ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

267話「大切なのは、複数の力ではなく個の力である」



 ダンジョン攻略を開始してからおおよそ二週間が経過する。現在、その足並みは停滞していると言ってもいいが、参加者たちのレベルは確実に上がっていた。


「これより、ルッツォのビッグスライム単独撃破試験を行う。では、始め!」


 この二週間という期間で、俺が行ったことは主に二つ。一つは、参加者一人一人の個人の力を引き揚げることだ。そして、二つ目は一つ目を踏まえた上での一階層のボスを単独で撃破できるだけの経験を積ませるということだ。


 前回でも触れたことだが、参加者たちの主な攻撃方法は拳などの自身の肉体を使った肉弾戦と、武器を使った攻撃のどちらかを使用していた。だが、これからのことを考えれば、これだけでは戦力的に少々足りない。


 そこで俺が着目したのはやはり魔法だ。改めて、参加者全員に魔法を使った戦略がいかに大事かを説いて回り、実践的な魔法の使用も取り入れることで、魔法を組み込んだ戦い方ができるようになった。


 もちろん、魔法を使いこなすこと自体が才能が必要ではあるものの、それはあくまでも独学で行った場合においてのみであるというのが俺の考えだ。
 しっかりとした魔法習得のノウハウを知っている者から教われば、ある程度であれば魔法を実践レベルにまで引き上げることは比較的簡単である。それが証拠に――。


「【火球】!」


 ルッツォの手から放たれた火魔法が、ビッグスライムに直撃する。弱点であろう火魔法を受け、途端に動きが鈍くなったところを持っていた武器で追撃する。


 以前にも説明したと思うが、この世界での魔法の概念は“頭でイメージしたことを魔力を使って表現する”というものであり、RPGのような決まった詠唱や呪文を唱える必要性はない。


 例えば、火の玉で攻撃するという魔法を発動させたい時ならば、頭のイメージさえしっかりしていれば【ファイヤーボール】でも【フレイムボール】でも【フレアボール】でも何でも構わないのだ。


 もちろん、呪文名すら唱えない完全無詠唱すらも可能だが、それには相当な修練が必要となってくるため、彼らにそれを望んではいない。


 そんなわけで、参加者全員が何かしらの魔法を組み込んだ戦い方を覚え、それに加えて一階層のボスであるビッグスライムを単独で撃破できる実力を備えるまでひたすら修行した結果が今目の前にある光景であった。


「これで終わりです。といっ!」


 最終的に武器での止めとなったが、ルッツォが単独でビッグスライムを撃破できたという結果に変わりはなかったので、見事合格である。


「そこまで。合格だルッツォ。ここまでよく頑張ったな」

「ありがとうございます。まさか、私がここまで強くなれるとは思っていませんでしたよ」


 ルッツォに試験合格を告げると、嬉しそうにそんな感想を漏らす。今まで料理に打ち込んできた男が、料理以外の何かに心血を注ぐということが新鮮だったのだと思う。


 ルッツォが試験に合格したことで、参加者全員がビッグスライムを単独で撃破できる実力が備わったと判断した俺は、次に二階層に進むことを提案する。


 先に試験に合格した者はずっとスライムやゴブリンばかりを倒し続けていただけに、俺の言葉に乗り気になって頷いていた。まったく、血の気が多くなったものだ。


 ルッツォの休憩も兼ねて十分ほどその場に留まり、ルッツォに問題ないかの確認を取ってから、俺たちはようやく二階層へと進むことになったのである。


 二階層のモンスターは一階層のモンスターに加え、新たにダッシュボアと角ウサギというモンスターが出現するようになる。どちらも低ランクであるため、今の彼らならば問題なく対処できるだろう。


「……」


 そんな風な予想を立てていたのだが、どうやら一階層での階層ボス単独撃破ができるまでの特訓が効いたのか、ダッシュボアと角ウサギなど相手にすらならなかった。


 経験者組は元より、素人組ですらほとんど苦戦することなくモンスターを撃破していき、あっという間に二階層のボスの扉の前まで来てしまっていた。


「ローランド様、いかがいたしましょう?」

「……このまま行こう。念のため、一階層の時と同じように二組に分かれてくれ」


 一階層とは打って変わってあまりの攻略スピードに驚いてしまったが、早くクリアできることに越したことはないということで、そのまま二階層のボスに挑戦することにする。


 二階層のボスは、ゴブリンリーダー三匹とゴブリン二十匹の群れという構成となっており、これはさすがの使用人たちも苦戦するかに思えた。だが、実際は……。


「【石礫】!」

「【水の槍】!」

「【風切り】!」

「【ファイアーアロー】です!」

「……【アクアボール】」


 ミレーヌ、モリス、リリアナ、マーニャ、ステラの順に、戦闘が始まってすぐにそれぞれが魔法をぶっ放す。各属性の魔法がゴブリンたちに襲い掛かり、すべての魔法の効果が発動し終わった時には、生き残っていたのは満身創痍のゴブリンリーダーが二匹だけであった。


 そんな状態のゴブリンリーダーを仕留めることなど、今の彼女たちにとっては赤子の手をひねるも同然であるため、すぐにゴブリンリーダーも倒されることになった。随分あっさりとした結末に少々驚いていたが、一番驚いていたのが実際戦っていた彼女たちだろう。


「ウソ」

「こ、こんなに簡単に」

「魔法しか使ってません」


 元素人組のミレーヌ、モリス、リリアナが驚きの表情を浮かべる中、経験者組のマーニャとステラはさも当然といった具合に涼しい顔をしている。


 こういうことに関しては、未だ経験者と素人の差なのだろうと内心で思案しつつも、そのうち慣れてくるだろうと判断し、その日は二階層のボス周回をやって終了した。





     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「【土の槍さん】ですぅー!」


 そのままボス周回を続けることさらに一週間が経過し、二階層のボスの単独撃破もこれにて終了となった。今思えば、ここらあたりからおかしくなり始めたのかもしれない。


 ニッチェの土魔法が炸裂し、ゴブリンリーダーを含めたすべてのモンスターが倒されてしまった。これで参加者全員が二階層のボスの単独撃破が完了したのだが、ここでソバスがある疑問をぶつけてきた。


「ローランド様、一つよろしいでしょうか?」

「なんだ」

「ボスを単独で撃破することに意味はあるのですか? 複数人でも倒せればよろしいのでは?」


 確かにソバスの疑問は尤もだが、それでは複数人という限定的な条件下でなければボスが倒せないということになってしまう。それでは、本当の力とは言えない。


 それに加え、常に複数の味方が傍にいるという状況が約束されているというわけではないため、単独ですべてを解決できる圧倒的な力があれば、いかなる状況においても問題ないと考えたからだ。


 これは多分だが、俺が仲間や配下を傍に置くことなく、常に一人で行動してきたことが原因なのだろう。しかし、足手まといになる味方が傍にいるよりはマシだとも思っている。


 だからこそ、単独で撃破するということが大事であり、ボスを単独で撃破できるのなら、さらにもっと強いボスなら複数人で戦えば勝てるという可能性を見い出すことができるのである。


「というのが俺の考え方だ」

「な、なるほど。ローランド様のお考えはわかりました。ですが、このペースでは王都に戻るのはかなり先の話になりそうですね」

「そうだな。だが、強くなるのに近道はない。それはソバス。お前もよくわかっているはずだろう」

「もちろんですとも」


 俺の解釈にどこか納得のいった様子のソバスだったが、彼の言う通りこのままのペースで攻略を進めていては、一年経っても三十階層に行けるかどうかわからない。かと言って、複数人による力で攻略を進めても個人の力が必要となる時に肝心な力を発揮できない。ではどうするのか?


「仕方ない、アレをやろう」

「アレでございますか?」


 俺の呟きに反応したソバスだったが、俺がその質問に答えることはなかった。何故なら、俺の頭の中ではすでにある計画に向けて頭を回転させていたからである。


 こうして、個の力を手に入れるための新たな修行が幕を開けようとしていたのであった。

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