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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

413話「ローランドの授けた策の行方その1」



 ~ Side カリファ ~


 体裁など気にしたそぶりもなく、足早に彼女は執務室へと向かっている。その勢いは真に迫るものがあり、すれ違った使用人たちは一体何事かと目を丸くする。


 しかし、今は一刻も早く例の人物から聞き出した内容を実行したいといいう衝動に駆られ、カリファはその足を一歩、また一歩と前進する。


「ダンケス! ダンケスはおるか!!」


 執務室の扉をノックも無しに勢いよく開け放ち、部屋の中にいるであろう人物へとカリファは叫ぶ。それを見た部屋の中にいた壮年の男が、彼女の行動を嘆いてか深いため息と共に呆れた感情で言葉を吐き出す。


「カリファ様、いつも言っておりますが、そういった行動は慎んでくださいませ。それでは領主としての威厳も何もあったものではありません」

「そんなことはどうでもいい。それよりも話し合いだ!」


 ここで少しでも反論を見せれば、小一時間は自身の言動についての小言をもらう羽目になってしまうことを知っている彼女は、ダンケスの言葉をぶった切る。そして、いつになく焦燥感漂う我が主を見たダンケスも、小言については後でいくらでもできるだろうと頭を切り替え、ひとまずは彼女の話を聞くことにした。


 カリファにとって不幸なのは、ダンケスの小言を回避できたと思い込んでいることで、ダンケスからすれば“一時的に小言を止めた”というだけで、話が終わればまた小言を再開する腹積もりだということだろう。


「裏路地の住人についての打開案と治安回復についての妙案が浮かんだ。それを今から話すぞ」

「ほう、それは一体どのようなものですかな」


 今度は一体どんな突拍子もない話を聞かされると身構えていたダンケスだったが、カリファから出てきた言葉は意外にもまともな内容のものだったたので、違う意味で肩透かしを食らった。


 尤も、普段の領主としてのカリファの言動は決して悪い領主というわけではないが、あまり優秀と言える部類の人間ではなく、どちらかといえばお飾りに近い。それでも、自分が領主になったからにはと日々彼女なりに領地のことを慮っていろいろと政策を提案するのだが、ダンケスに鎧袖一触もと却下される日々が続いていた。


 領主としてカリファは、前領主である彼女の父から爵位と領地を引き継ぎ、未だ勉強中の身である。幸いなことに、今彼女と話しているダンケスは政に関して明るい人間であり、前領主の補佐も行っていたため、領地の運営については彼がいれば問題ない。


 そんな領主として未熟な彼女が、今回ばかりは意外とまともな内容の提案をしてきたため、ダンケスとしても些かの興味が湧いたのである。


「まず、裏路地の住人たちを集め、職に就かせる」

「そう簡単に言いましても、なかなかそういった者たちの働き口というのは見つからないものです」

「そこでだ。彼らには住む場所がない。確か、使用用途が未確定な区画があったはず。そこに彼らの居住区を新たに建設し、彼ら自身にその仕事をやってもらうのだ」

「ふむ、なるほど」


 カリファの案を聞いて、ダンケスは顎に手を当てて思案を巡らす。珍しく、本当に珍しくカリファの案は理に適っている様子で、いつもは頭ごなしに却下を出していた彼も一考の余地が生まれているようだ。


 それと同時に彼は違和感を覚えていた。普段は的外れなことばかり言ってくるであろうカリファが、まともなことを言っているということに。彼女を主人と仰ぐ身としては、それでいいのかとも思うが、子供の頃から彼女を知っているからこそ、そのはっきりとした違和感をダンケスは感じ取っていたのだ。


(何者だ? 敵対勢力の入れ知恵か、それともただの偶然出会った人間に助言をもらったとでも言うのか? いや、それこそあり得ない。このような有益な情報を、何の対価もなく他者に伝えるなど……)


 いくら切れ者であるダンケスでも予想できなかっただろう。偶然出会った少年にカリファが愚痴を零し、その愚痴に付き合った流れで彼女に助言をしたなどと……。そして、その助言を採用し政を担っている彼に提案しているなどと……。


「ダンケス?」

「カリファ様の提案は理解いたしました。素晴らしい案だとは思いますが、肝心なことが抜けております」

「それは?」

「財源です。新しく何かを始めるためには、初期投資となる財源……つまりは金銭が必要となってきます。今回は家を持たない路地裏生活をしている者に、自分たちが住まうための住居を建設する作業員として雇い入れるとのことですが、その住居を建設するための建材はどこから調達してくるのですか? 住居を立てるための大工は? そもそも、彼らを雇うためには賃金も掛かってきます。その金銭を一体どこから捻出するおつもりなのですか?」

「それについてはあてがあるから問題ない」


 ダンケスの追及に何のことはないといった様子でカリファは返す。そして、彼女は治安維持についての更なる対策を彼に話した。


「住居建設の件とは別に、都市の外部の治安についてなのだが」

「……盗賊ですね」

「ああ、ダンケスも知っての通り定期的に討伐隊を編成して警らに当たらせているが、目ぼしい効果は出ていないだろう」

「残念ですが」

「そこでこういう策でいけば上手くいくかもしれない」


 元は国内有数の商業都市であったフランバスクは、領主直轄の騎士団が存在しており、現在もその治安維持のため日々邁進している。だが、思うような成果が出ておらず、カリファを含めた上層部たちは頭を悩ませていたのだ。


「そ、そのような策が」

「どうだ? これなら、上手くいくと思わないか?」

「カリファ様、その策どなたからお聞きになられたのでしょうか?」

「私が自分で思いついた。さっきの住居建設の策もだ。いやー、たまには市井を散策するのも悪くないな」

「……」


 ダンケスの問いにカリファははぐらかすように嘘を吐く。当然、小さい頃から彼女を知っているダンケスにそんな小細工が通用する訳もなく、彼はすぐに彼女が嘘を吐いているということに気付く。


(まったく、嘘を吐く時決まって右腕を肩から回す仕草をなさる。小さい頃から変わっておりませんな)


 そんなことを思いながらも、ダンケスはカリファに今回の策を伝えた人物が公に姿を現したくないと考えていることを結論付ける。彼女が口にした策は、かなり有効となる内容であり、寧ろなぜ今まで思いつかなかったのかと思うほどに単純なものであったのだ。


 カリファから提案された内容を精査しつつ、あとは彼女が口にした財源のあてとやらがなんなのかを問い詰めようとしたところ、言いたいことを言い終えたとばかりに彼女が部屋を飛び出していこうとしていることに気付く。


「では、私はこれから財源のあてについてマリアンヌと相談してくるから、後のことはダンケスに任せた!」

「カ、カリファ様。お待ちください! ……行ってしまわれた」


 カリファは後のことをダンケスに任せる指示を出し、自分の執務机の引き出しからある箱を取り出すと、そのままの勢いで部屋から飛び出して行った。


 後に残されたのは、静寂に包まれた部屋と呆然とカリファが出ていった方向に視線を送るダンケスだけであった。


「帰ってきたら説教ですよ」


 もう既にいなくなった主人向けてダンケスはぽつりと呟くと、主人の指示に従い自分の仕事を再開させた。


 余談だが、戻ってきたカリファがダンケスに捕まり、都合四時間ほどの説教を受けたが、それはまた別の話である。

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