。店に入ると、昨日と同じくドリュスが店番をしていたのだが、俺の姿を見るや引き攣った笑顔を向けてきた。それでも、無下に追い返すわけにもいかず、ひとまずは工房に案内される。


「昨日はすまんかったな」

「いや、どのみち時間的には宿に戻る時間だったから問題ない。それで、改めて聞くがそちらが提示した条件を満たしたわけだからここの工房を使わせてもらってもいいんだよな? ダメならまた同じものを何度でも作るが?」

「いや、もう十分だ。好きに使ってもらって構わない」


 俺が暗にまたあの業物を無駄に鋳溶かす職人泣かせな行為をするぞと言ってやると、両手を左右にバタバタと振って工房の使用許可をくれた。どうやら、あの行為が余程に堪えたと見える。


 そういうことならば、遠慮なく使わせてもらうことにし、作業場の一つに移動したのだが……。


「なんで付いてくるんだ? 仕事があるんじゃないのか?」


 何故かはわからないが、俺が工房内のあまり使用されていないであろう作業場に移動すると、二人して俺の後に続いてくる。一体全体何を考えているのかと思えば、工房主の男がさも当たり前のように腕組みしながら俺の問いに答える。


「ふん、坊主がどんなものを作るのかただ興味があるだけだ。量産品とはいえ、あれほどのものを作る人間がどんなものを作るのか気になって仕事なんて手に付くもんか」

「そうか」


 俺としては、邪魔さえしなければ特に問題はないので、好きにさせておく。だが、仕事はともかく店番はいいのだろうか?


 まあ、この店の従業員でもない俺がどうこう言うつもりはないので、二人がそれでいいのなら特に言及はせず、さっそく防具作りを開始する。


 まずは、どういったものを作るかというコンセプトから入るべきだが、具体的にこれといったビジョンは浮かばないため、ひとまずは基本が重要ということで、鉄製のチェストプレートを作ってみることにする。


「鉄を使ってもいいか」

「ああ、ここにあるものなら何でも使っていい。その代わりってわけじゃねぇが、作ったものをうちで買い取らせてくれ」

「まあ、構わないが」


 施設自体は使っても消耗することはないが、原材料となる金属類はそうはいかない。念のため工房主に聞いてみたが、返ってきたのはそんな答えだった。おそらく、昨日の鍛冶を見て俺の腕がかなりのものであると判断したようだ。だが、本音としてはこれ以上目の前で良質な作品が消えていくのを見過ごせなかったようで、買い取りたいと口にする工房主の目が異常なほど血走っていた。


 個人的にもまだまだこちらの大陸での活動資金が乏しいと思っていたので、工房主の提案は渡りに船だった。特に問題ないため、彼の提案を承諾する。


「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はローランド。見ての通り冒険者をやっている」

「それほどの腕があるのに冒険者をする意味があるのか? ああ、俺はスタンリー。この店をこいつとやってる」

「兄貴の弟でドリュスだ」


 簡単な自己紹介が終わったところで、改めて鉄のインゴットを炉にくべ溶かしていく。溶かした鉄を工房で使用されているチェストプレートの型に流し込み形成していく。少し冷まして型から取り出し、槌を使って厚みを調整していく。


 俺が調整している間もその作業を二人して食い入る様に見つめている。時折「なるほど」だの「そうすればいいのか」などと口にしていたので、気になって聞いてみた。


「別にこんな加工作業は見慣れているんじゃないのか?」

「自分がやる分にはな。だが、自分より技術を持った人間の加工となれば話は変わってくる」

「なるほ――。それだと、まるで俺があんたよりも鍛冶に長けてるように聞こえるな」

「実際、俺よりも坊主の方が腕があると思うぞ。昨日作っていた剣のほとんどは、俺が作っている量産品よりもずっと質が上だった」


 だから坊主のやり方を見るのは勉強になると締め括り、俺の一挙手一投足を逃すまいとさらに鋭い視線を向けてくる。当然だが、俺が鍛冶をやったことがあるかと問われれば、否だ。だが、前世の知識と今生の生産活動を行うことで、何となくこういうものではないかという一種の勘のようなものでやっているため、俺が今やっている作業が必ずしも最適解であるかというのは、微妙なところである。


 それでも何とか様になっているのは、俺の持つ【鍛冶・改】という鍛冶の上位スキルのお陰であることは間違いなく、決して俺に才能があるとかそういった話ではない。


 その適当極まりない鍛冶ではあったが、スタンリーたちからすれば斬新な鍛冶のやり方に見えたらしく、しきりに頷いていたり感嘆の声を上げていたりした。


 見本的な意味合いで軽鎧系の防具一式【チェストプレート】・【アイアンアーム】・【アイアンレガース】などの部分的に守りを固めることに重きを置いた防具を作製する。


 急所となる部分を守りつつ、軽鎧という動きを阻害しないための工夫を盛り込んだ一品にしたつもりだ。もちろん、使用する鉄の量も防具として機能するぎりぎりのラインを攻めており、これ以上少なくすると防具としての意味がなく、かといって多くすれば重さによって軽鎧の意味を成さないという絶妙なところを狙ったつもりだ。


「これは、なかなか」

「兄貴、ここにフックが付いてやがる」

「なるほど、ここにちょっとしたものを引っ掛けておける仕様にしてあるみてぇだ。それでいて、重くしないように敢えて強度を抑えてるな。考えられている」

「……」


 二人は絶賛しているが、現代日本に生きていた者であればこの程度のことは誰でも思い付くものであり、様々な工夫が凝らされていた前世の商品と比べれば大したものではない。それ故に、こうやって手放しで褒められると、まるで俺が最初に考えたことのように勘違いしてしまうところだが、知識の一つとして持っていただけに過ぎない。


「ドリュス。これ、いくらになると思うよ?」

「鉄製品だし、軽鎧っていうことを考えれば、一式で五十万ジークってところじゃないか?」

「それはいくら何でも安いぞ! 俺だったら、三百万ジークは出す」

「いやいや、それは兄貴が職人だからだろ? 鉄製の軽鎧にそこまで出せねぇって。しかも、それだと少なくとも販売額を五百万ジークにしないといけなくなる」

「それでいいじゃねぇか!」

「よくねぇよ!!」


 それからも、俺が作った軽鎧の値段を巡ってああでもないこうでもないと議論した結果、売値一式七十五万ジーク販売価格百万ジークということになった。通常の鉄製装備の一式の値段が三十万ジーク前後ということを考えれば、三倍以上の相場になるが、全体的なバランスや所々に施された細工がそれだけの価値を高めているらしく、そのくらいの値段であれば買い手がつくとのことだ。


 現に、この鎧はとあるBランク冒険者の手に渡ることになるのだが、これを手に入れてからその冒険者が頭角を現し、見事Aランクに昇格することになるのだが、それはまた別の話である。


 それよりも、防具を作ってみた感触としては、他の装飾品を作った時と変わりがなかったので、次は自前の防具製作に移ろうとした。だが、ここでちょっとした事件が起こった。


「じゃあ、さっそくこれを店に置いてくるぞ」

「ああ、兄貴そりゃあ」

「……あっつあぁぁぁぁぁぁあああああい!!」


 鍛冶というものは、千数百度という炉によって融解された鉄を加工して作業を行っている。そのため、できたばかりの鉄製の防具や武器は、場合によっては数百度の高温になっていることも珍しくない。そんな状態のものを、あろうことかスタンリーは素手で掴んでしまったのだ。どんな結果になるのかは、推して知るべしである。


「み、み、みずぅー、みずぅぅぅぅぅうううううううう!! ……はぁー」

「何やってんだよ兄貴……」


 スタンリーの奇行は今に始まったことではないようで、冷却用の水が入った桶に手を突っ込み事なきを得ている彼に向かって、ドリュスの呆れたような声と視線が向けられる。一方で熱さから難を逃れたスタンリーだったが、当然無傷というわけにはいかず、両の掌は赤く膨れ上がっており、見ていて痛々しいものがあった。


「……【ヒール】」

「おっ、腫れが引いたぞ。坊主が治してくれたのか。すまない」


 仕方ないので、回復魔法を掛けてやると本当に申し訳なさそうな顔をしながら感謝の言葉を口にする。弟のドリュスも肉親が迷惑を掛けたことを謝り、とりあえず事態は終息に向かっていった。


 それから、いろいろな素材を使って防具を作製し、納得のいく一式が出来上がった。その過程で作った防具類については、約束した通り買い取ってもらい、その合計額は三千万ジークという大金に及んだ。


 目的の防具も新調できたので、スタンリーから金を受け取り、その日は宿で休むことにした。


 余談だが、スタンリーが買い取った防具類が目端の利く冒険者の目に留まり、最終的に完売してしまい、その利益が数千万ジークになるのだが、それはまた別のお話である。

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