ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
396話「毛玉スライム騒動と新たなトラブル」
「なに? ……悪い、もう一度言ってくれ」
「はい、ですから。お客様の中に、ある特定の商品を求めて来店される方がここ最近増えてきておりまして、なんでも……」
ティアラたちにプレゼントを手渡してから一週間後、日課の商会に顔を出す挨拶回りを行っていた時、その情報はもたらされた。
コンメル商会のマチャド曰く、ここ最近になって“白いふわふわした丸いぬいぐるみはないのか?”という問い合わせが増えたらしい。特に貴族などの上流階級の層に至っては、ほとんど毎日のように顔を出しているとのことで、その商品を求める人間が後を絶たないとのことだ。
「……」
「心当たりはまったくと言っていい程なく、一体全体どういうことかと我々も困惑しておりまして」
(限定的な商品だということを強調しているから、ティアラたちが漏らすとは考えにくい。おそらくは、王妃かシェリル辺りから情報が漏れたか)
情報の出どころは、ティアラ、ファーレン、ローレンの三人に、ぬいぐるみを受け取った王妃サリヤと第二王女のシェリル、そしてあの場に居合わせた国王ゼファーの六人となる。
必然的に、ティアラたちが自分たちだけに贈られた物というアドバンテージを自ら捨てるような行為を取るとは思えず、すぐに容疑者からは除外した。問題は、残りの三人だ。
サリヤ、シェリル、ゼファーの三人のうちぬいぐるみをプレゼントする経緯を知っているのはサリヤとゼファーであり、推測だがシェリルはそのことを聞かされていない可能性が高い。
となってくれば、残った三人の内事情を知らず意図せずして情報を漏らしてしまう可能性があるのはシェリルということになる。だが、今回の一件に関して商品を求めているのが貴族などの上流階級ということ、そしてその情報が僅か一週間という短期間で広まってしまっていることを鑑みれば、敢えてこの情報を広めた可能性が高い。
(王妃……いや、女性という生き物は独占欲が強い。わざわざ見せびらかすような真似をして、他の人間も同じものを手に入れる可能性を発生させるとは考えにくい。となってくると……)
残されたのはただ一人……国王である。
「それについては、少し心当たりがある。今からそいつのところに行ってごうも……いや、尋問してくる」
「は、はあ」
俺の要領を得ない言葉に、曖昧な返事をするマチャドを置き去りに、俺は速攻で国王のもとへと瞬間移動する。
「おお、またいきなりだな。今日は――」
「偽りを言わず正直に答えろ。国王、あのぬいぐるみの話を誰かにしたか?」
国王の部屋へと飛び、即座に彼に詰め寄った。いきなりのことで多少面を食らっている様子の国王だったが、俺が真剣だということを理解すると、ちゃんと答えてくれた。
「その様子だと、市井にあのぬいぐるみのことが知られてしまったか」
「ということは、犯人はお前ということか」
「人の口に戸は建てられんということだ」
「それをばらした本人が言うな」
容疑者を問い詰めると、あっさりと犯人が自供した。詳しい話を聞いたところ、ティアラとシェリルの愛らしさを宰相や近衛騎士団長に話した結果、その娘自慢の愚痴を聞かされたことを二人が近しい人間に吹聴。話の流れからぬいぐるみのことが明るみとなり、王族のみが持っているとされる特別な品ということで情報を得た結果、出どころは俺が王女たちに贈ったという情報が出てきたといったところだろうと国王は締め括った。
そうなってくると、俺がコンメル商会やグレッグ商会の出資者であることは有名な話であるため、商会に問い合わせれば商品として販売しているかもしれないと考えるのは至極当然であり、ここに来て裏方の卸業が裏目に出てしまった形となった。
「何を悩む必要がある。求められているのであれば、売ればよいではないか」
「話を聞いていたのなら、あのぬいぐるみがティアラたちだけに贈ったものということはわかっているだろう? つまり彼女たちにとっては、唯一無二といってもいい程に大切なものの可能性がある。それを他の者に話せばどうなるのかわからなかったのか?」
「そ、それは」
国王の反応は、それをわかっていたというものだった。さらに突っ込んだ話だが、この男こう見えても子煩悩であり、娘の自慢話をよくする。俺もその体験をしたことがあり、はっきり言ってしまえば鬱陶しいことこの上ない。
子供を持つ親であれば、自分の子供がいかに可愛いのかを誰かに聞いてほしいという気持ちはわからなくもないが、それを聞かされる他人からすれば堪ったものではない。
その犠牲となっているのが宰相のバラセトと近衛騎士団長のハンニバルである。今回の一件もその娘自慢から始まった騒動であり、傍迷惑にもほどがあるというのが俺の感想だ。
「とにかく、ティアラたちのところへ行って許可を取ってくる」
「手間を掛けさせて申し訳ない」
今回の騒動の発端が自分にあると理解しているらしく、国王は素直に謝罪する。現時点で被害らしい被害を被っているわけではないため、別に気にしていないことを告げ、俺はティアラの部屋へと向かった。
「というわけなんだが」
「それでわざわざいらしてくださってのですね。いいですよ」
初めてティアラの部屋に来たが、白を基調としたいかにも少女らしい内装をしている。彼女の膝には当然のように俺が贈った毛玉スライムが鎮座しており、現在進行形でその感触を楽しんでいる様子だ。
それだけ喜んでくれていることに贈った側としては喜ばしいことだが、事情を説明し商会での販売を行ってもいいか聞くと、あっさりと許可をくれた。
「今回はお父様に騒動の責任もありますし、なによりも国民の方々が欲しておられるのでしたら、私としては何も問題はありません」
「そう言ってくれると助かる。ああ、先に言っておくが販売といっても、ティアラに贈ったものと同じ商品ではなく別の素材を使って作るつもりだから。実質的には三人に贈ったものとは別の商品になる予定だ」
「そうなのですか? なら、私たちもしっかり手に入れなけばなりませんね!」
多少申し訳なさがあったため、ティアラたちに贈ったぬいぐるみの類似品を販売すると告げると、なんともいい笑顔で返答してくれた。
代金を出させるというのはさすがに気が引けたので、完成したら届けるということで話をつけた。ファーレンとローレンについても、ティアラと同様二つ返事でオーケーをもらい。その後、オラルガンドの自宅へと移動する。
「なんか、最近ここにくる頻度が多い気がするな」
商会についてのあれこれに着手していることもあって、商品関連の開発を行いやすいオラルガンドの自宅を利用することが多くなっている。そのほとんどが、商品を生産するための工場のような機能を持たせている工房だ。
今回は、あらかじめ設けておいた毛玉スライムの生産ラインを利用する形を取るつもりだが、まさかたまたま作っておいたラインがこんな形で役に立つとは思わなかった。
そして、今回使用するモンスターの毛皮は毛玉スライムに使った毛皮ではなく、オラルガンドのダンジョンに生息する【バトルセーブル】という鼬型のモンスターで、戦闘力自体はBランク冒険者が難なく倒せる程度の強さしかない相手だ。
意外にも毛並みが良く、この世界でもかなり良質な毛皮として取引されているものだが、今回はこれを代用品として使用することにした。毛色自体は茶色だが、白色の毛玉スライムとの差別化を行うのに丁度良いため、これを使用する。
「よし、あとは毛皮自体の調達方法だけだが……やはりここは現地調達になるか」
『主、ちょっといいだろうか?』
バトルセーブルの調達法を模索していると、突然頭の中で声が響き渡る。それが召喚獣の念話であることにすぐに気付き返答する。
「マンティコアか。なんだ。何かあったのか?」
『ああ、侵入者だ』
どうやら、モンスター農園でトラブルが起こったらしい。
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