ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

332話「美味しい葡萄の作り方」



 一度屋敷に戻り昼食を済ませた俺たちは、改めてランドールから許可をもらった場所へと戻ってきた。ちょっとした食い違いだったが、早い段階でそれに気付けたことは決して悪いことではなかったので、無理矢理だが納得した。


 気を取り直して周囲の様子を窺うと、俺が指定した場所は開けた平原となっており、長年人の手が入っていないこともあって未だ草木が覆い茂っている個所もあるが、それはおいおい手入れをすれば問題ないため、さっそく作業へと取り掛かる。


 一体どのような作業をするのかというと、ここにあるものを栽培するための畑を作ろうと考えているのだ。所謂一つの栽培場である。


 ゆくゆくはマルベルトの領民の手によって行ってもらうことになるのだが、他の作業に手が割かれているため、現状この作業ができる領民はいない。そこで、マルベルト領で移民の募集を行ってもらい、その募った人間にやらせることをランドールに提案するつもりだ。


 クッキーの産地の一つであるマルベルト領は、現在シェルズ王国内でもその地名が知れ渡りつつあり、ティタンザニアやオラルガンドで販売されるクッキーと遜色ないクオリティのクッキーが食べられることから周辺領地や遠方の領地からクッキー目的で訪れる旅人もちらほらと出てきている。


 それを受けて、ランドールは周辺領地の領主と連携を取るため、いずれ片付ける問題として放っておいた隣領へと続く街道の整備や宿屋の増設など、領内の設備を充実させる日々に忙殺されている。


 領主としては嬉しい悲鳴ではあるものの、やらなくてよかった仕事が増えるというのはどこの世界でも嫌なものであるようで、ただでさえ厳つい顔をしたランドールの眉間に皺が寄ってさらに凶悪な顔へと変貌していた。


「【アースコントロール】」


 まずは、クッキーの材料としても重要な砂糖の原料となるサトウキビの栽培を行うことにするため、大地魔法を使って周辺の地面をならしていく。ある程度畑として運用できるくらいになったら、そこに栽培用に取っておいたサトウキビの苗を等間隔に植えていく。これで時間が経てばサトウキビが成長し砂糖の原料となるサトウキビが収穫できるが、今回は待っている時間が惜しいので、ちょっとした裏技を使う。


「たいむまじっくぅ~」


 気の抜けた独特な声を出しながら、植えたばかりのサトウキビに時間経過の魔法を使用する。すると、瞬く間にサトウキビが成長しすぐに収穫できる大きさまで育った。


 それを見たマークはただただ「すごーい、すごーい」と連呼していたが、次からはマークが陣頭指揮を取って行っていかなければならないため、要点を教えていく。


「いいかマーク。今回は魔法を使って時間短縮したが、次からは自然栽培でやることになるからな」

「は、はい」

「できれば、お前が時空属性の魔法を覚えてくれたら話は変わってくるんだが、時空魔法自体がレア魔法だしそこまではさすがに高望みだ」

「はい……」


 俺の言葉を受けてマークが顔を俯かせる。兄である俺の役に立てないことが悔しいのだろうが、こればかりは仕方がない。


 そんなマークの思いに気付かないふりをし、次に俺はマークが言った酒の材料となるある作物を植えるべく、少し離れた場所に新たな畑を増設する。その作物とは、葡萄である。


 葡萄を使った酒で最も有名なのがワインであり、当然この世界でも貴族を中心に親しまれている酒の一つだ。しかしながら、葡萄自体を栽培する余裕のある領地は少なく、シェルズ王国内でも片手で数えられるほどに生産地は少ない。そこが狙い目だと踏んだのだ。


 生産地が少ないとなれば、希少性も高くなることは必然であり、需要もあるため安定した生産が実現できれば、特産品としては十分な役目を果たしてくれることだろう。


 しかしながら、そこまでわかっていながら他の領地が手を付けられないのにはとある理由がある。それは、ワイン自体の製造法が秘匿されているという点にあるということだ。現代において、その製造法は公にされており、比較的簡単に作ることのできるワインだが、この異世界においては原材料となる葡萄を手に入れるところからスタートする。


 葡萄を生産している領地はあれども、ワインを製造するとなれば話が変わってきてしまう。果物として流通はしているものの、他の果物と比較してみてもその流通量は明らかに少なく、庶民の食卓に並ぶことはあまりない贅沢品だ。


 そんな葡萄を使ったワインの製造法は極めてシンプルで、要は葡萄を潰して五日から十五日程度放置をし、そのあとで樽などに移し替えて熟成させるだけで出来上がってしまう。だが、そんな簡単な製造方法にも関わらずワインが広まらないのは、方法を知っているからこそできることであり、知らない人間からすると何か特別な製造法があるのではと考えてしまうからである。


 実際はそれほど難しくはないのだが、葡萄を栽培している領地が少なく、ワインの製造法を知らないともなれば、この世界でワインというものがあまり広まっていないことにも頷ける。


 まずは、サトウキビと同じく土を耕し、ある程度柔らかい土にする。そして、二メートルから三メートルの等間隔に柵を立て、その上部を長細い木の骨組みで固定する。葡萄は一本の木から蔓を生やし、その先端に実を生らす植物であるため、葡萄が自生しやすいよう蔓が絡まりやすい柵を設置する必要がある。


 前世の長期休暇の折、ぶどう狩りができる果樹園に赴いた際、そこのオーナーが聞いてもいないのに事細かに説明してくれたことを今になって思い出す。その時は、そんな無駄な知識を知っていても意味がないと思っていたが、まさかその知識が生まれ変わった異世界で役に立つとは……。果樹園のおっちゃん、ありがとう。


 浅黒い肌に真っ白な歯をむき出しながら“キッ”っという感じで笑う果樹園のおっちゃんを思い出しながら、葡萄畑を作っていく。ある程度準備ができたところで、ストレージにとっておいた葡萄を取り出し、その果実一個丸々を畑の中心に植える。そして、木魔法で今植えた葡萄を成長させていく。


 瞬く間に発芽し、それが周囲に設置した柵に絡みつくように成長していく。その様子はまるで早送りの映像を見ているかのようで、実に興味深い光景が広がっていた。


 設置した柵にあらかた蔓が絡まっていくと、枝状に分かれた先端部から2センチから3センチほどの球のような実が生っている。それを傷を付けないように慎重にもいだところで、さっそく味を見てみる。


「どれどれ、もぐもぐ。うん、普通のぶどうだ」


 葡萄自体の出来はそれほど悪くはなく、寧ろ俺の魔力が籠っているからだろうか、通常のものよりも甘みが強い気がする。そこのところについては要研究といったところだろうが、今はとりあえず収穫量を確保するところを優先したいところではある。


「兄さま、僕にも一つくれませんか?」

「ああ、いいぞ」

「ありがとうございます。はむっ。こ、これは……かなり美味しいです。このまま商品として出荷してもいいくらいです」

「それも、検討の余地がありそうだ。そのためには、収穫量を増やさなければならないから、人手が必要になってくるな」


 ひとまずは、葡萄が栽培可能ということは検証できたので、一度屋敷に戻っていろいろと取り決めを話し合うことにした。

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