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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

369話「レッツ身体強化」



「では、これより身体強化についての講義を行う」


 俺の声が訓練場に響き渡る。今回は、騎士や冒険者を志望する生徒に向けた、身体強化についてのレクチャーを行うことになっている。


 身体強化については特に難しい講釈はないのだが、実際にそれを行うとなれば話は変わってくる。魔法の講義の最中にも要所要所で伝えていたが、身体強化とは言わば体内の魔力を操作して肉体の補強を行う強化魔法を指す能力である。


 といった具合に言葉で説明するとたったこれだけなのだが、自由自在に操るにはそれなりの訓練が必要だ。それが証拠に見学に来ている騎士団の団員ですら身体強化についてはレベル3や4程度であの元Aランク冒険者のギルムザックですら俺と出会う前はレベル5だった。


 現在のギルムザックは俺の指導の下で修業した結果、Sランクに昇級しており、身体強化も身体強化・改レベル2にまで上昇している。


 そんな単純なように見えて実は奥が深い身体強化だが、修行法は至ってシンプル。体内の魔力の流れを感じ取り、それを体の周囲に張り巡らせ、身体強化の状態を維持し続けるというただの耐久レースだ。しかしながら、これがとてつもなくキツイ。


 陸上を例に挙げるなら、五十メートル走や百メートル走を走るよりも、千メートルや千五百メートルの距離を走り続ける方が、消耗する体力やペース配分などが難しいといったところだろうか。


 とにかく、普段体内を循環している魔力を自身の意志で操作して一時的に押し留めるという行為は、意識的に行わなければならない分とても難しいのだ。まあ、俺は簡単にやってた気がするが、そこはそれである。


「とまあ、身体強化についてはそれほど小難しい話はない。だが、体内にある魔力を意識的に操作するという行為自体は難しいと思うから、そこは根気とやる気が必要だ。簡単に言えば、気合と根性だな」


 俺の説明に、頭脳派以外の脳筋たちが納得の表情を見せる。どうやら、俺が言わんとしていることが何となく伝わったらしい。


 とりあえず、論より証拠と言わんばかりに身体強化の訓練をやらせてみたのだが……。結果は予想通りというか、なんというか脳筋らしい結果となった。


「うおおおおおおおおおお!!」

「そりゃ、ただ叫んでるだけだ」

「はああああああああああ!!」

「お前も同じだ」

「ぴえええええええええん!!」

「なんか辛いことでもあったのか?」


 といった感じだ。予想はしていたが、脳筋たちにとって体内の魔力を操作するという行為自体が難しいようで、周囲からはただただ叫び声が木霊する会場の様相を呈している。


 これでは収拾がつかないことになってきたため、一旦止めさせ、改めて説明をする。


「いいか、身体強化っていうのは体内にある魔力を操作してやるものだ。だから、まずは魔力を感じ取る必要がある。体の力を抜いて自分の体内にある魔力に意識を向けてみろ。魔力制御と魔力操作の訓練を思い出せ」


 そう助言をすると、その場にいる全員が目を閉じ意識を集中させる。それが功を奏し、体内の魔力を感じ取ることができるようになったようで、ちらほらと歓喜の声が聞こえてくる。


 魔力自体を感知することは先の魔力制御と魔力操作の鍛錬で身についていたらしく、問題なく魔力を感じ取っていた。


「よし、魔力が感じ取れたら、それを自分の身体の周囲に纏わせる。イメージは薄い鎧を着ているとか服を着ているとか、とにかく自分がイメージしやすいものであればなんでもいい」

「この感覚は、覚えがある。鍛錬に集中している時にそっくりだ」


 そうバルドが口にしているのが聞こえたが、おそらくそれは無意識に体内の魔力を使って身体強化を発動させていたのだろう。それが証拠にバルドと初めて模擬戦をした時、彼は身体強化のスキルを所持していた。まあ、レベルは1だったんだけどな。


 それから、徐々に身体強化のコツを体得し始める者が出てきたのだが、一つ言い忘れていたことがある。それは今日の授業にちょっと困った人間が見学に来ているのだ。その人物とは……。


「師匠! これでいいのですかな?」

「まあ、それでいいんだけど」

「なるほど、身体強化は常日頃から使っておりますが、こうして改めて意識すると魔力にばらつきがあるのがわかります」

「おい、聞こえたか」

「ああ、あの言わずと知れたハンニバル近衛騎士団長がローランド先生を師匠と呼んでるぞ」


 そう、今日に限ってあのハンニバルが見学に来やがった。近衛騎士団長という肩書きの通り奴もいろいろと忙しいはずなのだが、今日やるはずだった仕事を昨日の内にすべて終わらせてやって来たらしく、俺としては拒否したかったのだが、これも学園長と国王の許可を得ていると言われてしまい、臨時講師である俺が拒否できない状況へと持ち込まれてしまったのだ。


 元々、有名人である彼が俺を師匠呼ばわりすればそれこそかなり目立ってしまう。王国最強のはずの近衛騎士団長が、未だ成人していない俺にへりくだって教えを乞う姿は実に違和感があり、周りの人間はその状況に困惑の色を受けべている。


 くそう、実に面倒なことになったものだ。ただでさえミスリル一等勲章所持者ということで目立っているのに、国最強の騎士を弟子にしているなどという情報が広がれば、厄介事になる可能性が高くなってしまう。


 尤も、魔族を撃退しミスリル一等勲章を受勲され、人類最強と言われているSSランク冒険者の称号を持ち、各国に点在する有力な商店に出資をし、シェルズ王国の王都内の一等地に屋敷を構えているというとんでもない情報がすでに出回っているため、その中に近衛騎士団長の師匠という肩書きが加わったところで、今更な気もしなくはない。


 とにかく、ハンニバルについては俺が何を言ったところで師匠呼びを止めないだろう。以前模擬戦と称してボコボコにしてやったため、師匠だろうがそうでなかろうが実力的にも俺の方が強いことに変わりはない。本人もそれを十二分に理解しており、だからこそ上位者として師事を仰ぐ者として俺を師匠と呼んでいるのだから。


「もう少し体内を巡る魔力の速度を、魔力操作を使って一定に保たせろ。体を覆う魔力量はそれほど多くなくていい」

「こう、ですか」

「基本的には、それが通常の状態だ。まあ、応用として一部に魔力を集中させて、その部分だけ攻撃力と防御力を高めるっていう方法もあるが、それはかなり実践的な使い方になるし、何より部分的に集める分、魔力を纏っていない部分が弱点となる」

「なるほど」

「まあ、強者レベルだと勝敗が決まる時は一瞬だし、下手すりゃ髪の毛一本も残らず肉体が消失する場合があるから、部分的な身体強化の使用は必須になってくるのも事実だがな」

「さすがは師匠! 俺ももっと精進します」


 俺の見解に満足気に笑っているハンニバルだが、周りは引き続き困惑している。国王を守護する役目を持つ近衛騎士であるハンニバルに、戦い関連について高説を垂れるという差し出がましいことを言える人間など皆無だというのが一般的な認識だ。


 もしそんなことをすれば、仮にハンニバルが貴族だった場合、不敬罪が適用され、最悪処刑されてしまう。そのリスクがあることを考えれば、俺のとった行動は無謀であると言わざるを得ないのだが、何故かそれがさも当たり前のように振舞うハンニバルを見て、周囲の人間の頭上には疑問符が浮かんでいるようだ。


 そして、その関係が成立していることを頭で理解した時、改めて全員が口に出して呟く。


『ローランド先生って、すげぇ』


 本人たちは俺に聞こえないように呟いたつもりだろうが、身体能力の高い俺の耳にはしっかりと聞こえてしまっている。だからこそ、自分の置かれている現状を理解しることができるのだ。


「お前ら、サボるな。ちゃんと魔力を感じろ」

『はいっ!』


 その後、妙に素直になった生徒たちを尻目に、身体強化の授業が終了したのだった。

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