ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
400話「最初の騒動」
「本当にその値段で合っているのか?」
「えっ」
俺は男のそう問い掛けた。一種の揺さぶりだが、相手を騙そうとしている人間からすれば、これほど効果的なものはない。
騙そうとする行為には、相手にそれが露見するリスクが常に伴っている。そして、仮にその行為が相手にバレた場合それ相応の対応を求められるのだ。
仮にも商業ギルドという商人たちを取り纏める組織に所属している職員が、子供とはいえ取引相手に適正な値段での買取に応じなかったことが周囲に知れ渡れば、それこそ信用問題に発展する可能性とてある。
最悪の場合、商人と商業ギルドの信頼関係の破綻を招く行為となり、誰も商業ギルドを相手にしなくなることも考えられるのだ。
客商売を生業とする組織というのは、それを利用してくれる利用者がいて初めて成立する場所だ。遊園地や映画館など、利用者がいなくなった施設や店舗は大概の場合、閉園や閉店という末路を辿るのが常なのである。
「というわけだが、改めてもう一度だけ聞いてやる。本当に、その値段で、合っているのか?」
「も、申し訳ございませんでした!」
相手に不誠実な対応を取った場合のリスクを懇切丁寧に説明してやり、再び同じ質問を強調して投げ掛けてやると、プレッシャーに耐えられなかったのか、俺が言及したことに思い至らなかったのかすぐに間違いを訂正し謝罪してきた。
しかし、吐いた唾は飲み込めないとはまさにこのことで、相手が俺を子供と侮って相場より低い値段で買い取りをしようとしたことは事実であり、このままこれを野放しにしておけば、俺ならばともなく俺と同じ立場の弱い子供が商業ギルドを利用するときに彼ら彼女らが被害を被ってしまう可能性がある。
「ギルドマスターを呼んで来い」
「そ、それは……」
「お前が思っている以上に、お前が仕出かしたことは決して小さくない。下手をすれば、この世界に存在するすべての商人を敵に回す行為だ。尤も、別に呼ばなくても構わない。そうなったら、俺はこのままこの街で一番の商会に足を運んでそこで買い取ってもらうだけだ。その時、今あった出来事をうっかり話してしまうかもしれんがな」
「す、すぐに呼んでまいります」
商人の情報網は侮れない。そんなことを日常的に行っていることが露見すれば、地に落ちなくとも商業ギルドに対する一定の信用は失うことになりかねない。しかも、ただの子供と思っていた俺だが、今は得体の知れない威圧感を放っており、このまま放置すればとんでもないことになるのではという不安を彼が抱くには十分だったようだ。
ギルドマスターを呼ぶことを渋っていたが、俺が他の商会に行き、事の次第を吹聴して回ると脅し……いや、伝えたところ手のひらを返したようにギルドマスターを呼びに行った。
「お待たせしました。私がギルドマスターですが、何かございましたでしょうか?」
「その前に、商いを生業とする人間としてあんたにこの品を鑑定してくれ。あんたなら、この品をいくらで買い取る?」
「拝見します」
しばらくしてやってきたのは、鼻の下に髭を生やした中年の男性で、物腰も柔らかい印象を受けた。そして、俺はギルドマスターの彼に対し、先入観なしで先ほど買取担当の男が買い叩こうとした塩を査定させた。すると返ってきた答えは、やはり予想すべきものであった。
「品質に問題はないので、これでしたら五千ジークの買い取り額となります」
「そうか。だが、そこの男は先ほどその塩を二千五百ジークで買い取ろうとしていたのだが、そのことについてギルドマスターとしての意見を是非とも窺いたい」
「ほ、本当にそのようなことがあったのですか? おい、どうなんだ?」
俺の言葉を聞くと、先ほどまでの柔らかい物腰とは想像もできないほどに厳しい顔つきとなり、男に詰め寄る。詰め寄られた男もギルドマスターのあまりの剣幕に口をあわあわとさせながらも俺の言っていることが事実であるということを認めた。
その言葉と聞いた瞬間、男を射殺さんばかりの視線をギルドマスターが一瞬だけ向けるが、今は俺への対応が最優先とばかりに頭を下げて謝罪する。
「誠に申し訳ございませんでした。こちらの不手際でお客様には大変な失礼を致しました」
「謝罪は受け取ろう。で、どうするんだ?」
俺は、このあとの俺の対応をどうするのかギルドマスターに問う。これによって、この大陸の商業ギルドがどんな組織であるかが決定するのだ。さすがはギルドマスターになるだけあって、俺の言葉に何か嫌な予感を察知した彼は、これ以上ない程に真摯な対応を取ってきた。
「本来でしたら相場の買取価格である五千ジークでの取引となりますが、ギルドが販売する価格となる九千ジークで買い取らせていただきます」
ギルドマスターとしては、俺から買い取った品で利益を上げるつもりはないという姿勢を見せることで、誠意ある対応を見せているのだろう。その対処の仕方としては間違ってはいないが、赤字にはならないとはいえ、何の利益にもならないことをさせるというのも正しいとは言いにくい。
「なら、八千九百ジークにしろ。今回のことを忘れないようにするために百ジークの利益を上げ、今後取引相手に対する対応を徹底させろ。それで手打ちとする」
「よろしいのですか」
「それでいい。ただし、俺とはもう二度と取引することはないだろうがな」
「……承知しました。すぐに買い取り金をお持ちします」
俺の言葉に気落ちした様子のギルドマスターだったが、すぐに俺との最後の取引を全うしようと買い取り金を取りに一度席を外す。すぐに戻ってきたギルドマスターの手には塩が入っている皮袋よりも少し大きめの皮袋が握られており、それを静かにテーブルへと置いた。
「塩の買い取り代金の八千九百ジークです。念のためご確認ください」
「……確かに」
皮袋の中身を確認すると、銀貨が八枚に大銅貨が九枚入っていた。そして、誠に残念ではあるが、その銅貨と銀貨は普段使っている硬貨とは別の物だったのだ。
この時点でこの大陸……または国では別の貨幣が流通しており、場合によっては今まで使っていたお金が使えないということである。
その点についてもまだ調査が必要となるが、とりあえず銀貨を取り出し【超解析】のスキルを使って調べてみた。
【べラム銀貨】:べラム大陸で流通する銀貨。日本の貨幣価値に換算すると千円に相当する。
おお、硬貨を調べただけだったが、図らずもこの大陸の名前を知ることができた。さらに俺は、べラム硬貨について【超解析】を使って調べていく。
【べラム硬貨】:べラム大陸で使用されている硬貨で、価値の低い順から銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨となっており、一番価値の低い銅貨は日本の貨幣価値に換算すると十円で、十枚で次の硬貨一枚と同価値となる。
なるほどと、俺は内心で納得する。今まで使っていた硬貨と比べると小と中単位の硬貨がなく、最高貨幣である白金貨が一千万円しか価値がない。今まで使っていた同じ白金貨は百倍の十億円もあるというのに。
少しわかりずらかったので、脳内で文字変換してみた。その結果が、下記のような感じだ。
銅貨 一枚(日本円で十円) 十枚で大銅貨と同じ価値。
大銅貨 一枚(日本円で百円) 十枚で銀貨と同じ価値。
銀貨 一枚(日本円で千円) 十枚で大銀貨と同じ価値。
大銀貨 一枚(日本円で一万円) 十枚で金貨と同じ価値。
金貨 一枚(日本円で十万円) 十枚で大金貨と同じ価値。
大金貨 一枚(日本円で百万円) 十枚で白金貨と同じ価値。
白金貨 一枚(日本円で一千万円) 実質的な最高額硬貨。
ちなみに、俺が使っていた元々の硬貨を調べてみると、【アロス硬貨】という呼び名らしく、ここに来て初めて俺がいた大陸の名前が【アロス大陸】ということを知った。
「これで取引は終了だな。そうだ。この街一番の商会を知ってるか?」
「はあ。それなら【マニール商会】という商会になります」
「そうか、わかった」
それだけ聞くと、俺はそのまま商業ギルドを後にする。ギルドマスターと買い取り担当の男は終始低姿勢だったが、信頼を失った人間と大事な金の取引をするつもりはないため、自業自得と割り切ってもらうしかない。
この大陸が別の硬貨を使っていることが知れたので、俺は更なる金策のため、ギルドマスターから聞いた【マニール商会】へと向かうことにした。
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