ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

358話「仕込まれた枢機卿のその後」



 ~ Side フローラ ~


「ん、んぅ~」


 意識が微睡む中、フローラは目を覚ます。気だるげな体と頭痛に顔を顰めつつ、彼女はゆっくりと顔を上げる。


「……どうやら、眠ってしまったみたいね」


 一体いつからそうなってしまったのか記憶すらない程に酔っていたようで、未だ襲い来る頭痛と格闘しながら咄嗟に回復魔法を自身に掛ける。魔法を使うとすぐに痛みは引いていき、体にまとわりついていた気だるさもなくなっていった。こういう時、回復魔法を覚えていて本当に良かったとフローラはつくづく思う。


「今日は朝から定時報告会があったわね。面倒だけど支度しなくちゃ」


 定時報告会とは言いつつも、その報告会の実態はただの自慢大会や相手との腹の探り合いをする場であり、そんなものに何の意味があるのかとフローラは毎度思うが、それでも枢機卿という役職に就いている以上そういった場には緊急時を除いて出席しなければならないため、彼女はすぐに身支度を整えると自室を後にした。


 報告会に使用している会議室に到着すると、すでに他の面々は出揃っており、フローラが一番最後に到着する形となってしまう。


「遅れて申し訳ありません」

「いえいえ、まだ始まっておりませんのでお気になさらず。女性というのは何かと大変でしょうから」

「……」


 枢機卿の一人がそんな言葉を掛けてくれるが、これは決してフローラを慮っての気遣いの言葉ではない。どちらかといえば皮肉が込められており“女なら一番乗りで我々男を迎えるのが常識だろうが!”という意味が含まれている。


 当然彼女もそれに気付いてはいたが、ただ会釈するに留め席に着席する。それを見届けた枢機卿の一人が口を開いた。


「では、全員揃ったところで本日の定時報告会を始める。まずは民の支持率についてだが……」


 それからは表面上はセラフ聖国についての状況などが告げられるものの、それはあくまでも表面上の報告でしかない。裏では相手の出方を探りいかに揚げ足を取るか全員が臨戦態勢にある。


 といっても、中にはフローラのようにそういったことに興味のない枢機卿もおり、その筆頭が彼女と先日戦死したガジェットとクラウェルである。表向きは話に耳を傾けているフローラだが、内心では早く終わってほしいとうんざりしており、クラウェルに至ってはその態度をおくびにも出さずに頭の中で研究について思案を巡らせていた。


「では、続いて例の件についてだが」

「何か進展があったのか?」

「現場からの報告では、かなり強力な結界が張られており、しかも結界の解除をしようとするとその能力を封じてしまうらしい」

「それではどうしようもないではないか!」


 やはり、現在のセラフ聖国が抱える一番の問題といえば、突如として国境に出現した結界についてである。一体何者があんな大規模な結界を用意したのか、そして何の目的があって結界を張ったのか、未だ不透明な部分があるものの、いろいろとわかってきたことがある。


 まずは、結界自体は十三個の魔石が維持しており、その魔石の個数から見てもかなり強力な結界であるということと、結界を解除しようとする者の結界を解除する能力をピンポイントで封じてしまうという点から、彼らは現場の人間と同じ意見に至っていた。


「やはり、我々を結界に閉じ込め外に出さないということだろうな」

「隣国がそれほどまで強力な結界を張れるとはな。一体どこの国だ?」

「早急に特定して抗議せねば」

「然り然り」


 先ほどまでの報告内容とは打って変わり、他の枢機卿たちも結界に関して深刻な問題だという認識であり、あのクラウェルですら彼らの言葉に耳を傾けているほどだ。


 そんな中、枢機卿の一人が結界の性質について追加で報告をする。何でも、結界は内から外に出さない類のものであり、外から内へは制限を掛けられてはいないらしい。


 これは正しくもあり間違ってもいる。厳密に言えば、ローランドがセラフ聖国に張った結界は、聖国の人間にのみ効果を発揮するものであり、聖国内から外に出さないが外にいる聖国の人間も内に入れないように設定してある。それ以外の小動物や聖国以外の人間であれば問題なく通ることができるが、その人間が聖国に与する者であった場合、聖国側の人間としてカウントされるため、内に入ることも外に出ることもできないのだ。


 そして、その条件に当てはまらない存在がもう一つあり、それが何かといえば……モンスターである。ウルグ大樹海と隣接している聖国にとって出入り自由なモンスターの存在は決して無視できない。それこそ、スタンピードが起き、モンスターの群れが聖国に猛威を振るえば、聖国の人々は逃げる場所がない。


「ところで、エグザリオン枢機卿。報告にもあった通り、国境ではモンスターが侵入し派遣された調査団に少なくない怪我人が出ている。だというのに、貴殿はこのまま何もせず聖都に籠っているおつもりですかな?」

「私に現地へ赴けと?」


 結界関連の報告の中には、確かにウルグ大樹海方面から侵入したモンスターによって調査団に被害があった報告がされている。だが、被害といってもその辺はしっかりと考慮されており、派遣された調査団の中にもフローラほどではないが回復魔法の使い手が幾人も派遣されている。


 しかしながら、枢機卿たちはただ被害に出ていることを誇張し、邪魔なフローラを国境へと追いやろうと画策してきたのだ。対する彼女は、それについて言及されれば既に回復魔法の使い手が派遣されているということと、被害といっても命に係わるような怪我ではないことを理由に抵抗を試みたが、長年そういった裏工作に順次してきた人間の巧みな言葉攻めには勝てず、結局のところ現地へ向かうことがなし崩しに決まってしまう。


「では、エグザリオン枢機卿には現地で手腕を大いに振るってもらうこととし、本日の定時報告会を閉会とする」

(くっ、狸親父共め……)


 結果的にフローラを閑職に追いやることに成功した枢機卿たちは、内心でほくそ笑んでいたが、後日それが元で彼女の聖国内での立場を引き上げる結果となろうとは夢にも思わなかったのであった。





      ~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 数日後、フローラがセラフ聖国国境に到着する。彼女としては不本意ながらといった結果に終わってしまったものの、他の枢機卿と顔を合わせずに済むことを考えれば、今回の遠征も悪くはないことであるとプラスに捕らえていた。


 複数の簡易的なテントが設置されているが、その内のいくつかのテントからは明るいうちから聞こえてはならない声が聞こえてくる。フローラとて成人しているいい大人である。その声の意味するところは何となくは察してはいるが、だからといってそれを許容できるか否かは別であり、生真面目な彼女としては余計にそう思わせてしまう。


「こ、こここれはエグザリオン枢機卿。い、一体全体なぜあなた様はこちらへ」


 いきなり国のトップの人間がやってきたことに現場を指揮していた人間が慌しく出迎えてくれたが、近くのテントからは未だに艶やかな嬌声が響き渡っており、とても上司に聞かせられるものではない。


「調査団に被害が出たとの報告を受け、支援にやって来ました」

「な、なんと。枢機卿自らお出になられるとは、恐縮でございます」

「それよりも、あれを何とかしてほしいものですね。とても不快です」

「は、はいっ。た、直ちに!」


 フローラの言葉を受け、周りの人間が慌しく動き出す。そして、あっという間に周囲が静寂に包まれた。腐っても教皇を頂点とする七つある枢機卿という役職の一席に就いているだけあって、その影響力と権威はかなりのものなのだ。


 それを見て満足したフローラは、先ほど声を掛けてきた責任者に怪我人がいる場所へと案内するように伝えた。案内先にいた怪我人を瞬く間に治療し、すぐにやることがなくなった彼女に気を使った周りが件の結界がある場所へと案内されたのだが、そこでとんでもないことが起こってしまう。それがきっかけでセラフ聖国における彼女の価値が跳ね上がる結果となるのだが、そのことを彼女はまだ知る由もなかったのであった。

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