ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
349話「勧誘」
人通りの少ない裏路地と呼ぶべき場所……そこに二人の男女が佇む。先ほど男が口にした言葉が発端となり、二人の間にほんの僅かばかり時間沈黙の時間が流れる。
男……つまり俺はルルミーレが先の言葉を聞いていなかったのかと思えるほどに、何の反応も返してこなかったことを不審に思い、俺は彼女に問い掛けた。
「おい、聞こえていたのか?」
「え?」
まるで呆けたような反応を示すルルミーレを見て、これは聞いていなかったことを確信した俺は、再び同じ言葉を彼女に投げ掛ける。
「お前、俺の屋敷で働かないか?」
「はい、喜ん……って、屋敷で働く? 妻になってくれという話ではないの?」
「……お前は何を言っているんだ?」
そもそもの話、何度も言っていることなのだが、今の俺に結婚願望はない。十三歳という未だ成年と呼ばれる年齢に達していないというのも理由の一つだが、結婚しなければならないという脅迫めいた洗脳のような観念を抱いている訳でもない。
前世の日本ではそういった風潮があったかもしれないが、この世界ではそういった価値観はなくはないものの、絶対にそうでなければならないというものはないのだ。
生涯独身を貫いたとしても誰にも後ろ指をさされることはないし、結婚するにしたって大体が二十歳になる前に身を固めてしまうものがほとんどだ。もちろん二十五や三十を過ぎ行き遅れと揶揄されることはあるが、そういうのは陰口になってしまうため、表立って言うことはない。
俺自身前世で結婚していなかったので、今生では機会があればそういったことを一度は経験するのも悪くはないと考えてはいるが、そうなるにしたってそれは少なくとも十年先の話であると考えており、今急いで結婚する必要性はまったくと言っていい程皆無なのだ。
「この王都にある俺の屋敷の使用人として働いてくれという意味だったんだが、何を勘違いしている」
「ええー、“俺のもの”なんてそんな言い方をすれば、誰だって勘違いするに決まってるじゃない!?」
「そんなことはどうでもいい。で、答えは?」
真面目な話、エルフの里からルルミーレを連れ出したことはいいものの、はっきりこの都会で彼女の働き口をどうするのか決めあぐねていた。半端な人間に任せるわけにもいかず、かといって頼りの綱としていたリリエールの手伝いをしようにも、商人の才がある訳でもない彼女では精々が身の回りの身辺警護が関の山だ。
それに、仲はそれほど悪くはない二人だが、本人同士はあまりそうは思っておらず、常に一緒にいることは難しい様子であるため、ルルミーレを傍に置くことをリリエールが了承する見込みはほぼないに等しい。
となってくれば他の第三者にルルミーレを託すということになるのだが、彼女を託すに足りる適任者がおらず、冷静になって考えれば彼女の扱いはとてつもなく難しいものであるという結論に至ったのである。
だが、一度連れ出してしまった手前、あとはどうぞご自由になどという訳にもいかないため、連れ出した張本人である俺が彼女の身元引受人として俺の屋敷の使用人という肩書きで雇い入れるしか現在取れる選択肢がない。
「そうね。まずは、お互いのことを知ることが重要だし、リリエールのところに世話になるのも癪だしね。お願いするわ」
「うん。悪いようにはしない」
ルルミーレとしても、今は冒険者活動に勤しんでいるものの、いつかは一人での活動に限界が生じ、複数人での活動となってくることは何となく察しているようだった。
そうなってくると、いらぬトラブルも避けては通れなくなり、最終的には冒険者を辞めざるを得ない状況になってくるだろう。そんな事情があるため、俺からの提案は渡りに船だったらし。
だが、屋敷の使用人といっても今雇っている正規メイドたちのような業務内容ではなく、それこそ今冒険者として行っている魔物を狩って素材を取ってきたり、何かあったときの武力として活躍してもらいたいという狙いがある。
しかしながら、俺が自ら鍛えた使用人たちはSランクの実力を備えており、その必要性はまったくと言っていい程ない。寧ろ、ルルミーレの今の実力では足手纏いになる可能性の方が高く、これは彼女にも実力を磨いてさらに強くなってもらわなければならない。
ルルミーレはルルミーレで何か良からぬ考えを抱いているようだが、ともかく彼女の身元を俺が預かることとして俺たちは一度屋敷へと戻ることになった。
「という訳だから、これからいろいろと良くしてやってくれ」
「ローランド様がお決めになられたことですから、私としては否やはございませんが……」
「まあ、彼女には彼女にできることをやってもらうという形でいい。まあ、最初はそのための“訓練”をすることにはなるだろうがな」
「ん? 訓練?」
俺の不穏な言葉に首を傾げているルルミーレだったが、すぐにソバスの一言で現実へと引き戻される。
「それで、ルルミーレさんは何ができるのでしょうか?」
「戦いはAランクのモンスターと戦えるくらいには」
「左様で。やはり、ローランド様の仰った通り“訓練”が必要ですな」
「え? それってどういう意味かしら?」
「まあ、それはおいおいわかることだ。とにかく、頑張ってくれ」
「え? ええ?」
俺とソバスの意味深な言葉にますます訝し気な顔を浮かべていたルルミーレだったが、数日後俺たちの言っていたことを身をもって体験することになる彼女だが、それはまた別のお話しである。
「さて、これでルルミーレについてはひとまず片付いたとしてだ。もう一仕事やるとするか」
とりあえず、ルルミーレについてはソバスに一任することとし、俺は一度瞬間移動である場所へと向かった。
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