閉じる

ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

414話「ローランドの授けた策の行方その2」




 嵐の前の静けさのように、とある部屋の中が静寂に包まれている。ここは商業ギルドフランバスク支部のギルドマスターの部屋だ。


「……」


 ある組織の長ともなれば、日々の業務数は途轍もない量となり、その書類の数は同じギルドとしての体裁を持つ冒険者ギルドと比べてみてもかなりのものだ。


 そんな多忙な日々を送っているのはギルドマスターのマリアンヌである。彼女は幼少の頃より実家である商家から商人としての英才教育を受けており、その才覚は現当主の父や先代の祖父と比べても何ら遜色はない。


 寧ろ、商機を見極める才においては彼女が最も優れており、その才能を頼りに実家が動くこともしばしばあるほどである。


 薄緑色の長い髪をハーフアップにして纏めており、彼女の端正な顔立ちも相まってそれは知的な印象を与える。普段の言動も落ち着いた雰囲気を持っているため、しばしば冷たい人間の印象を与えてしまうが、その美貌と類まれなる商才によって密かな人気を持っている女性だ。


「頼もう!!」

「……」


 そんな彼女の業務に水を差すかの如く、部屋の扉が勢い良く開かれる。マリアンヌはやってきた人物に一瞥をくれると、何事もなかったかのように業務を再開させる。


 マリアンヌにとって、こういったことはいつものことであるため、もはや慣れしたんだものとして受け入れてしまっている。逆を言えば、すべてを諦めているとも言えなくはないが、そこは当事者の気の持ちようであるため、ここで敢えて突っ込むのはやめておく。


「せっかく昔馴染みが訪ねてきたというのに、そういう態度はないだろう?」

「突然扉を蹴破ってくる人間に知り合いなどいません」

「と、とにかくだ! マリアンヌ、今日は君に話があってきた」


 カリファの抗議をさらりと躱し、マリアンヌは冷たくあしらう。だが、いつもと様子が異なる昔馴染みに何かを感じ取ったのか、ここでようやく顔を起こし彼女に目を向ける。


 そこには、確かな覚悟と何か自信のあるような雰囲気を纏ったカリファの姿があった。マリアンヌの経験上こういった人間は、二つに一つの末路を辿ることになる。


 一つは、商機をものにし、大成功するパターンと、もう一つはドツボに嵌まり込み大失敗するパターンだ。色眼鏡ではないが、今のカリファがどちらなのかといえば前者であり、それは今まで培ってきたマリアンヌの商人としての勘がそう物語っていた。今の彼女からはお金儲けの匂いがする。そのことを、マリアンヌはこの短い時間で感じ取ったのだ。


「何かしら? あなたの作品でも売ってくれる気になった?」


 カリファには、領主として優れた才覚はない。そのことは、彼女に近しい人間であれば周知の事実であり、実際の領地経営については側近のダンケスが取り仕切っていることからも明らかである。


 だがしかし、そんなカリファにもある一芸において秀でた才覚というものを持っており、それが何かといえば……装飾品だ。


 生まれた時から手先が器用だったカリファは、その器用さを生かして小さな頃からいろいろと工作を行っており、その精巧さはプロの商人の目から見ても目を見張るものがあった。


 そして、昔馴染みのマリアンヌがそれを知らないはずもなく、成人してからは特に彼女が趣味で作っている装飾品の販売を狙っていた。


 職人顔負けのカリファが手掛けた作品は、趣味で作ったという範疇を逸脱しており、彼女が学生の頃に友人にプレゼントしたイヤリングなどは、今でもその価値を悠然と示し続けている。


 そんな価値のあるものを商人気質のマリアンヌが放っておくわけもなく、カリファと顔を合わせる度に取引を持ち掛けていたが、彼女は断固として首を縦に振ってこなかった。


 理由としては、自分が作り上げたものを売るという抵抗感と、彼女にとって装飾品を作るというのは趣味の範囲での話であり、それを販売するとなればプロの仕事となってしまうという固定概念があったのだ。だが、彼女が作り出すものは生半可なプロの職人と比べても頭一つ抜きんでており、まさに技術作品と言える。


「なんて、ありもしないことを言っても仕方ないわね。それで、何のようなの? 私はこれでも忙しいのだけれど?」

「これを買ってくれ。値段は言い値でいい」

「こ、これってもしかして……」


 そう言ってカリファが寄こしてきたのは、装飾も何もないただの木箱だった。特に何の変哲もないただの木箱であるが、問題はその中に納められている品物である。


 ごくりとマリアンヌが生唾を飲み込むと、意を決して木箱の蓋を開ける。中から現れたのは色とりどりの宝飾された宝石の数々であり、その宝石だけでも数百万ジークは下らないものばかりだ。だが、それは大したことではなく、その宝石を着飾るように施された装飾である。どれをとっても一級品の品質であり、その技巧は洗練されている。


(す、素晴らしいわ。この子の作品を見るのは数年ぶりだけど、その間にさらに腕を上げたみたいね)


 箱の中にある装飾品の一つを手に取って観察してみる。その間近で見ると、一つ一つの造りの精巧さがはっきりとわかり、それだけ高度な技術が使われていることが窺える。そして、恐ろしきはカリファはそれをまるで息をするかのように鼻歌交じりで再現してしまうことだろう。まさに、趣味と実益が兼ね備わった最高傑作と断言できる品々であった。


「こ、こここ、これを売りたいってことでいいのよね?」

「少しは落ち着いたらどうだ? 喋り方がおかしなことになっているぞ」

「これが落ち着いていられるものですか!!」

「うぇっ?」


 普段叫び声を上げないマリアンヌだが、この時ばかりは勝手が違っていた。何せ、いくらこちらがアプローチを掛けても首を縦に振ることのなかったカリファが、自らの意志で自分の作品を持ち込んできたのだ。まさに、鴨が葱を背負って来たよろしくカリファが作品を持ってやってきた状態なのである。


 カリファの作品に目を付けていた商人はマリアンヌ一人ではなく、それを知っている人間であればある程度有名な話ではある。だからこそ、この都市に住まう商人であれば一度は彼女に声を掛けたことがあるのだ。“あなたの作品を売ってくれませんか?”と。


 だが、彼女自身自分が生み出すものにそれほどの価値がないと思っており、精々が家族や親しい友人の誕生日やお祝い事にプレゼントとして贈る程度のものでしかないと考えている。そんなものを商品として売り出すこと自体に違和感を覚えているのである。


 そして、そのプレゼントを受け取る対象に当然ながら入っているマリアンヌは、毎年誕生日に贈られる豪華すぎる装飾品を見て商人として販売したい衝動と戦ってきたのだ。だが、それを友人が贈ってくれた大切な品ということで、商人としての矜持よりもカリファとの友情を長年に渡って選び続けてきたのである。


 そんなカリファの口から自身が作った装飾品を売り出したいと申し出があったのだ。今日は槍でも振るのではないかとマリアンヌ自身窓の外に視線を向けたが、今日は雲一つない快晴であり、槍はおろか雨すら降る余地がない。


「いいカリファ。何度も言っているけど、あなたが作る装飾品はとてつもないのよ? 一流の職人顔負けの装飾。どこをとっても精巧な造り。宝石とのバランスを考えた完璧な仕立て。どれをとっても絶妙で、これまで見てきた宝飾の中でもカリファの作る以上のものを見たことがないわ」

「そんなにか? 私としては、普通に作っているつもりなんだが」

「その普通が凄いのよ。まあとにかく、売ってくれるなら、遠慮なく買い取らせてもらいます。後でやっぱり売らないとか言い出すのはなしだからね!?」

「そんなことは言わないさ」


 マリアンヌとしてはいきなりのことに驚いたが、長年夢にまで見た親友の作品を買い取ることができるという現実に、顔を綻ばせながら鑑定を始めた。そこまではよかったのだが、彼女の目利きが正しければ、カリファが持ってきた装飾品の数々は、装飾品としての格が違い過ぎた。


「うーん」

「どうした? まさか、価値が無さ過ぎて値段が付かないとかか」

「いいえ、その逆。価値があり過ぎて値段が付けるのが難しいわ」


 それでも一端の商人として目の前の品に値段を付けなければならず、マリアンヌは悩みに悩み抜いた。そして、何とかそれぞれに妥当な値段を付けることに成功し、その合計金額をカリファに伝える。


「とりあえず、ここにある十点すべて買取で、合計三億六千万ジークでどうかしら?」

「ふぁっ!?」


 マリアンヌが告げたあまりの大金に、カリファも大口を開けて驚愕する。億というあまりに現実離れした金額にも驚いたが、カリファ自身自分が作ったものがそれほどの巨万の富を生み出すとは夢にも思っていなかったからだ。


「さ、三億六千万ジークだって? 三万六千ジークの間違いじゃないのか?」

「この装飾品をそんな値段で買う商人がいるとすれば、それは買い叩こうとしているか、本当の物の価値がわかっていないただのもぐりだわ。うーん、やっぱり自信がないから五億ジークに変更しましょう」

「さらに増えるだとっ!?」


 そのあと、あまりの驚愕にカリファはしばらくの間、放心状態となってしまうのであった。

「ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く