ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
366話「論文書いてみた」
「ローランド先生、魔力鍛錬の成果を見てほしいんですけど」
「ローランド先生、私の論文についてのご意見を窺いたく」
「ローランド先生――」
「ローランド先生――」
「……」
どうしてこうなったのだろうか? 俺が学園の講師を始めてそんな風に思うようになったのは、初出勤の日から三日目のことであった。
あれから、三日間という期間で俺がやったことといえば、魔力鍛錬と呼ばれる体内の魔力を感じ取りいろいろやってみることで【魔力制御】と【魔力操作】のスキルを鍛えることができる方法なのだが、俺が受け持っている生徒には徹底してそれをやらせた。
そして、実技の授業でその成果の確認とできていない部分の指摘を繰り返すことで、ほとんどの生徒のスキルが向上している。その他には、肉弾戦を主とする生徒には模擬戦を行ったり、武器を使った効率的な動きなどを教えることで、全体的なレベルアップを促すことを狙った指導を行った。
そのお陰もあり、三日という短期間であるにもかかわらず生徒全員が何かしらのスキルレベルが上がる成果が出ており、それを生徒自身が自覚していた。
生徒の中には、今まで強くなろうと考えていたが成果が振るわず停滞していた者も少なくない。そんな中で目に見える成果があれば、そのきっかけをくれた人物を信頼するのは不自然ではない。例えそれが、見た目が自分よりも幼い子供であってもだ。
初日は自分よりも年下の子供という印象を抱いていた彼らも、俺が名のあるひとかどの人物であるということを理解できたようで、今では他の教員と同じく敬意を払った態度を取るようになった。
尤も、最初の時点でこの国の王女であるティアラや有力貴族であるローレンやファーレンたちの態度を見れば、俺が只者ではない人間だということは余程空気を読めない人間でなければ理解できる話だ。
そんなこんなで、一定の成果が出始めたことは予定通りだったが、ここで想定していなかった出来事が起こる。何かといえば、他のクラスの生徒たちが噂を聞いて自分たちも指導を受けたいという声が出てきたことだ。
元々、一つのクラスを二週間という約束で依頼を受けている以上、仮にその内容を変更するとなれば、契約の変更をしなければならない事態が生じてくる。その契約している相手が国王であれば、その契約はそれなりの重要度を秘めており、希望者がいるとはいえ「はいそうですか」という二つ返事で請け負うことは簡単にはできないのだ。できないのだが……。
「というわけで、希望する生徒にも追加で教えてやってほしいと国王陛下からの追加依頼がきています。具体的な請求金額は依頼完了の時に改めて話し合うということとなったみたいです」
「……」
まるで最初からそうなるだろうと思っていたかのような国王の対応の速さに、感心していいのか呆れていいのかわからないが、ひとまずは追加の報酬が出るということで、他の生徒に指導する件については決着がついた。それはよかったのだが、問題の解決はまた新たな問題を生み出すのが定石というもので……。
「ローランド先生、ここはどうすればいいのですか?」
「ローランド先生、この部分についてあなたの見解を」
「ローランド先生――」
「ローランド先生――」
「……」
といった具合で、僅か三日という短期間で俺の講師としての地位は揺るぎないものとなり、今では他の教員よりも忙しい日々を送っている。解せぬ。
とにかく、当初の予定通り戦闘面における指導をメインにしてこれからは動いていくつもりだが、ここで一つ考えが浮かぶ。何かといえば、教員や職員たちは皆何かしらの専門的な考察……所謂論文を発表しており、言ってみれば名刺のような役割を持っているのだ。
もちろんだが、論文を発表していない職員も存在しているが、それはあくまでも生徒を直接指導しない人間だったり、そういった専門的な知識を必要としない人間という注釈が付いてしまい、基本的に生徒を指導する講師は何かしらの論文を発表するのがこの世界の常識だと教えられた。
「郷に入りては郷に従えって言うしな。出してみるか、論文」
本来であれば、俺の受けた依頼の中に論文についての記述はないが、論文を発表することが講師の業務に含まれているというのであれば、論文自体を出すということは吝かではない。
というわけで、さっそく論文を作製するべく、俺はペンを取った。
さて、論文を書くことになったのはいいとして……だ。問題は論文の題材をどうするかである。初日に講師たちの論文を確認してみると、その主な題材は魔法や錬金術などといったファンタジーでは定番なものから、薬学や植物学という前世でもありそうな内容のものもある。
「ここはやはり魔法でいこう」
せっかくファンタジーな世界なのだからという軽い理由と、生徒たちに教えている内容とも合致するということから、論文の題材は魔法ということで決定する。
魔法といっても、どういったものに着目するのかが重要となってくるが、今回はかねてより試していた内容があったため、それをテーマとする。そのテーマとは、【無詠唱】だ。
生徒たちにも教えていることだが、この世界の魔法はおとぎ話に出てくるような“ちょっと便利な秘術”というものではなく、しっかりとしたプロセスを踏むことで発動が可能な物理現象というどちらかといえば科学寄りの能力だ。
以前にも説明したように、魔法を使いこなすには頭の中でイメージした内容を魔力を使って現実に顕現させるものであり、それを成功させるためにはいくつかの工程が存在する。
その中でも最もポピュラーとされているのが、想像、詠唱、魔法名という工程であり、ほとんどの魔法使いがこの工程を踏んでいる。つまりは、頭の中でイメージし、それを発動させるための補助的役割として呪文の詠唱をし、最後に対応する魔法名を口にすることで魔法が発動する仕組みとなっている。
しかし、魔法を使いこなすために必要な要素は想像と魔力の制御と操作の三つだけであり、詠唱や魔法名は破棄することが可能だ。もちろん、そのためには魔力の制御と操作の鍛錬がある程度必要であり、最低でもレベル4以上が必須となってくる。
頭の中での想像とそれを実現させるための魔力の制御と操作、そして発動と行使に必要な魔力さえあれば、詠唱と魔法名を口に出さなくても魔法を使うことは可能なのだ。
あとはその実用の例を示した資料を作製すればいいのだが、まだ完全にカリキュラムが終了していない生徒たちでは資料としては弱いため、ソバスたちの成長過程を資料として使うことにする。
ソバスたちの実力は、既にSランクに到達し魔法自体も詠唱を必要とする者はいない。今は以前と同じく屋敷で使用人としての仕事に従事しているのだが、その気になれば冒険者としても魔法使いとしても食うに困らないほどの能力を持っている。
定期的にそのことに触れてはいるが、誰一人として屋敷を出ていく者はおらず、口を揃えて「今まで通りお仕えいたします」と忠義を尽くしてくれている。どうしてここまで忠誠心が強くなったのかはわからないが、新たに人を探さなくていい分、俺としてはその厚意は有難かった。
とにかく、必要事項の記入を終え案外あっさりと論文が完成する。一見すると単純に作られたもので、書かれていることも俺からすれば大した内容ではない。だが、のちにこの論文を巡って学会に激震が走ることになるのだが、それはまた別のお話しである。
授業の合間に完成したなんちゃって論文の提出をどこでやったらいいのか悩んでいると、たまたま学園長のファリアスが通りかかる。
「これはローランド先生。どうかされましたか?」
「実は、俺も論文を書いてみたんだが、提出する場所がわからなくてな」
「な、なんですって!? ……拝見してもよろしいでしょうか?」
「ん」
俺がそう言うと、彼女の態度が急変する。見せてほしいと言われたので、そのまま手渡すと目を皿のようにして食い入るように読み始めた。そのまま放っておくと何十分もそうしてそうだったため、数分経ったところで声をかける。
「そろそろ論文の提出場所を教えてほしいのだが?」
「え? あ、ああすみません。でしたら、これは私が提出しておきますよ。どのみち学園で出されるすべての論文は、私が目を通すことになってますから」
「そうか。なら、お願いするとしよう」
「お任せを! 必ずや成し遂げて見せますとも!!」
たかが論文の提出に何をそこまで意気込んでいるのかとも思ったが、提出してくれるというなら彼女に任せることにした。
「じゃあ、次の授業の準備があるので俺はこれで」
「お疲れさまでした。 ……これは、学会が荒れるぞ。こうしてる場合じゃない! 早く続きを読まなくては!!」
彼女に挨拶をし、次の授業の準備のため踵を返す。何事か彼女がぼそぼそと口にしていたようだが、すでに挨拶は済んでいるので、俺はそのままその場を後にするのだった。
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