ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

252話「ちょっとしたトラブル」



 俺がマルベルト領にクッキーの作り方を伝授してから数日が経過した。その間、オラルガンドでのクッキー販売と商業ギルドにレシピの譲渡と販売が開始されており、王都に関してもレシピ販売と王都近隣の都市にレシピを伝達するための計画もつつがなく実行された。


 現在、王都、オラルガンド、マルベルトの三拠点にクッキー販売を展開し、シェルズ王国一番目と二番目に規模が大きな都市である王都とオラルガンドではかなり人気となりつつある。


 そして、レシピ販売についても興味を示した料理人や商人たちがこぞって購入をしており、それを元にして作られたクッキーの販売も少しずつ増えてきている。


 多少懸念があるとすれば、やはり予想した通り原材料に掛かるコストの問題から他店の販売価格は、一枚につき小銅貨四枚から五枚が相場となっており、とてもではないが小銅貨一枚などという超低価格の値段設定にはできないらしい。


 それでも、庶民が手に入れられる甘味としては破格の値段であることに変わりはなく、どの店も連日客で賑わっている様子だ。


「五十枚だ」

「こっちも五十だ」

「あ、あたしも」

「ありがとうございました」


 そんなことがここ数日ありながら、今日も朝からメランダたちの様子を伺っている。相変わらず、作れば飛ぶように売れていくクッキー屋台を横目で見ながら、俺はここ数日人の動きを観察している。


 屋台にやってくる客のほとんどがクッキーを買いに来る者ばかりだが、中にはそれ以外の目的を持ってやってくる人間もいる。その一例を挙げるのなら、クッキーのレシピの詳細を知ろうとする同業者だ。


 レシピは既に商業ギルドに譲渡しているため、今のところ屋台にレシピの詳細を聞きに来るという無粋な人間は現れてはいないが、クッキーを求める客に混じって、明らかに屋台の中をジロジロと窺う者が一定数いる。
 おそらくは、うちのクッキーの価格が小銅貨一枚であるにも関わらず、利益を上げている秘密を探りに来ているのだろうが、そんな大層な秘密はなく、ただ単に原材料に掛かるコストが小銅貨一枚を割り込んでいるからだ。


 クッキーの材料は小麦粉、卵、砂糖だが、小麦粉と卵は俺の屋敷内で栽培飼育している物を使用しており、砂糖に関しては原産地である村に直接買い付けに行っているため、実質的にクッキーを作るのに掛かっている原材料費は砂糖のみということになる。


 その砂糖についても、先日国王の許可を貰い、俺の屋敷でサトウキビ栽培を始め、既に一定数砂糖を生産するラインが出来上がっている。マルベルトとオラルガンドについても、同じく国王の了解を得て市場に影響を及ぼさない程度であれば栽培していいというお墨付きをもぎ取った。


 許可を取る際、少しだけ王妃サリヤと王女ティアラに「砂糖の栽培ができれば、この国どこでもクッキーが食べられるようになる計画が進む」と話すと、国王を強制的にどこかに連れて行った。戻って来た国王の顔が引っ掻き傷だらけだったことについては、敢えて突っ込まないでおいた。


 そんな事情からクッキー一枚当たりに掛かるコストが下がったため、ますます小銅貨一枚という超低価格でもそこそこの利益が出るようになったのだ。


「おい、原材料の仕入れルートを教えろ!」


 しばらく屋台の様子を見ていると、順番が回ってきた客の一人が騒ぎ始めた。どうやら、うちのクッキーの価格の秘密が原材料のコストが掛かっていないことに辿り着いたらしく、その仕入れ先を聞き出そうとしてきたのだ。


 確かに、原材料の仕入れが超低価格の秘密ではあるが、すべての材料を間接的に生産者から仕入れているのではなく、生産自体を行っているため、実質的に仕入れがゼロという簡単なからくりなのだ。


 それ故に、仮に仕入れ先を聞き出したところで、俺のところから仕入れることになったとしても、仕入れ値は相場の金額を要求することになるだろうから、あまり意味はない。


「おい、おっさん。ここはクッキーを売る店なんだよ。買う気がないなら帰った帰った」

「うるせぇ! お前らのとこだけ小銅貨一枚とかおかしいだろ!!」

「そんなのオレの知ったこっちゃねぇよ。雇い主がその金額で売るって決めたんだから、オレらはその金額で売ってるだけだ」


 男が喚き散らす中、それを対応したのはカリファだった。意外にも冷静に男の言葉に返答する彼女を見て、内心で密かに感心してしまう。
 あの手の人間はすぐに暴力に訴えかけると思っていたのだが、なかなかに冷静沈着な応対を見せている。


「それによぉ。仮にうちらが出してる金額で儲かってなかったとしたら、仕入れ先を聞いても結局儲かる値段を付けないとダメなんじゃねぇの?」

「ぐっ」


 そうなのだ。店というのは、何も利益を出すために行っているとは限らない。今回のように売っているもの自体を周知させるために赤字覚悟で販売するという可能性もある。


 尤も、うちの屋台の場合は小銅貨一枚でもきちんと利益が出ているため、赤字の心配は一切ない。自給自足様様である。


「何の騒ぎだ?」

「おいお前、大人しく詰め所に来い」

「放せ! 俺は悪くない!!」


 そうこうしているうちに、巡回の衛兵がやってきて男を連行していった。騒ぎが静まったところで、営業が再開する。


 後で聞いた話によると、男は商業ギルドでクッキーのレシピを購入し、原材料を揃えて販売を始めたが、どう頑張っても小銅貨四枚以上の値段を付けなければ元が取れない。
 ところが、うちの屋台では小銅貨一枚という価格で売られており、これは何かあると考えた結果、仕入れにからくりがあると考えた男は、店に突撃して仕入れ先を聞き出そうとしたらしい。


 だが、カリファからの指摘を受けて、利益度外視で営業している可能性を考えていなかった男は、あえなく撃沈し、営業妨害という形で衛兵にしょっ引かれることになってしまったのである。


「ん?」


 男が連行されるのを見届けていたその時、どこからか視線を感じた。何かと思いその視線の正体に気付いた俺は、その相手に向かって首を横に振る。


 その視線の正体とは、ここ数日非常事態に備えて待機させているステラたち隠密組だ。店の営業を妨害してくる相手に対処するべく、連日店を見張ってもらっているのだが、残念なことに店に嫌がらせしてきた人間は出て来ず仕舞いで、トラブルらしいトラブルは今日が初めてだった。


 彼女たちには、嫌がらせをしてきた相手から誰に依頼されたのかを聞き出すよう指示を出している。だが、今回の場合は依頼主はおらず、男自身の単独によるものだと見ていいだろう。


 うちの店にそういった嫌がらせがこないのも、俺が最初の段階でクッキーのレシピを商業ギルドに譲渡したことが起因している。


 通常であれば、クッキーのレシピを何とか聞き出そうと、店に何かしらのコンタクトを取ってくるのだが、既に商業ギルドにクッキーのレシピを教えてあるため、リスクを冒してまで突撃してくる人間がいないのだ。


 商業ギルドに行けば手に入るレシピを、わざわざレシピの提供元であるうちに突撃したところで「レシピなら商業ギルドに譲渡したから、そこで手に入る」という答えを言うだけなのだ。


 それもこれも、俺が商業ギルドにレシピを提供した時期が早過ぎたことが要因なのだが、結果的にステラたちの出番を潰してしまう結果に終わってしまったようだ。……許せ。


「とりあえず、これでクッキーに関してはある程度軌道に乗ったと見ていいかな」


 クッキーを国全土に行き渡らせるという計画はまだ完了していないが、もう俺が直接動く必要はないと判断し、あとは成り行きに任せることにした。


 余談だが、クッキーという食べ物は瞬く間にシェルズ王国全土に広まり、それは国境の垣根を越え、最終的には大陸中に広まることになるのだが、それはまた別の話である。

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