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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

401話「マニール商会」



「それにしても、まさかここにきてまた金策をやらなければならないとは……強さだけ引き継いで最初からゲームをやる感じに似てるな」


 商業ギルドを後にした俺が次に向かった先は【マニール商会】という商会で、目的はこのべラム大陸で活動していくための資金の調達だ。


 こちらの大陸にやってきた目的は、アルカディア皇国の動向を探るというものだが、それはもののついでという側面が強く、どちらかといえば新たな土地での観光がメインだ。


 元々、この世界を見て回りたいという思いが俺にはあり、そのために貴族の当主の座を弟に押し付けるほどだ。尤も、当主の座を譲ったのはその目的のためではなく、ただただ面倒なことから逃げたかったからというのが本音だが……それはもうどうでもいいことなのだ。


 そのどうでもいいことを弟に押し付けてしまったことに多少なりとも罪悪感が浮かばなくもないが、元々俺が当主になった際は全力でサポートに回るつもりだったと公言していた弟であったため、俺が面倒なことをやりたくないのなら自分がやると率先して動いてくれた形となる。


 そこに関しては、弟の意志であり兄である俺の役に立ちたいという思いからくるものらしいのだが、とにかく本人も納得した上でのことなので問題ない。


 それになんだかんだ言いつつ、追放された身であるにもかかわらず定期的に実家には帰っている気がする。追放とはどういった状態を指す言葉なのかと考えを巡らせたくはなるが、とりあえずは今は目の前の目的に集中しようと考えを破棄した。


「ここか」


 しばらく、街を散策しつつ露店を出していた店員などからマニール商会の場所を聞き出し、ようやくそれらしき建物へと到着する。街一番の商会とだけあって商業ギルドとはいかないまでも一人の商人が代表を務める組織としてはかなり規模が大きいものだった。


 ちなみに、グレッグ商会やコンメル商会と比べるとどうかと言えば、うちの方が建物的には大きいとだけ言及しておく。


 さっそく中に入ると、そこには棚に商品が陳列されており、かなり整理が行き届いた印象を受ける。しかしながら、今まで見てきた商会に関してもどこも似たようなものであるため、そのことについては特に珍しいものではない。


「いらっしゃいませ。本日はどういったご用向きでしょうか?」

「ある品を買ってもらいたい。買い取りはやっているか?」

「かしこまりました。では、こちらへ」


 すぐに声を掛けてきたのは恰幅のいい中年男性だった。さっき出会った商業ギルドのギルドマスターと同じく一見物腰は柔らかい。だが、目の奥にはこちらを探るような意志が込められており、明らかにただの店員ではないということが窺える。


 おそらく、商会の幹部か彼がこの商会の代表だと当たりを付けた俺は、幸先がいいと内心で思いつつ、応接室へと案内された。


「では、品を見せていただけますかな?」

「これだ」


 そういうと、俺は懐から塩の入った皮袋を取り出す。そう、商業ギルドの時と同じくちょっとした試験を行うのだ。これによって、この商会がどの程度なのか、その度合いを確かめるのである。


 相場で買い取るのであればよし、俺をただの子供と侮って買い叩くのであれば、そのまま次の商会で同じことをして俺の眼鏡に適う商会で品を買い取ってもらえばいい。さあ、この商会は良心的な商会か、それとも悪徳商会なのか、見せてもらおうか?


 と息巻いてみたものの、あくどい商売を行っている商会というものはそうそうお目に掛かることはできないようで、買取金額は五千二百ジークという相場程度の金額となった。


「こちらが買い取り金となります。ご確認ください」

「……確かに」


 そこには、商業ギルドで見た銀貨と銅貨が入っていた。どうやら、この大陸では間違いなく別の貨幣が使用されているらしい。できれば、同じであって欲しかったが、こればかりは仕方のないことであるため、受け入れていくほかない。


 だが、一応目の前の人物は俺の試験をクリアした人間だ。まあ、それほど大した試験でもなく、ただまともな対応をするかどうかの事前確認のようなものではあったが、それでも合格したことに変わりはない。


「時に店主。この街周辺のモンスター事情について聞かせてくれないか?」

「私がこの店の主と名乗った覚えはないのですが」

「こちらをさり気なく値踏みするような視線を送っておいてそれで店主じゃないというのなら、今すぐにでも今の店主と交代した方がいい」

「……」


 そう言うと、反論できないようで途端に押し黙ってしまったが、諦めたように自己紹介をし始めた。


「お客様が仰るように、私はこの商会の代表を務めておりますマニールと申します。どうして私がこの店の代表だとわかったのですか?」

「簡単だ。まず、他の従業員とは明らかに異なる装いをしていたことが一点、客商売をするにしてはあんたの服は小奇麗すぎる。第二に、俺を案内している途中、他の従業員があんたに向かってお辞儀していたことだ。客である俺ではなくあんたにな」

「そんなことが……」

「もちろん従業員はわざとじゃない。無意識からくるものだろうが、それを自然と向けられる相手となれば、どういう人間なのかは自ずと理解できる」

「なるほど」


 そう言いつつ、マニールは俺の言葉に驚いている。そして、何よりもあの短い間にそれだけの情報を汲み取ってしまう俺に何やら思うところがあったようで、平静を取り戻した彼が口を開く。


「そういえば、この辺りのモンスター事情でしたな。定期的に冒険者や兵士たちが巡回に出ておりますので、特に危ないモンスターが出てくるというような話は聞きませんね」

「ということは、ゴブリンすら出てこないということか」

「そうなりますな。出るとしたら、角ウサギやスライムといった危険度の少ない低俗なモンスターばかりです」

「なるほどな」


 マニールの話を聞いて、いろいろと脳内で今後の対応を考える。とりあえずは、表面上の用向きであった買い取りは終わっているため、このまま帰っても問題はない。だが、せっかくこの辺りの情報に精通しているマニールとの関係を断ち切るのは勿体ない気がした。


 商人として秘密を共有できる人間は多い方がいいし、今回の接触でマニールという人間がある程度信頼のできる人物であることも確認できた。


 まだ確認できていないこともあることだし、ここで一日二日ほど情報収集に時間を割いても遅いということもない。モンスター農園を襲ってきた連中もまだ海の上で船旅を楽しんでいるだろうし、少なくともあと十日は襲撃の失敗がアルカディア皇国の上層部に伝わることはない。


「ところで、お客様。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「そういえば、名乗っていなかったな。俺はローランドという。見た目はまだこんなだが、これでも一端の冒険者だ」

「では、ローランド様。あなた様の本来の目的は何でございましょう?」

「……やはり気付くか」

「気付かない方がおかしいと思いますが?」


 そう言いながら、不敵な笑顔をマニールは向けてくる。確かに、俺がマニールの立場でも怪しいと考えるのに、プロの商人である彼が気付かない道理はないだろう。


 彼からすれば、見た目は子供なのに纏っている雰囲気が只者でない人間に映っているだろう。そんな得体の知れない人間が自分のもとを訪ねてくれば怪しむのは当然である。


 だが、マニールの態度が崩れないのは、彼の中で俺に対し金儲けの匂いを敏感に嗅ぎ取っているからだと勝手に想像している。それが商人としての長年の勘なのだろう。


 面倒なことになる可能性もなくはないが、今はまとまった金が必要ということもあり、ある程度事情をぼかして説明することにした。


「実は、ある程度まとまった金が必要なんだが、俺が出せる品に価値が付くかわからない。仮にその品がこの辺りで珍しいものであった場合、半端な者や悪用しようとする者からすれば、絶好のカモになるだろう」

「なるほど、言いたいことはわかります。それを話してくれたということは、私はあなた様のお眼鏡に適ったと思っていいのですかな?」

「一応な。でだ。ここからが本当の取引になるが、俺が持っている品を買う気はあるか?」


 その問いにマニールは獰猛ともいうべき笑顔を張り付ける。商人としてその品がとてつもない価値を持っていることを感じ取っているようだ。


 彼が俺の問いにどう答えたかは、聞くまでもなく、俺はそれを確認してストレージからある品をテーブルにそっと置いた。

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