ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
368話「詠唱破棄」
講堂での授業を終え、生徒全員を大訓練場へと移動させる。この王立学園には大小様々な訓練場が設営されており、その中で最も敷地の広いのが大訓練場だ。
収容可能人数は驚異の千人規模で、たまに冒険者ギルドの演習や騎士団も訓練に貸し出されるほどであり、学園の生徒以外にも人気の施設となっている。
「では、改めて無詠唱に至るまでの工程を実践していく。魔法使いでない者には、体内の魔力を活性化させることによって肉体を強化できる身体強化のレクチャーをするが、まずは無詠唱の説明からだ」
集まった生徒に風魔法で強化した俺の声を聞かせる。授業でも使用していたのだが、ここまでの規模となればさすがに肉声だけで声を届かせるのには限界があるからな。
そういうわけで、俺は改めて無詠唱に至るまでの手順を説明する。まずは、詠唱文の簡略化を行ってもらう。詠唱についてはすでに散々説明したのだが、人によっては長ったらしい程の詠唱を行っている者も中にはいて、それだと無詠唱するときにいろいろと面倒臭い。そこででき得る限り詠唱文を短くするところから始めることにした。
具体的な簡略化として授業でも例に出した“火、俺の魔力、倒せ”である。少し片言なのが気になるが、条件を満たしているので問題なく発動するはずだ。途中生徒から“火、我が魔力、倒せ”でもいいのかと尋ねられたので、それでもいいと答えると、女子生徒などは“俺”という一人称を言うことに抵抗があったのか、こぞって“我が魔力”に変更していた。
詠唱の簡略化ができたら、次はいよいよ詠唱破棄に移行する。詠唱破棄は、その名の通り詠唱を破棄……つまりは口に出さずに省略するということで、詠唱に費やす時間を短縮するというものだ。
もちろん、破棄した分魔法使用時の消費魔力や威力や命中などの様々な部分に補正が掛かるが、一分一秒が惜しい場面には有効となってくる。
そして、詠唱の構成の中で一番初めに破棄する部分は発動トリガーとなる部分だ。基本的なファイヤーボールの詠唱となる“火よ、我が魔力を糧とし、敵を討て”という詠唱の“敵を討て”という部分が発動トリガーとなるのだが、この部分の破棄を行うためには魔力制御と魔力操作のスキルレベルがそれぞれ2以上必要となる。
さらには、媒体指定の部分である“我が魔力を糧とし”を破棄するには先のスキルレベルがそれぞれ3以上、最後に残った属性指定の“火よ”を破棄するにはそれぞれレベル4以上が必要となるのだ。
つまり無詠唱に至るためには、魔力制御と魔力操作のスキルレベルが4以上必要となってくるのだが、これから生徒にやってもらうのはその前段階となる詠唱破棄であるため、魔力制御と魔力操作のスキルレベルが2以上あれば事足りる。
今までの期間の中で、俺が授業で言ってきたこの二つのスキルの重要性を理解したほとんどの生徒がレベル2以上に到達しており、元々受け持っていたティアラたちのクラスに至っては、多少強引な手法を取ったことが功を奏したのか、レベル3にまでレベルが上がっていた。
彼女たちの才能によるところもあるが、学園に通う以前から能力に目覚めている者がほとんどであったため、案外教える側としては楽にレベルが上がったなという印象だ。
「というわけで、お前たちは既に魔力制御と魔力操作のスキルレベルが2以上になっているから、発動トリガー部分の詠唱破棄が可能となっているはずだ。つまり、“火よ、我が魔力”という詠唱文でファイヤーボールが使えるようになっているということだ。あとは、それが苦も無くできるように練度を高めるだけということだ。じゃあ、さっそくやってみろ。魔法使いじゃない者は、体に身体強化を纏ってその状態をできるだけ長く維持する訓練を行うこと。では、始め!」
俺の合図によって、大規模な訓練が開始された。詠唱破棄の条件を満たしているといっても、詠唱がなければ魔法が発動しないという先入観はなかなか払拭できず、苦労をしているようだ。
こればかりは、感覚的な要素が左右されるため、口で説明したところで本人が理解できなければなかなか成功するのは難しい。そして、何故か騎士団や魔法師団の方々も訓練に参加しているのは何故だろうか? え? 学園長と国王の許可は取っていると。なら問題ない……のか?
とにかく、しばらく生徒たちの自主性に委ねることとし、様子を窺っていると、徐々にではあるが詠唱破棄の状態で魔法が発動する者が出始めた。というか、魔法師団の団員じゃん。
「できました!」
「ああ、だろうな。もう少し練習して負担なく発動できるようになったら、次は媒体指示部分の詠唱破棄を目指せ」
「はいっ!」
そう元気よく返答するが、彼が成功するのは至極当然のことなのだ。なにせ、彼の魔力制御と魔法操作のレベルはそれぞれ5なのだから。とうに、無詠唱に必要なスキルレベルに到達しているのだから……。
彼らの中からちらほらと成功者が現れるものの、生徒の中では未だ成功者は出ていない。やはり魔力の制御と操作は魔法師団の団員たちの方に一日の長があるため、仕方のないことといえばそうなのだが、別にあんたらのために授業をやっているわけではないので、できれば自重してほしいところではある。
「“火よ、我が魔力”! 【ファイヤーボール】!! ダメですわ」
「もっと頭で思い描く内容を強くするんだ。それと、焦りから魔力に揺らぎが出ているから、落ち着いてやってみろ」
「ローランド様! わかりました。やってみます」
苦戦しているようなのでたまたま声を掛けてみただけだったのだが、それでもキラキラと顔を輝かせるティアラに若干押され気味になりつつも、ローレンとファーレンの二人にも同じように助言をして他の生徒を見て回る。
恋は盲目というべきなのか、それとも愛の力というべきなのかはわからないが、俺の助言した後、すぐにティアラは詠唱破棄を成功させていた。
元々、授業に対する取り組み姿勢は熱心だった――俺が授業をやっているからなのか――彼女たちは、俺が教えた内容をよく理解しているようで、魔力鍛錬も真面目に取り組んでいたお陰もあって、魔力制御と魔力操作のレベルは3にまで到達している。
ティアラとファーレンは元々魔法使いタイプだったが、武人の出てあるローレンはこれを機に魔法を覚えたかったらしく、すぐに火魔法を修得した。
それから、しばらく生徒たちの自主練は続き、生徒の約四割が詠唱破棄に成功した。残りの生徒も何回かに一回は成功させているため、全員が成功するのも時間の問題だろう。
その日はそれで終了し、十分な成果を得られた。不本意だったが、最も伸びたのは見学に来ていた騎士団と魔法師団の連中で、早い者だと媒体指定の破棄まで成功させ、あとは属性指定の部分を残すのみとなっていた。解せぬ。
授業後は当然ながら生徒と職員の質問攻めにされ、彼らの疑問に答えに時間を費やすことになったのは言うまでもない。
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