ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

329話「懐かしき我が家」



「んっ、んぅー。……知らない天じょ。いや、知っていたか」


 そう呟きながら、俺は天蓋付きのベッドからむくりと起き上がる。俺が使っているベッドは、かつて俺がマルベルト領にいた際に使っていたものだ。マルベルト家長男ロラン・マルベルトとして。


 それだけではなく、家具やその他諸々の内装は俺がいた時と寸分違わぬほど何も変わっておらず、俺が出ていった当時のまま残されていたのである。大方、マークやローラがそのままの状態にしておくということを言ったのだろう。


 そんなことを考えていると、不意に扉がノックされ「失礼致します」と女性の声が掛けられる。入ってきたのは見知った女性であり、以前俺の世話係をしていたターニャであった。部屋に入るなり、俺の姿を見た彼女が涙ぐみながら嗚咽を漏らし始める。


「この日をどれほど夢見たことか、ロラン様がお戻りになられる日を……」

「戻ってきてないから。ローラの病気が治るまで居るだけだから」

「それでも、私はあなた様の帰りをお待ちしておりました。ロラン様、改めてお帰りなさいませ」


 俺が帰って来たことを喜んでいるターニャだが、残念ながら俺は帰ってきたわけではないので、そんなに盛大に喜ばれても困るのだ。


 彼女もそれがわかっているはずだが、それでも俺の何事もない無事な姿を見て安心したのだろうと考え、特にこれ以上は言及せずにおいた。


 それから、普段着に着替えようとしたのだが、彼女が頑なに「お手伝い致します」と言い続けたため、渋々ながらも手伝ってもらい、朝の支度を整え着替えた俺は食堂へと向かった。


 食堂には既にランドール、クラリス、マークの三人が揃っており、俺が来るのを待っていた様子だ。ちなみに、ローラはまだ病状が回復していないという理由でこの場にはいない。


「待たせてしまったようだな」

「いいや、問題ないぞ。ミスリル一等勲章所持者のお前を先に待たせる方が問題だからな」

「ふ」


 ランドールはそれだけ言うと、にこりと笑った。どうやら冗談のつもりのようで、俺もそれに応えるように笑う。


 それから、つつがなく朝食を食べた後、少しだけ雑談をしてそれぞれの部屋に戻って行った。ランドールとマークはこの後執務があるということで、二人して執務室へと向かって行く。


 聞いた話では、次期当主としていろいろとマークに領地経営のやり方を教えているところらしく、以前にも増して次期当主として相応しい姿に成長しているらしい。まあ、色眼鏡で見ているところはあるのかもしれないが……。


 俺もマークには俺の身代わりの役目を押し付けてしまった負い目があるため、そのことについては多少罪悪感がなくもないが、仮に俺が次期当主としてこのままマルベルト領にいた場合、最悪俺の部下として飼殺されるか、どこかの貴族家の従者となるか、はたまた士官の道を目指して武者修行の旅をしながら冒険者にでもなるか、待っていたのはどれも過酷な道だっただろう。


 尤も、俺もマルベルト家を出ていってからはすぐ冒険者になったため、俺の辿っている道は本来であればマークが辿るはずだった道と言えなくもない。


「頼もう!」

「うわ、兄さま? いきなりなんですか!?」

「びっくりするじゃないか!」


 そんなマークがどれだけ成長したかということと、後は現在の領地経営がどうなっているのか把握するべく、俺は二人が仕事をしている現場に乗り込んだ。


 突如として現れた俺に驚きながらも、現れたのが俺ということですぐに二人は平静を取り戻す。おっと、そろそろ二人に本題を伝えないとな。


「さて、マークよ。俺がこの家を“追い出されて”大体だが一年が経過した」

「よく言うわ。俺に追い出されるよう仕向けた張本人が」

「でも父上……父さんは最終的には俺を追い出した。その結果に変わりはないだろ?」

「ぐぅ、お前がこれほど優秀だと知っておれば、追い出しはしなかったのに……」


 俺の言葉に揚げ足を取るような物言いをするランドールだったが、結局のところ彼は俺を追い出してしまった。その結果は変わらず、そのことについて彼は悔しそうな顔を浮かべる。今更俺を戻そうにも、ランドールとの間には以前流行り病で死の淵から救った際に【デスコントラクト】で契約を結んでいるため、それを破れば死が待っている。


 せっかく助かった命をそんなことで無駄にするわけにもいかない。かといって、このまま俺を野放しにしていいわけでもないという思考が巡っているようで、ランドールは頭を抱えながら唸り声を上げている。


 そんな彼を尻目に、俺は執務室の棚から領地経営に関するものをまとめてある書類を引っ張り出すと、それを見ながら考えを巡らす。本来であれば部外者の俺にそんな機密事項を見せるなど言語道断であるが、相手が家族である俺であるということでランドールも特に突っ込んではこない。


「なるほどな。クッキーの導入によって以前よりも収益は上がってきてはいるか」

「そうですね。兄さまには感謝です」

「だが、このままだといずれ収益が落ち込んでいくぞ。その理由はわかるか?」

「……いいえ、そこまでは考えていませんでした」


 今の会話が十三歳と十一歳の話の内容だとは思えないのか、それを聞いているランドールが複雑な表情を浮かべている。だが、彼もマルベルト領の領主として俺の話に興味があるのか、その先の話を黙って聞いている様子だ。


 俺はマークにその理由を説明してやる。簡単に言えば、競合が現れるという内容だ。前世の商売でもそうだが、一つの商品を売りに出す際、必ず競合する似た商品を販売する所謂商売敵が現れるのだ。


 ハンバーガーを例に取れば、かつて世界最大のハンバーガーチェーン店は、あのピエロのような見た目をしたイメージキャラクターがいる店舗だった。だが、それ以外にもハンバーガーを売りにする店は数多く存在し、一つの店舗が市場を独占できていたかといえば疑問が残る結果となっていただろう。今回の場合も似たようなことが起きると俺は考えている。


 クッキーという庶民向けの甘味が世に現れたことで、その人気にあやかろうと類似の商品を販売する店も出てくるだろうし、悪質なのは販売元の店から商品を買い占めてそれを利益が出るように上乗せした値段で販売する者も出てくる。俗に言う転売ヤーである。


 俺が前世で生きている時代でもそういった市場を荒らし回る悪質な転売ヤーによって、純粋に商品を求めるユーザーの手元に商品が届かなかったり、定価の何倍もする値段の商品を買う羽目になったりと転売ヤーの手によって市場は由々しき事態となった。


 そういった事態を受け、企業や商品を販売する小売業者は様々な転売ヤー対策を講じてきたが、その度にその対策の穴を突かれ、まるで犯人と刑事の鼬ごっこのような戦いが繰り広げられていた。


 ちなみに、この戦いは国がある法律を制定させたことによって完全に転売ヤーが絶滅することになるのだが、その話はまたどこか機会のある時にでもするとしよう。


「という具合に、今巷を騒がせているクッキーという甘味の名前を利用して一儲け企んでいる連中がいる。中には実際にクッキーを店から買って値段を吊り上げて売り捌くなんて輩も出てくる」

「そんなことがあるんですね」


 それから、いろいろと領地経営に関する知識を叩きこんでいたが、一緒にいたランドールが「そんな方法があるのか!?」と感心していた。おい、それでいいのか現当主よ。


 こうして、ひとしきりマークを指導した俺は、次にローラの様子を見るために部屋を後にした。

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