ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

337話「遭遇」



 しばらくシャンガルディア大森林を探索し続けること早一時間、俺の目の前には相変わらず鬱蒼と茂ったジャングルが広がっている。森に入ってからそれなりの速度で移動をしているにもかかわらず、未だ人の文明に出会えていないことから考えても、エルフの里というのはかなり奥まったとこにあるようだ。


 道中に出現するモンスターと戯れつつ一定の進行速度で進んでいると、前方からモンスターとは異なる複数の気配を察知する。そのすぐ後方から比較的大きな気配が迫っていることから、どうやらその気配の主たちはその大きな気配から逃げている様子だ。


「どれ、ここは一つ飛び込んでみるとしますかね」


 状況的に面倒事の予感がするものの、森に入ってから初めてのイベント発生であるため、ここは素直に乗っておくべきだと考え、気配の主たちを待つことにする。


 待つこと十数秒、それはやってきた。艶やかな金髪に緑色の瞳を持った彼ら彼女らは総じて見目麗しく、まさに俺が求めていた種族の特徴と一致する。こちらに気付いた彼らは顔を歪ませこちらに聞こえているのも気にせず叫ぶように話している。


「アルファス、人間だ!」

「わかっている。だが、奴から逃げるのが先だ!」

「し、しかし、森に進入している以上、それを排除するのが里の掟だ」

「死んでしまっては元も子もない。とにかく、今は奴から逃げることが先決だ。それに、上手くいけばあの人間に奴を押し付けることもできるだろう」

「……わかった」


 どうやら、彼らは後方からやってきている大きな気配の主を俺に押し付けようとしているらしい。確かに、彼らからすれば余所者の俺と仲間の命を天秤に掛ければ、間違いなく仲間の方を優先するのが必定だ。だからといって、厄介事を押し付けられるこちら側としては堪ったものではない。


 だが、状況的にそうもいっていられず、徐々に俺と彼らの距離が縮まっていき、そしてほんの数メートル横を疾走していく際、先頭を走っていたエルフの男に声を掛けられた。


「悪いが、ここに居合わせたことを不運と思って諦めてくれ」

「……」


 その声に特に返すことなく過ぎ去っていく彼らの姿を俺は横目で見送る。彼らの気配が遠ざかっていくと同時に、彼らを追いかけていた気配が段々と近づいてくるのがわかった。


「気配的にはSランクってところか、人間界に出るモンスターとしては破格の強さのようだ。だが、所詮はその程度だな」


 すでにSSランクのモンスターですら相手にならない俺にとって、Sランクモンスターでは足止めにすらならない。常人ならば十分に脅威とはなるが、残念ながら俺は常人ではない。今思うとそれはそれで悲しい気がしてきた。Bランクのオークジェネラルに苦戦していた俺が懐かしい。


 そんなことを考えていると、いよいよ奴が姿を現す。その姿は獅子のような四足歩行のモンスターで、解析の結果は【マーダーキマイラ】という名前のSランクモンスターだった。オラルガンドのダンジョンにおいて百階層クラスに登場するモンスターで、圧倒的なパワーと俊敏力を持っており、その一撃は強力だ。


「グルルルル」

「さすがに高ランクモンスターだ。俺の脅威を察知したか。だが、それを理解して尚戦うことを選択するのは、あまり賢いとは言えないな」


 本来、野生の動物は本能に従って生きている場合が多い。モンスターもまた言い換えれば“異世界の動物”という立ち位置だと言えなくもないため、本能というものは備わっている。


 特にランクの高いモンスターになればなるほど危険を察知する能力に長けており、そういった危険を回避してきたからこそ生き残れてきたという節があるといっても過言ではない。


 だが、長く生きていればいるほど生き残れたという経験が慢心となり、危険に鈍感になっていき、思わぬことで足元を掬われたりする。まさに油断大敵である。


「ガアアアアア」

「よっと、残念だが当たってやるわけにはいかんな。じゃあ、反撃といこうか【アイスウインド】」


 俺はできるだけ周囲に影響のないよう範囲を絞って魔法を唱えた。ジャングルのど真ん中で突如として出現した凍てつく吹雪が、マーダーキマイラに襲い掛かり、その四肢を瞬く間に凍り付かせる。逃げる隙すらなく自身の体が凍結していくことを頭で理解した時にはすでに手遅れで、ジャングルに氷でできたマーダーキマイラの彫刻が出来上がった。


 森の周囲に一切影響を出さずに上手くできたことに満足しつつ、氷漬けとなったマーダーキマイラをストレージに収納する。


「さてと、向こうだったな」


 俺はエルフたちが逃げていった方向を思い出しながら、彼らを追いかけるべく地面を蹴って飛び出した。先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まり返り、後に残されたのは木々の切れ目から差し込む木漏れ日とささやかな風で揺れる葉の音だけであった。


 気配を探りながら彼らが逃げた方向に進んでいると、突如としてその動きが止まった。おそらく、俺が追いかけてきていることに気付いたようで、俺を待っていると当たりを付ける。


 彼らの後を付けてエルフの里に案内してもらおうと考えていたが、この際直接案内してもらった方が建設的であると思い、そのまま彼らのいる場所へと向かった。


「止まれ」


 彼らに追いついたところで、リーダー格のエルフの男が俺を強い口調で呼び止める。エルフは基本的に閉鎖的な種族であるため、他種族や余所者にあまり愛想良くはしない種族であるというのが大体のお決まりだ。中にはララミールのように社交的なエルフもいるようだが、そういうのは例外的なものであってそれがエルフの民族性であると断言するのは些か早計ではある。


「貴様は何者だ? マーダーキマイラはどうした?」

「俺はローランド。人間の冒険者だ。マーダーキマイラは俺が倒した」

「馬鹿な! あり得ない!!」


 あまり彼らを刺激しないよう聞かれたことに素直に答える。自分たちが追われていたモンスターはどうしたと聞いてきたので、ありのままの事実を伝えたつもりなのだが、返ってきた答えは信じられないというものだった。


 そりゃあ、見た目成人してない子供の俺が自分たちでは歯も立たないような相手を倒したと言えば、信じられないのは当然だ。だが、残念ながら現実は得てして残酷というのが相場なのだ。


「これが証拠だ」

「こ、これは」

「ま、間違いない。あたしたちが追われていたモンスターだわ」

「こ、こんな。こんなことが……」


 俺がマーダーキマイラを倒した証として氷漬けになったマーダーキマイラを取り出してやると、全員が驚愕の表情を浮かべる。まさか本当に俺がマーダーキマイラを倒したとは思っていなかったようで、こちらを警戒するレベルが何段階か引き上がったようだ。


「それで。貴様は一体何をしにここへ来た」

「この森にエルフが住むというエルフの里があると聞いてきた。俺の妹が病に倒れてしまってな。エルフであれば、その病を治す薬を知っているのではないかと考えやってきた」

「……」


 ここは本当のことを言った方がいいと判断した俺は、シャンガルディア大森林へとやって来た理由を答える。しばらく、沈黙が流れたがそれを破ったのは意外にも仲間のエルフだった。


「アルファス。ここは里に連れていってあげれば?」

「何を言っている。相手は人間だぞ?」

「結果的にはこの子に助けられる形になってしまったし、それにあたしたちにはあのマーダーキマイラを彼に押し付けてしまった負い目があるはず。その不義理を払拭する必要があるんじゃないかしら?」

「……おかしな真似をしたら、容赦はしない。ついてこい」


 こうして、仲間のエルフの意見のお陰で、エルフの里へと案内してもらえることになったのであった。 

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