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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

249話「次の一手」



「五十枚ください!」

「俺も五十だ!」

「わ、私も」

「……」


 商業ギルドでレシピ販売が決定してから数日が経過した。すでに王都では、庶民でも買える甘味としてクッキーという食べ物があるという噂は、噂の領域を限界突破し、当たり前の情報として周知されつつある。


 連日、訪れる客は日ごとに増しており、増設した屋台をもってしても捌ききれないほどの客が押し掛けてきている。シェルズ王国を支える王都の人口は、百万人を優に超えている。その百万人全員に行き渡らせるようにするためには、とてもではないが三台の屋台では供給量が追いつかない。


 結果として、朝から販売が開始するうちの屋台は昼になる頃には原材料の在庫が底を尽き、営業を強制的に終了する事態にまでになっている。


 供給量も一日当たり千や二千人分程度しか賄えていないため、大多数の人間がクッキーを買えずに去って行くという光景がここ数日繰り広げられていた。


 クッキーのレシピ販売については、あのあとレシピが記載された用紙とレシピ譲渡に関する契約書を作製し、正式に契約することができたのだが、実際レシピが販売されたのは昨日であるため、未だ俺たち以外のクッキー売りは出てきていないのが現状だ。


 あと数日もすれば、儲け話に聡い食べ物を扱う商人が動いてくれると思うが、それまでこの砂糖に群がるが如くに押し寄せる客を相手にしなければならないと思うと、かなり堪えるものがあるだろう。尤も、実際に客を相手にしているのはメランダたち奴隷なんだがな……。


「お待たせしました。大銅貨四枚と小銅貨七枚になります。ありがとうございました。いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」


 ここ数日作業にも慣れたようで、三台の屋台に二十人の奴隷たちを三分割に分けてやらせているが、客を捌くスピードやクッキーの生産速度が目に見えてよくなってきている。


 給金が出るとはいえ、彼女たちに払っている金額では労働量的に割に合わないことは明白であり、文字通りブラックな企業一歩手前に成り下がっている。


 だが、文明力の低い世界では労働基準法などという労働に対する法律の規制が皆無に等しく、どこもブラック寄りな雇用形態になりがちであるため、うちが特別ブラックであるという訳ではない。


 寧ろ、衣食住については保証されており、風呂ではないが体を清めることができる水浴び場もあるため、福利厚生についてはこの世界の基準で見れば、高水準に位置していると言えなくもない。


「メランダ。俺は少し出掛けてくる。店を任せたぞ」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ」


 俺はメランダに店を任せ、屋台を後にする。人気のない場所に移動し、瞬間移動を使って転移したのはオラルガンドにあるグレッグ商会の執務室だ。


「これは、ローランドの坊っちゃん。お久しぶりです」

「久しいなグレッグ。元気だったか」

「ええ、坊っちゃんの恩に報いるためにも、身を粉にして働かせていただいておりますとも! それよりも、行方知らずになっていたと思ったら、どこに行っておられたのですか?」

「まあ、いろいろあってな。とりあえず、商売の話をしよう――」

「ここから、ご主人の匂いがする! いたぁー!!」


 グレッグとクッキー販売についての話をしようとしたその時、執務室の扉を蹴破って入ってきたのはウルルだった。獣人特有の嗅覚で俺の匂いを嗅ぎつけてきたらしく、その察知は神がかっている。


 もっと他のことにそのやる気と才能を生かしてほしいと考えていると、感極まったウルルが俺に抱き着かんと飛び掛かってきた。


「ひらり」

「へぶっ」


 ウルルの突進に近い抱き着き攻撃を華麗に躱す。当然その勢いは止まるわけもなく、そのまま床に顔をぶつける格好となってしまった。


 間の抜けた声を上げながら床に顔を埋めて動かなくなったウルルを見下ろしていると、執務室に誰かやってくる。


「グレッグさん、こっちにウルルが来たと思うのですが……。ロ、ローランドさん!? いつの間に来てたんですか?」


 そこにやってきたのは、いつぞやの元スラムの住人のナタリーことゲロリーだった。どうやら、いきなりウルルが仕事中に奥に引っ込んだのを追い掛けてきたらしい。


 俺の姿を見つけると目を見開いて驚いていたが、すぐに落ち着きを取り戻し挨拶をする。


「久しぶりですね。ここ一月くらい顔を見せてなかったんじゃないですか?」

「久しぶりだなゲロリー」

「ぐっ、そ、その呼び方はやめてください……」


 そんなやり取りの後、ウルルが復活してきて俺に再度突撃を試みようとしていたが、ナタリーに首根っこを引っ掴まれ、あえなく引っ張って行かれた。去り際の「ごしゅじーん! ごしゅじーん!!」と叫びながら縋るように両手を伸ばす姿は、なんだか見ていて切ない気分になった。


「さて、邪魔が入ったが仕事の話だ。グレッグ、この商会でも飲食業をやるぞ」

「飲食業ですかい?」

「ああ、まだオラルガンドには情報は流れてきていないだろうが、王都のコンメル商会でクッキーという食べ物を販売する屋台を始めた」

「クッキー、ですか?」

「これだ、食べてみろ」


 俺はそう言ってクッキーの入った紙袋を取り出す。紙袋に手を突っ込み、一枚のクッキーを手に取ったグレッグは少々遠慮がちにクッキーに齧り付く。


 しかし、すぐにクッキーの美味さを理解したらしく、残っていたクッキーを勢いよく口の中へと放り込んだ。


「これがクッキーという食べ物ですか。なかなかに美味いですな。それで、うちでもこのクッキーの屋台を始めるということですが、商会の従業員から人を出すんで?」

「いや、また奴隷にしよう。ということで、行くぞ」

「またですかい? 坊っちゃんも奴隷を持った方がいいでしょうに」

「大抵のことは自分でできるからな。逆に奴隷なんて持ったら邪魔になる可能性が高いぞ」

「そんなもんですかね」


 などと会話をしつつ、俺たちは奴隷商会へと向かう。瞬間移動で奴隷商会の近くまで移動し、王都で購入した奴隷と同じ条件の奴隷を購入する。


 ただし、王都と異なるのは購入した奴隷は全部で四十人ほどで、割合的に料理組の人数を多くしてある。


 前回と同じく飯を食べさせ、体を洗わせ、服も買わせた。そして同じくクッキーの作り方をレクチャーし、王都の奴隷たちと同じ状況を作り上げ、そのままグレッグに一任する。


 そのあと、グレッグ商会の敷地内に奴隷たちの住居を建築し、今後の方針を概ね伝えると、そのまま次の目的地へと向かうつもりだったが、オラルガンドでの準備に時間が掛かってしまいもう既に時刻は夕方になっている。


「じゃあ、後のことは任せたぞ」

「わかりました。お任せを」


 グレッグにそう言うと、俺は一度王都へと戻りその日の活動を終えることにした。

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