ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

403話「商談その2」



「こ、ここ、これはっ!?」


 テーブルに無造作に置かれた品にマニールが今まで以上に狼狽え出す。どうやら、その品は彼をそれほどまでに驚愕させるものであったらしい。


 俺が取り出したのは、うちの商会でも扱っている商品で、魔石英と暗黒鉱石と呼ばれるこの世界特有の鉱石を用いて作られたブレスレットだ。今となっては商会でも定番の商品となっており、観光にやって来た旅人や拠点を転々とする冒険者たちの記念品やお土産として人気となっており、地元の住人たちも普段使いの装飾品としてかなり高い評価を得ている。


 この世界において装飾品の加工は腕利きの職人が一つ一つ手作業で行っており、その精密さというのも職人の技量に掛かってくる。神がかった技術を持つ職人などそうそういるわけもなく、精巧に作られた装飾品など望むべくもない。


 つまり、今マニールの目の前に存在している装飾品はその望むべくもない商品というものに該当する品であり、一目見ただけで使用されている技術の高さが理解できてしまうのだ。


 そして、俺が取り出したブレスレットは付加価値を下げるため球状に加工した鉱石の大きさを八ミリ、六ミリ、四ミリにそれぞれ加工してある。基本的に、この手の加工品というのは小さく加工するものほど難易度が高く、一センチにも満たない装飾品の加工はこの世界においてはかなり高度な技術であることは想像に難くない。


 八ミリのものですら精巧な品と断言できる。だというのに、その下に六ミリと四ミリという本当に人の手で加工したものなのかと疑いたくなる商品が出てくれば、マニールの狼狽えようは当然の反応と言えるだろう。


「ロ、ロロロ、ローランド様。こ、れは?」

「魔石英と暗黒鉱石という二つの鉱石を組み合わせ、さらにポイズンマインスパイダーというモンスターから取れる糸を加工した紐を使ってブレスレットにしている」

「な、なるほど。それにしても、これはまたとんでもないものが出てきましたな」


 俺の説明を聞いたマニールは、顎に手を当てながら思案に耽っている。先ほどの驚きとは打って変わって、何やらどうしたものかと悩んでいる様子だ。


 そのことについて聞いてみると、どうやらこれほどの商品を取り扱うといろいろと弊害が出てくるようで、貴族の追及や他の商人との衝突は避けられないとのことらしい。


 それを聞いて俺はそんなことで争いになるのかと呆れていたが、それを聞いたマニールがこの商品によって周囲に与える影響を懇切丁寧に力説してくれた。


「であるからして、この商品が世に出回れば貴族の方々は出処を探ろうと私を脅迫してくるでしょうし、他の商人も仕入れルートを知ろうと探りを入れてくることでしょう!」

「なるほど。じゃあ、やめておくか?」


 そこまで面倒を掛けられないからと、俺がテーブルに置いたブレスレットを回収しようと手を伸ばすと、その手首をマニールに捕まれる。彼の顔を見ると、眉根を寄せた一見すると苦悶の表情とも取れるような物凄く難しい顔をしている。


 マニールの掴んだ手を無視してブレスレットを回収しようとするも、さらに力が籠った彼の手に阻まれ、ブレスレットに手が届かない。言っていることと、やっていることがちぐはぐな彼に対し、怪訝な表情を浮かべると、そんな俺の心情を察して説明を始めた。


「厄介なことになるのはわかっているのです。ですが、だからといってこのような素晴らしい商品をみすみす手に入れず見逃すなど、商人の名折れです!」

「で、結局買うのか買わないのかどっちなんだ?」


 俺は商人ではないから、そういった矜持に関しての云々はよくわからない。詰まるところを言えば、俺にとって重要なのは目の前の商品を買うか買わないかの二択であり、その商品を買った後に待ち受ける困難などは関係がない。それこそ、当人がどうにかする問題であり、仮に手に余るようなら最初から首を突っ込まずマニールの言うように見逃せばいいだけの話だ。


 こちらとしても、商品の売買を無理強いするつもりはなく、買い取りが可能であればやってほしいという軽いものでしかない。取引が行われた後のことまで面倒は見切れないのである。


「買います! 是非とも買わせてください!!」

「わかった。それでいくらになる?」

「そうですな。造り自体がしっかりしておりますし、何より使われている技術の高さも素晴らしい。種類も大きい、中くらい、小さいと三種類あることを考慮して……大きいものは一つにつき三千ジーク、中くらいが四千、小さいものが五千ということでいかがでしょうか?」

「ふむ」


 提示された金額の高さに顔には出さずに反応する。見た目や装飾品としての精巧さ、使用されている素材等々、いろんなものを考慮しての査定額だろうが、相場的にはうちの商会で販売している金額の十倍ほどの値段だ。しかも、小さい方が値段が高い値段設定がされており、普段売り出している時とは真逆となっている。


 だが、中規模の街とはいえ、街一番の商会の代表の査定が間違っているとも思えないので、その値段が正しいものとして特に異議を唱えるということはしなかった。


「それでだ。こっちのブレスレットも数があるんだが、どれくらいなら買い取り可能だ?」

「これほどまでの質のいいものでしたらいくらでもと言いたいところですが、そうですね……三百万ジークまででしたらお取引可能です」

「大丈夫なのか? 無理して買い取る必要はないんだぞ?」

「いいえ、問題ありません。これでもこの街で一番の商会と自負がある以上、これくらいの取引でどうこうなる我が商会ではありませんとも」

「それならばいいが」


 それから、細かい話し合いをした結果、八ミリのブレスレットが五百個、六ミリが二百五十個、四ミリが百個という仕入れ個数に決まった。ピッタリ三百万ジークである。


 そして、驚いたことにマニールは分割ではなく、一括で支払ってくれた。何回かに分けて支払うと考えていたのだが、さすが大手の商会だけあってまとまった金を持っているようだ。


「こういう時のために、ある程度自由に動かせる資金は残してあるのですよ」


 さすがは商人だ。こういった飛び込みの大きな取引が突発的に起きた場合、いざという時のために余分な資金を持っているということは必要なこととはいえ、いきなり三百万ジークという大金を出せるところは、商人として商機を逃さずものにするということを心得ているようだ。


 念のため袋の中を確認すると、そこには金貨が二十八枚に大銀貨が十枚と銀貨が百枚入っていた。大金貨で支払うと三枚で事足りてしまうが、大きなお金というのは大金を支払う時には便利だが、基本的に買い物をする時は大銅貨や銀貨で支払うことが多いため、それを考慮して支払ってくれたようだ。


 今すぐ何か必要というわけではないが、必要になった時は大きいお金を崩さずに支払うことができるため、この気遣いは本当に有難い。


「確かに三百万ジーク受け取った」

「こちらも良い取引ができました」


 そう言って、差し出してくるマニールの右手を握り返す。これで取引が滞りなく成立したというサインだ。


 ひとまずは、まとまった金を手に入れることができたので、商談はこれくらいにすることにした。


 それから、例のアレを確認するため、マニール商会を後にし、俺は冒険者ギルドへと向かった。

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