ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

344話「セラフ聖国にて」



「ふう、ようやく静かになったな」


 ガジェットだったものを見下ろしながら、ぽつりと俺は呟く。森は元通りの静けさを取り戻し、鳥などの鳴き声がどこからか響いてくる。


 元通りといっても、周囲の地形はとんでもないことになっており、地面が抉れて月面のクレーターの様相を呈している。ガジェットとの攻防の際になぎ倒された木々も、百本とはいかないまでもかなりの本数が地面に横たわっており、その影響でぽっかりと穴が開いたように日差しが差し込んでいる。


「とりあえず、エクシードを回収しよう」


 まずはこれ以上モンスターたちが影響を受けないようエクシードをストレージに仕舞い込む。尤も、エクシードは俺の魔法で既に機能を停止しており、回路がショートしているのか時折“ビビビ”という音を吐き出すだけのガラクタと化していた。


 モンスターたちもエクシードが機能を停止したことでその影響下から解放されたようで、今周囲にモンスターの類は存在しない。まあ、それ以前に俺の津波の魔法でそのほとんどが押し流されてしまったわけなのだが、そのことについては気にしないこととする。


「終わったの?」

「ああ、なかなか楽しめたぞ」

「そう? 物凄い戦いだったと思うけど。というよりも、ローランド君ってこんなに強かったのね。強い人好きよ?」


 どこからともなく、戦いが終わったことを察したルルミーレが戻ってくる。突然告白めいたことを言っているが、残念ながら俺にその気はない。まあ、見目の良いエルフということと、エルフらしからぬ素晴らしい胸部装甲は目を見張るものがあるが、今の俺に結婚願望や恋人が欲しいという感情はない。十年後はどうなっているかわからないがな。


「さて、森が荒れてしまったから少し元に戻してから帰るか」

「あぁん、ローランド君のいけず! このおっぱいを好きにできるチャンスなのよ? それともおっぱい嫌い?」


 嫌いか好きか問われれば好き一択だが、そういう問題ではないのだよルルミーレ君? これは俺の心情の問題であって、そういった下世話な問題ではないのだ。


 ぷんすかと頬を膨らませながら憤慨するルルミーレを尻目に、俺は荒らした地形をある程度元に戻すと、当初の目的であった薬草の捜索を再開するのであった。





      ~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 ~ Side ?????? ~


「ガジェットがやられたようだな」

「そのようだ。だが、あの男は力に溺れた愚か者。死んでもらって構わない。寧ろ、殺した相手を称賛したいほどだ」

「然り然り」


 セラフ聖国の本部のとある一室に彼らは集まっていた。彼らとは、セラフ聖国を牛耳る幹部たちで、世間一般的な呼び方でいうところの枢機卿の職に就く者たちである。


 聖国とは、その名の通り信心深い国民性を持つ宗教国家である。だが、その実情は金と権力に塗れたしがらみの多い泥沼のような場所だ。自分の出世のため相手を陥れたり、上役に便宜を図ってもらうため、金や女といった賄賂を渡したり、過激な連中ともなれば毒殺や暗殺などといった実力行使も日常的に行われている。


 そんな魔境で生き残り、己の地位を確立した者にのみ与えられる役職……それが、枢機卿なのである。


 中には、クラウェルのように一定の才覚を持つ者にも例外的に枢機卿の地位を与えられたりするが、そのほとんどが汚職で成り上がった者が大半であるのを鑑みれば、セラフ聖国がいかにドロドロとした内情を抱えているのかが理解できるだろう。


 さて、そんな彼らのもとに信じられないが都合の良い情報が舞い込んでくる。それは、枢機卿の一人であるガジェットの死亡というニュースだ。


 セラフ聖国の枢機卿の地位は七つしかなく、そのうちの一つを才能だけで勝ち取ったのがクラウェルだが、さらにもう一つの席を才能によって勝ち取った人物がいた。それがガジェットである。


 戦闘面においてガジェット以上の使い手は存在せず、事実上の最高戦力だったガジェットだが、優れた戦闘能力とは裏腹に他の枢機卿からはあまりいい顔をされてはいなかった。自分の研究以外に興味のないクラウェルは別として、他の枢機卿がガジェットに近づくことはなく、どこか腫れ物に触れるように邪険にされていた。


 ガジェットとしてもそのことに気付いてはいたようだが、他の枢機卿と連携する場面がやってこなかったため、特に問題なくセラフ聖国内でその力を誇示してきたのだ。


 そのことについても他の枢機卿たちは目障りに思っていたものの、ガジェット自身の実力によって下手なちょっかいをかけることは得策ではないということから、黙認に近い状態で放置されていたのだ。


 だが、今回のガジェット死亡を受け、目の上のたん瘤が一つ取り払われたことに他の枢機卿たちも喜んでいたが、すぐに新たな問題が浮上する。それは、ガジェットを倒した存在だ。


「先ほどは思わず称賛してしまったが、ガジェットを倒した者は我々とて無視できぬ存在」

「このままでは我が国の沽券にかかわる問題になるでしょうな」

「然り然り」

「では、報復のための戦力を差し向けるというのはいかがだろう?」


 自国の最高戦力だったガジェットが倒された今、セラフ聖国は確実に軍事的なダメージを負ってしまった。それは紛れもない事実であり、早急にガジェットの代わりとなる者を立てなければならない。さりとて、ガジェットと肩を並べる戦闘能力を有するものは自国には存在しない。そういう意味ではガジェットはセラフ聖国にとって都合のいい相手であった。


 であるからして、ガジェットを倒した存在を放置するという選択肢はセラフ聖国にはなく、今後その武力が自国に向けられることを鑑みれば、早急に戦力を差し向けて対処したいというのが彼らの意見だ。


 しかしながら、ガジェットより優れた戦闘能力を持つ人間がセラフ聖国にはおらず、どうしたって数の暴力による人海戦術を取らざるを得ない。そして、それだけの戦力を投入できるほどセラフ聖国には人材に溢れているという訳でもなかった。


 いろいろと議論がなされたが、結局のところ無視はできないもののかといって対処できるだけの人員もいないことから、現時点でセラフ聖国が報復のために何か事を起こすということはないという結論に至った。


「失礼します。会議中のところ申し訳ありません。クラウェル枢機卿がたった今お戻りになられたのですが、重症を負っておりまして、至急どなたか処置をお願いできないでしょうか?」

「あの研究馬鹿も殺されかけたようだな」

「誰が行く? 私は遠慮する」

「然り然り」

「私もだ。あいつは少々態度が気に入らん」

「であれば、私が行きましょう」


 他の枢機卿がクラウェルの治療を断る中、申し出た人物がいる。白き衣に身を包んだ神官風の姿はまさに枢機卿にふさわしく、そして何よりも纏う雰囲気は聖職者という神々しさが感じられる。


 年の頃は二十代半ば、肩まで伸びたプラチナブロンドの髪に宝石のような淡い水色の瞳を持っており、その顔立ちも実に端正である。さらに、服の上からでもわかるほどに押し上げる胸部とくびれた腰は彼女が妙齢の適齢期の女性ということもあってか妖艶で、見る者を魅了するほどの美しさを兼ね備えている。


 そんな彼女の名前はフローラ・エグザリオン。由緒正しきエグザリオン家の末裔であり、枢機卿の中でも珍しい正統派の人物である。


 フローラは他の枢機卿たちが行ってきた汚職を断罪したかったが、それが可能な人物がセラフ聖国では教皇一人であるということと、自身の悪行を隠蔽する能力に長けた他の枢機卿たちとの鼬ごっこが繰り広げられており、彼らの中では最も煩わしい人物の一人でもあった。


「さすがは、当代随一と言われた回復魔法の使い手のエグザリオン枢機卿だ」

「あなたならどんな重傷者でも問題なく対処できることでしょう」

「然り然り」

「……では、行ってまいります」


 彼らからの皮肉を受け流し、フローラは部屋を後にする。そして、彼女が部屋から離れた途端、彼らからは彼女に対する批判や罵詈雑言が飛び交った。


「まったく、あの小娘にも困ったものだ」

「我らを追い落とそうといろいろと動いているようだが、いい加減煩わしくなってきた」

「だが、あの女の回復魔法は本物だ。殺してしまうのは勿体ない。それに、あの体も何かと使い勝手がよさそうだ」

「然り然り」

「貴殿はそれしか言うことがないのか?」


 枢機卿の中では唯一の紅一点であるフローラだが、その年齢も若いため、他の枢機卿たちから侮られることが多い。増してや、見目麗しく体つきも豊満ともなれば、そのいやらしい体を邪な目で見られることも珍しくはない。


 そんな中身のない下世話な会話が繰り広げられているとは知らないフローラといえば、重傷を負ったというクラウェルのところへと赴いていた。


「は、早く! 早く私を治療しろ!!」

「い、今しばらくお待ちください!」


 部屋の外から出も聞こえてくるのは、クラウェルが早く自分を治療しろという指図をしているようだが、残念ながら宥めている神官は彼の怪我を治せるほどの使い手ではない。


「失礼します。お待たせして申し訳ありません」

「おお、エグザリオン枢機卿か。早う、早うこの怪我を治してくれ!!」

「お待ちを。……これは」


 クラウェルの状態を見てフローラは目を見張る。職業柄、怪我人の治療を行うことが多い彼女をもってしても、これほどの重傷者に出会うことは稀であった。尤も、セラフ聖国に戦争を仕掛けてくる国家が皆無であるため、精々が骨折や仕事中の不注意で負った比較的軽傷の怪我ばかりという国家的な理由というものだが、とにかくこれほどまでの重傷者はなかなかお目に掛かれない。


「体の力を抜いてください。では、いきます。【ハイヒール】」


 フローラが回復魔法を唱えると、たちまちにクラウェルの怪我が消えていく。彼にとって幸運だったのは、転移でセラフ聖国に帰還する際、切り落とされたはずの腕も転移されてきたことだろう。そうでなければ、回復魔法に秀でたフローラとて腕の復元は困難を極めていた。


「終わりました。どこか他に痛むところはありますか?」

「おお、さすがは回復魔法に秀でているエグザリオン枢機卿です。助かりました」

「では、私はこれで」


 怪我が治ったクラウェルは「あの少年、次に会ったら目にものを見せてやります」と訳の分からないことを言っていたが、目的を果たしたフローラは用が済んだとばかりに部屋を後にする。


 部屋を出てフローラは一つため息を吐くと、ぽつりと独り言を呟いた。


「はあ、どこかで暇をもらって旅行にでもいこうかしら」


 枢機卿という立場でそんなことは許されないと理解していたが、そうでも言わなければやっていられないとばかりにフローラは自分の置かれている状況に辟易としていた。


 そんな不満を漏らしつつも、フローラは頭を振って気を引き締めなおすと、自分の自室へと戻って行った。こののちに、ひょんなことからとある少年と出会うことになる彼女だが、それはもう少し先の話である。

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