ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
340話「あの男、再び」
艶めかしい夜となった翌日、俺たちはある場所を目指してシャンガルディア大森林の南西方向に行進していた。目的は言わずもがな我が妹ローラの病気を治すための薬の素材を手に入れるためである。
「もうそろそろ着くわよ」
先ほど俺が言及した通り、今回同行者が一人いる。お察しの通り滞在先の家主であるルルミーレだ。素材採集に向かう折、一度長老の家に赴きこれから素材探しに向かう旨を伝えた際、案内役が必要だということでその役目を誰が行うかという話になった。その時、自ら買って出てくれたのがルルミーレだったのだ。
長老としては、一人だけ毛色の異なるルルミーレを日頃から疎ましく思っていたのか、彼女の申し出をあっさりと受け入れ、こうして俺を素材のある群生地に案内してくれた。
俺としても、あまり交流のないエルフより多少なりとも交流のあるルルミーレの方が気持ち的には楽なので、彼女の申し出は正直なところ有難かった。
それに加え、美人で巨乳な彼女が案内してくれるところに一種の優越感を抱いていたのだ。やはりというべきか、男は美人に弱いのである。まあ、そんな美人の夜の誘いをあんな形で潰した身としてはヘタレ根性と言われても仕方がないかもしれないが、いくら美人でも気分じゃない時に迫られてその気になれというのが酷な話である。増してや、エルフの里という未開の土地にやってきている以上、彼らの特殊な風習によって美人局的な罠がある可能性があるため、迂闊にルルミーレの誘いを受けるのは軽率であると判断した俺のファインプレーでもあった。
「そういえば、薬の材料ってどんなのだ?」
「普通にただの薬草よ。けど、特定の決まった場所にしか自生しなくて、この森でもなかなか手に入れるのは難しいわね」
俺の問いに真面目にルルミーレが真面目に答えてくれる。昨日の発情した姿とはまるで違うその凛とした立ち居振る舞いは、厳粛なエルフのそれであった。
しばらく歩くこと十数分、ルルミーレが言った通りある場所を境にして森の雰囲気が変わっている区画に辿り着く。どうやら、この先から危険度がさらに上がっているようで、その周囲にモンスターの気配は感じられない。
「ここよ。覚悟はいい? 準備が出来たら、行きましょう」
「付いてくる気か?」
長老に挨拶に行った際、ルルミーレが案内役を買って出る前に長老がしてくれた話では、案内できるのは目的の場所の入り口手前までということだったのだが、どうやらこのまま彼女も同行する腹積もりらしい。
どういう意図で彼女がそういった選択をしたのかは俺のあずかり知らぬところではあるが、この先に広がっている場所がかなり危険であるということは雰囲気でなんとなく察することができる。
「どうせこのまま戻ってもつまらない生活が待ってるだけだろうし、それなら君と一緒にここで野垂れ死にするっていうのも悪くないと思って」
「付いてくるのは構わんが、なんで死ぬこと前提で話を進めてるんだ? 勝手に殺さないでもらいたい」
危険な場所であることは間違いないが、かといって俺の脅威になるかといえばその可能性は低いと考えている。例えこの先向かう場所がSSランクモンスターの巣窟であったとしても、俺ならばどうとでも対処できるのだ。……自分で言ってて俺の化け物さ加減に呆れるな。
とにかく、ここから先はこの森の中でもかなり危険区域となる場所になるため、油断せずに行こうと気を引き締めることにし、俺たちはさらに奥へと進んで行った。
危険区域へと足を踏み入れてしばらくすると、それを待ち構えていたかのようにモンスターが現れる。それは、まるで某漫画のならず者よろしく「ヒャッハー! ここは通さねぇぜ!!」といった具合に手の鎌をシュンシュンと振り回しながら、こちらを威嚇するように羽をばたつかせるカマキリだった。
「ローランド君、気を付けて。こいつはマーダーマンティス。Aランクよ」
「Aか。なら余裕だな」
「え?」
俺はそう言うと、指に魔力を込めつつ氷属性の魔力弾をマーダーマンティス目掛け放つ。俺の魔法が着弾すると同時に瞬く間にマーダーマンティスの体が凍結し、そのままカマキリの氷像が完成する。やはり雑魚掃除はこの手に限る。
そんな風に思っていたのはどうやら俺だけのようで、目の前で起こったことがまるで信じられないといった様子のルルミーレが大声で問い詰めてくる。
「マーダーマンティスが氷漬けに……ローランド君、一体何をしたの?」
「見ての通り凍らせただけだが?」
「凍らせただけって、あなたね……。まあ、いいわ。先を急ぎましょう」
俺のあまりにも簡潔な返答に呆れるルルミーレだったが、いつまた新たなモンスターが襲ってくるかもわからない状況で同じ場所に留まるリスクを考えたのか、すぐに先に進むことを口にする。
彼女の提案に特に文句もなかったので、それに従い道なき道を突き進み襲ってくるモンスターどもを氷の調度品へと変えていきながら、しばらく進んでいると、突然ルルミーレから大声が飛んできた。
「やっぱりあなたおかしいわよ! なんで、モンスターたちがなんの抵抗もなく氷漬けになっていくの!? なんで、氷漬けになったモンスターが消えてなくなってるのよ!? しかも、そのモンスターの尽くがAランクモンスターばかりだし、さっき襲ってきたモンスターなんてSランクだったじゃないのよー!!」
「そんなの俺が強いからに決まっている。それよりも薬草はどこだ?」
「答えになってないんですけどー!?」
森の住人であるエルフにとって、この危険区域は高ランクのモンスターが集中している場所として認識されており、里の中でも精鋭の部隊を編成して採取探索に向かっていた。そのことは里の誰もが知っており、それは里に住むものであれば知らない者は皆無である。
だというのに、俺が目の前で凶悪なモンスターをまるでただの低ランクモンスターと変わりなくあっさりと倒していく様子に異常を感じ取ったようで、捲し立てるように問い質してきた。
だから、簡潔に要点だけをまとめて答えてやったのにもかかわらず、ルルミーレが納得した様子はなく、寧ろさらに謎が深まったと言わんばかりの絶叫を上げていた。……解せぬ。
そんな一幕がありつつも、目的の薬草を探していると、進行方向に何やら怪し気な物体があることに気付く。それはどうも何かの装置らしく、あからさまに怪しく発光しながら稼働を続けているようだ。そして、その装置に俺は見覚えがあった。
「ローランド君、これは一体」
「これは……エクレアーノ」
「エクシードです。名前はしっかりと覚えていただきたい」
俺の言葉に憤慨した様子で装置の近くにいた男が反論する。その男とは以前俺がウルグ大樹海に赴いた際、何やら怪し気な機械でスタンピードを起こそうとしていたセラフ聖国の人間だった。
俺の姿を見咎めた男が忌々し気な顔を浮かべ、慇懃な態度で悪態をついてくる。
「またあなたですか。あなたのお陰で、私は貴重な試作機の一つを失うことになったのですよ」
「そんなことは知らん。またスタンピードを企んでるなら今回も止めるだけだ」
「クククク、そうはいきません。尤も、もう既に手遅れですがね」
「あたしたちの森に何をした!?」
勝ち誇った顔を浮かべながら嘲笑する男にルルミーレが男を問い詰める。一度男が一瞥したかと思ったら、再びルルミーレを二度見し、舐め回すようや視線を向ける。そして、感心する声を上げたかと思えば、とんでもないことを言い出した。
「ほう、これはこれは。エルフの中でも珍しいとされる特異個体ではないですか。ぜひお持ち帰りしていろいろと調べてみたいですねえ。通常個体のエルフを調べるのはもう飽きてしまいましたのでちょうどよかったです」
「なんですって!? じゃあ、行方不明になった仲間たちはお前が手に掛けたというのか!?」
「そういうことになりますか。次はあなたの番です。いやー、それにしても実に見事な乳房ですね。それを調べることができると思うと、今から楽しみです」
「ひぃ」
男がそう言いながら、右手をワキワキとさせる。その顔もまた醜悪であり、嫌悪感の塊以外の何物でもない。欲求不満とはいえ、さすがのルルミーレもこれには身の毛がよだつ感覚を覚えたようで、両腕で自分の体を抱きながら短い悲鳴を上げる。
それにしても、まさにおあつらえ向きと言わんばかりの悪役顔だ。痩せこけた頬と黒ずんだ肌は日頃の不摂生が祟っているのか、不健康と言って差し支えない。手入れを怠っているのがありありとわかる無精髭に脂ぎったぼさぼさの髪、風呂にも入っていないのかある程度の距離があるのにもかかわらず、ここまでその悪臭が漂ってきそうである。
極めつけが、その頭頂部は薄っすらと頭皮が見え隠れしており、若かった頃の思い出を引き摺っているのが丸わかりなほど髪を伸ばしてはいるものの、それで髪が増えるわけでもなく返って頭頂部の薄さを強調する結果となってしまっていた。まさにこれこそ――。
「“無駄な努力”である」
「さっきから心の声が口に出てるんですよ!! 誰がハゲですか!!」
「おやおや、思わず事実を列挙してしまった。これは実に失礼なことをしましたねぇー。だがしかし、お前がハゲであることに変わりはない!!」
「ぐっ、この私に精神的ダメージを与えるとは……なかなかやるではないですか」
どうやら、本人も自分の身なりについては気にしていたようで、俺の的確な指摘に精神的に追い込まれている様子だった。俺の精神攻撃が効いたのか、開き直ったのかはわからないが、急に態度を急変させる。
「初めてですよ。この私をここまでコケにしたお馬鹿さんは……。絶対に許さんぞ虫けらが!! このエクシードですべて飲み込まれてしまえ!!」
男がそう叫ぶと、それを合図としていたかのように森の様子が変化した。
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