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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

418話「正義は勝つ」



「そこまでにしていただこうか」

「誰でおじゃる?」

「元ディノフィス王国ガルガンドール侯爵家当主デノス・フォン・ガルガンドールである」


 女性を連れ去ろうとしているブ男に声を掛けてきたのは、白髪のナイスミドルだった。百八十五センチの長身とがっちりとした体型は、未だに現役の戦士であることが見て取れ、その眼光も鋭く並の人間であれば目が合っただけで竦み上がってしまうほどだ。


「侯爵様だ。侯爵様が来てくださったぞ」

「ああ、これでもう大丈夫だ」


 どうやら有名人らしく、手をこまねいていた人々からそんな声が上がる。だが、それだけでどうにかなるほど甘い相手ではなかった。


「ふん、栄えあるアルカディア皇国の貴族である儂と、亡国の元貴族とでは貴族としての格が違うでおじゃる」


 そうなのだ。これはカリファから聞いた話だが、大陸統一を果たしたアルカディア皇国と皇国に従属することになった国々の元貴族とでは、やはり戦勝国であるアルカディア皇国の貴族の方が立場として上位になるのは必然だ。


 だからこそ、デノスという男が出てきたところで、立場としては上になるというブ男の主張は間違っていない。だが、それはあくまでも貴族としての格の話であって、男としての格はといえば……。


「であれば、この私と一騎打ちしてみますかな? 元貴族として謹んでお相手致しますが?」

「くっ」


 そう言いながら、腰だめに構えたデノスがいつでも腰の剣を抜けるように臨戦態勢を取る。それを見たブ男の護衛に緊張感が走るが、危険察知の能力が高いのかブ男が宣う。


「ふん、興が削がれたでおじゃる。帰るでおじゃる。だが覚えておくでおじゃる。アルカディアに逆らう者は、いずれアルカディアによって滅ぼされるということを!」


 そんなことを言い放ちながら、ブ男は馬車へと乗り込み、去って行った。ブ男がいなくなると周囲から歓声が響き渡る。


「大丈夫ですかなご婦人?」

「は、はいっ、ありがとうございました。何とお礼を申し上げていいやら」

「お気になさらず。では、私はこれで」


 そう短く返答したデノスは、そのまま女性の礼の言葉を受け取るとその場を後にしようとする。だが、女性としてはそれだけでは彼が自分にしてくれたことと釣り合わないと感じたのだろう。立ち去ろうとするデノスを女性が呼び止めた。


「お待ちください。何かお礼をさせてもらえませんでしょうか?」

「……礼の言葉なら受け取った。それだけで十分だ」

「それでは私の気が済みません」


 デノスとて男であるからして、女性がどんな形で自分にお礼をしようとしているかくらいは気付いている。だが、彼は端的に短く言葉にして女性に言った。


「残念だが、遠慮させてもらう。私には最愛の妻と娘がいる。二人に顔向けできない真似はしたくない」

「そ、そうですか」


 デノスが既婚者であること、そして貴族の中でも珍しい家族思いの愛妻家であることは有名な話であるらしく、周囲の人間からは「さすが愛妻家」や「家族思いのデノス侯爵様」などと言葉が飛び交っている。女性もそのことを知っているため、粘るようなことはせず大人しく引き下がったようだ。


 言いたいことを言い終わったデノスは「ではな」と短く言葉にし、微笑むと今度こそそのままその場を後にした。彼の精悍な顔立ちから放たれたその微笑は、女性の心を射抜くには十分だったらしく、彼が去った後「はぅ」という言葉と共にその場で失神してしまった。


(なんだか、物語のワンシーンを見ているようだったな)


 娯楽が少ないこの世界においてこういったイベントはかなり人々の興味を引き付けるようで、デノスが去った後もその場にいた人はデノスの話で持ちきりだった。それと同時に、ブ男の話題も上がっており「これだからアルカディアの連中は」だの「再び我が国の独立を」だのという少し危険な言動をする者もいた。


 俺としては、面白いものが見れたので満足だが、このままあのブ男貴族が黙っているのかという懸念が浮かんだものの、自分から敢えて他大陸の厄介事に首を突っ込むほど愚かではないので、目ぼしい情報を手に入れた後、俺もその場から離れた。


 それから、元ディノフィス王国旧王都を散策しつつ、道中にある露店や店舗などでべラム大陸やアルカディア皇国についての情報を収集していく。大陸がアルカディア皇国によって統一されてから庶民が受けた影響というのは少なく、特に問題となっている点は元々アルカディア皇国に所属していた貴族の力が増大し、少し気が大きくなっているということくらいのようだ。


 特権階級を持つ貴族が、庶民に対して自分よりも劣った存在であるということで見下す傾向があるのは一般的だが、この大陸においてはそれが顕著だということだ。あれだけ選民志向の強い貴族を見たところで眉を顰める程度で済ませており、特に嫌悪感を抱いてはいないように見える。


 その他にも、皇国出身の庶民でも滅亡した国の人間を見下す傾向にあり、それが一部の人間に影響を与えているという話も耳に入ってきた。


 例えば、この旧王都の冒険者ギルドのギルドマスターは滅亡したディノフィス王国の出身だが、商業ギルドのギルドマスターはアルカディア皇国から任命されてやってきた人間らしい。そのため、アルカディア皇国出身の者以外下に見る傾向があり、場合によっては相場で買い取りするはずの商品を買い叩こうとすることがあるらしい。


「商業ギルドか、一度顔を出してみるか?」


 この都市の商業ギルドの実態を探ろうかとも思ったが、露店の店員レベルが知っている話ともなればその信憑性はかなり高い。実際に確かめる必要性もなくギルドマスターが情報通りの人間なのであれば、近づかない方が得策だ。そう考えた俺は、商業ギルドとは距離を置くことにしたのであった。


 それから、旧王都の街を観光しつつ得られる情報はしっかりと収集していった。そうこうしているうちに夕方になっていたので、今日は宿に戻って休むことにした。

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