ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

314話「シンボルマーク」



「いらっしゃいませ。トーネル商会へようこそ」


 新たに開店した商会で、従業員の女性が訪れた客に向かってはきはきとした声で出迎える。そこは新たにカフリワで営業を開始した商会【トーネル商会】だ。


 元は行商人だったトーネルがある御仁の後ろ盾を得て商会を立ち上げたというのが表向きの理由として噂されており、その人物は親戚筋のトールということになっている。


 しかし、彼を知る者の中には親戚であろうと贔屓しないのが彼に対する印象であるため、聡い商人の中には後ろ盾は彼ではないということを理解していた。


 となってくれば、一体どんな魔法を使ってあれほどの規模の商会を立ち上げたのだろうと気になるのが人の性というものだが、その答えに行きつくものは誰一人としていない。


「まさか、魔法を使って商会を立ち上げたなんて荒唐無稽なものを誰が信じるか」


 店内の様子を窺いながら、俺はそんなことを口にする。今は客足をチェックするためにトーネル商会を視察中なのだ。


 あのあと、トーネルとの話し合いにより商会の名前と必要な設備の購入のための資金提供をするということになり、すべての準備が整うまでにさらに数日を要した。


 トーネルは「そこまでしてもらう訳には」と俺からの申し出を断ろうとしていたが、彼にはこの商会の代表として表舞台に立ってもらうという役目を押し付けているため、これは俺にとっては必要経費だ。


 さらに俺はにやりとわらいながら「一流の商人なら、この程度の出費すぐに取り返してくれるのだろう?」と発破をかけ、多少強引だったが必要なものを揃えるための代金をすべて俺が負担するということを了承させた。


 そして、新たに雇った従業員の最低限の教育と孤児たちには簡単な作業から押して始め、最終的にはぬいぐるみや木工人形なども手掛けられるようになるよう進めていくつもりだ。


 さすがにいきなり即戦力にはならないので、今のところは作っておいた畑での農作業と今の生活に慣れるための研修期間ということにしておき、様子を見ることにした。


 商会で売り出すラインナップは、グレッグ商会並びにコンメル商会の他二つの商会で売り出している商品と同じもので、事前にグレッグとマチャドには事前に断りを入れている。


「まあ、最初の内はこんなものか」


 正直なところ、商いに関しては元営業サラリーマンではあったものの、それほどやり手ではなかったため、あまり詳しくはない。まあ、一応取締役まで出世はしたが、当時の社長や会長に気に入られたことによるコネ出世みたいなものだったしな。


 まあ、前世のことはどうでもいい。とりあえずは素人目にも客の入りは概ね良好であるため、早々に視察を切り上げた俺は、一度オラルガンドの自宅へと戻ることにした。


「さて、始めるか」


 一体何をと思うだろうが、答えは簡単。シンボル作りである。シンボルとは象徴という意味のはっきりした形を備えてそれを思い起こさせる目印になるものだ。


 トーネル商会が新たに加わったことで、俺の息がかかった商会が三つとなった。……なんか、権力者みたいだな。


 とにかく、商会が三つとなりそのうちの一つが他国にある以上、グレッグ商会とコンメル商会で取り扱っている商品が同じというのは他の商人からすれば、不自然に見えるだろう。


 そこで、この三つの商会は関連のある商会ですよという意味を持ったシンボルを作ることにしたのである。所謂企業のロゴマークのようなものである。


「商人のイメージか……」


 かくいう俺が勤めていた企業にもロゴマークが存在していたが、ああいうのはぱっと見訳の分からないマークだったりする。だが、その形は意味のあるものであり、経営者の意志や願いなどが込められていたりするものなのである。


 いろいろと考えたが、奇をてらったものよりも誰が見てもわかりやすいものの方がいいと最終的に結論付け、丸い輪っかの中に行商人がよく使う幌馬車を描き、その下にRCGというアルファベットを入れることにする。


 ちなみに、RCGの意味はローランド・コンツェルン・グループというちょっと会社みたいな名前だが、俺が出資している商会の集まりなので、問題はないだろう。完成したシンボルを魔法を使って布にコピーし、意外と簡単にシンボルマークが完成した。


 ものが完成したとなれば、あとはそれを商会に掲げさせておけば、トーネル商会と他二つの商会に関連があるということが伝わるだろうということで、俺はさっそくグレッグ商会へと向かった。


「坊っちゃん、今日は一体どうしたので?」


 グレッグ商会に向かうと、すぐにグレッグのところへと赴き、ストレージから先ほど作製したシンボルマークの旗印を取り出す。いきなり出てきたそれに困惑しつつも、グレッグが問い掛けてくる。


「これは?」

「ブロコリー共和国に、新しくトーネル商会ができたことは話したな」

「はい」

「取り扱う商品がグレッグ商会とコンメル商会と同じとなれば、他の商人があらぬ方向に噂を流すかもしれない。そこでだ。このシンボルを掲げておくことで、トーネル商会はグレッグ商会とコンメル商会に関連する商会だと思わせることができるというわけだ」

「なるほど、それは名案です!」


 俺の説明に納得してくれたグレッグが大きく頷く。しかし、すぐに新たな疑問が浮かんできたようで、続けて俺に問い掛けてくる。


「ところで、この幌馬車の下に書かれた文字はなんです?」

「ああ。それはグレッグ商会とコンメル商会とトーネル商会が、俺の息のかかった商会という意味の組織名の頭文字を取った言葉だ。ローランド・コンツェルン・グループ。略してRCGだ」

「うっ、うぅ……」


 俺がRCGの説明をすると、何故かグレッグは涙を流し始める。それほどまでにこのRCGという言葉が嫌だったのだろうかと思ったが、俺の予想は外れてしまう。


「ようやく……ようやくこの商会を坊っちゃんにお返しできる時が来たということですね」

「は? 何を言ってるんだ?」

「ですから、これからはこのグレッグ商会をローランド商会に名を変え、坊っちゃんが商会長に――」

「ならないぞ」

「え?」

「え?」


 何かグレッグと俺の中でおかしな行き違いが起こっているようで、何故か彼の中では俺が新たにグレッグ商会の商会長に就任するという構図になっているらしい。


 グレッグには悪いが、俺にそんな気はさらさらなく、今まで通りグレッグ商会はその名前を持つグレッグにやってもらうつもりだ。


 俺が作ったRCGという言葉はあくまでも組織名であり、俺が頭になって三つの商会を引っ張っていくという意味ではない。その証拠として、このRCGという言葉の意味はグレッグとマチャドとトーネルの三人にだけ教えて、他の人間には教えないつもりだ。


 そのことを説明してやると、先ほどの涙が嘘のように落ち込んだ様子だったが、勝手に勘違いしたのはグレッグなので、フォローするつもりはない。


 大体俺との付き合いが他の人間と比べて長いグレッグならば、俺が面倒なことは避ける性分だと理解しているはずだ。そんな俺が商会の長などという面倒なことをやるかと問われたら、断じて否と返答することは想像に難くないはずだ。


 だというのに、どこをどう間違って商会長を引き継ぐということになるのか、理解に苦しむ。それに、仮に俺が商会長をやるならば、表舞台に立つ代表者を他のものにやらせ、自分は裏方で暗躍するという方法を取る。現に、グレッグ商会を含めた他二つの商会はその方式を取っているのだから……。


「私は坊っちゃんの後ろ盾でグレッグ商会の商会長という地位をもらっていますが、今までこの商会の長としてそれらしい貢献をしたことがないのです」

「商会の経営を任せているじゃないか」

「それもすべて、坊っちゃんが作り出した素晴らしい商品を売り捌く誰にでもできる簡単な仕事です」

「なるほど。よくわかった。やはり、お前をグレッグ商会の商会長にしたのは正解だったな」

「どういうことでしょうか?」


 こういった場合、欲の深い人間であれば自分の赴くまま好きなように商会を支配するのが普通だ。だが、グレッグはそういった傲りを見せず、健全な経営を心掛けてきた。それだけでも貴重な人材であることは明白であり、そういった人間はなかなかいないのだ。


 であるからして、グレッグ商会の代表はグレッグでなければならないのだ。今までも、そしてこれからも。


「坊っちゃん……それほどまでに私のことを」

「当たり前だ。お前は俺が出資している商会の代表だぞ。そんな重要な役をそこらへんにいる奴なんかに任せられるか」


 まあ、ぶっちゃけグレッグとの出会いはたまたまだったんだが、結果的には俺にとってグレッグはいい拾いものだったということは間違いない。


 俺がそれを言ってやると、再び泣き出してしまった。おっさんの泣いてる姿なんてあまり見たくはないが、見苦しいから泣くなとも言えず、泣き止むのを待つ。


 しばらくして泣き止んだグレッグは、どこか憑き物が取れたような清々しい顔をしていた。


「坊っちゃん、これからも精進いたしますので、今後ともよろしくお願いいたします!」

「こちらこそ、商会を頼んだ」


 そして、俺たちはどちらからともなく握手を交わし、商会を後にした。ちなみに、この後コンメル商会とトーネル商会に寄って同じ説明をしたら、二人とも「ローランド様が商会長になるのですか?」と言われ、同じように説明させらてたことを付け加えておく。

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