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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

248話「レシピ販売」



 メランダたちの元へと戻ってきた俺は、手に入れてきた屋台を取り出す。すぐに竈の準備をし、奴隷たちを三分割に分けて三つの屋台を稼働させる。


 並んでいた客たちもそれに倣うかのように三つの列に別れ、確実に客を捌くスピードがアップした。これで収益率が向上し、短い時間で多くの需要に応えることができるようになった。


 だが、それとは反対に屋台を二つ追加したことで、奴隷一人当たりの仕事量は増えており、明らかに一台で運用していた時よりも奴隷たちが慌ただしく働いているのが見て取れた。


 奴隷たちはそれぞれ料理組、接客組、護衛組の三つの役割分担に分けているが、その中でも特に料理組の負担が大きいようだ。そりゃあ、六人でやっていたものを二人だけでやるとなると、単純に作業量も増えるだろうし、慣れていない作業もこなさなければならないので、作業スピードが落ちてしまう。
 それでも、屋台自体の台数は増えているため、クッキーの生産量は確実に向上しているはずなので、あとは他の料理組に頑張ってもらうほかない。


 接客組は基本的に客の注文を聞く係とクッキーを紙袋に詰めるなどの雑用しかやることがないため、手の空いている者は列の整理だったり、自分の番が回ってくるまで待機していたりしている。


 護衛組に関しては、トラブルが起こってからでなければ動くことがないため、他の組の邪魔にならないように屋台の裏手に回って待機している。女性といっても元冒険者や元傭兵であるため柄が悪く、不快感や不安を与えないように客の目の届かないところにいるようだ。


「メランダどうだ? 三台でやれそうか?」

「今は少しきついところですが、慣れれば問題ないかと思います」

「まあ、頑張ってくれ」

「はい!」


 そう元気よく返事をすると、自分の仕事へと戻って行った。しばらく奴隷たちを観察していると、メランダの言った通り少しずつではあるものの、各々の仕事に慣れてきているようで、最初の頃よりも作業効率が上がってきているように思えた。


 しかしながら、クッキー販売を開始してまだ二日目であるため、客足はまだまだ衰えを知らない。寧ろ、王都にいる人間の大多数がまだクッキーという食べ物が販売されていることを周知しておらず、今後も客足は増えると予想できる。


 そうなれば、今以上に客が押し寄せることになり、今の状況でも対処しきれなくなってくるのは目に見えている。これは……どげんかせんといかんか?


「というのが俺の意見なんだが、マチャドはどう思う?」

「その意見で概ね間違っていないかと思います」

「どうする? 新しく奴隷を増やすか?」

「でしたら、先にレシピを商業ギルドへ譲渡してしまってはいかがでしょう。そうすれば、他の者もクッキー販売ができるようになりますし、時間が経てば我々の負担が減るかと」

「うーん、そうだな。もう少し利益が出てからと思っていたが、このままでは人手が足りなくなって先に奴隷たちが倒れそうだ。よし、そうと決まれば商業ギルドに話をつけるぞ」


 本来であれば、奴隷の購入代金などを含めたクッキー販売に投資した分の資金を回収してからレシピの譲渡販売を行いたかったが、このままだと人手を増やし続けることになりそうなので、すぐにでもレシピの譲渡販売を行うべきであると判断した。


 クッキー販売の目的がクッキーという食べ物を広めるという目的である以上、仮に赤字になったところで別に問題はないのだが、商売としてやるからには赤字よりも黒字の方がいいに決まっている。しかし、今回は利益よりもレシピを広める方を優先するべきだ。


 俺はメランダに再び出掛けると伝え、そのまま商業ギルドへと向かった。若干貴族モードを起動しながら、商業ギルドの受付カウンターにいる受付嬢に話し掛ける。


「少しいいか」

「はい、どうされましたか?」

「例の件についてギルドマスターに会いたい。取り次いでくれ」

「例の件というのは?」

「それを君が知る必要はない。とにかく、ローランドが来たとギルドマスターに伝えてくれ」

「も、申し訳ございません。ギルドマスターはただ今面会中でございまして、少々お待ちいただけますでしょうか?」

「わかった。だが、一分待たせる毎に提示する条件を厳しくするだけだから、早く来た方が身のためだと伝えてくれ」


 そう受付嬢に伝え、俺とマチャドは別のギルド職員の案内で応接室に通される。応接室に通されること約二分後、急ぎ足で入ってくる人物がいた。商業ギルドギルドマスター、リリエールその人である。


「お待たせいたしました」

「……二分か。まあ、それなりってところか。まずは久しぶりと言っておこう」

「お久しぶりです」


 とりあえず、お互いに再会の挨拶を交わしコミュニケーションを図る。そして、俺はそのまま押し黙り沈黙を貫いた。だが、業を煮やしたリリエールがすぐさま問い掛けてくる。


「それで例の件とはなんでしょうか? ローランド様とは取引をした記憶はございませんが……」

「ただの方便だ。公の場で口にできない機密が含まれていたからな。敢えてそういう言い方をしただけだ」

「そうですか。それで?」

「これを知っているか?」


 彼女の問いに適当な答えを返すと、俺はストレージから紙袋に入ったクッキーを取り出し、テーブルへと置く。中を確認したリリエールが、俺の問いに首肯しながら返答する。


「はい、確かクッキーという甘味で、ここ最近王都で噂され始めた食べ物ですね。値段も手ごろで、庶民でも手に入り易い甘味として店は長蛇の列ができているとか」

「さすが王都の商業ギルドギルマス。たった二日しか経っていないのに、そこまで情報を得ているとはな」

「もしかして、このクッキーはローランド様が?」

「正確には、俺が出資している商会が主体で動いている」


 クッキー販売が始まって僅かな時間しか経過していないにも関わらず、ある程度の情報を得ていることに俺は内心で感心する。腐っても王都のギルドマスターはやっていないということか。……まあ、腐ってはいないがな。


 とにかく、そこまで情報を得ているのであれば話は早いとばかりに、俺はリリエールに提案を持ち掛けた。


「実を言えば、このクッキーはお金を稼ぐことが最終目的ではなく、クッキーそのものを広めることが目的なんだ」

「なるほど」

「もし、もしこのクッキーのレシピをこの商業ギルドに譲渡すると言ったら……お前はどうする?」

「それは、是非譲ってもらいたいですね」

「だが、販売する際にいくつかの約束を守ってもらうことがレシピを譲渡する条件だがな」

「その条件をお聞きしましょう」


 クッキーのレシピを販売するにあたっての条件は以下の三つだ。


 ・レシピの販売価格は庶民でも入手が可能な金額であること。

 ・レシピを使って商いを行う際、屋台やその他のサポート体制を充実させること。

 ・今後レシピを真似て作った類似品が出てきたとしても、規制などの取り締まりをしないこと。


 一つ目の条件を付ける理由としては単純で、誰でも手に入れることができるようにするためだ。目安としては小銀貨一枚から三枚を目安とする。


 二つ目の条件として商人だった場合は問題ないが、あまりそういうことに慣れていない素人が初めて商いをする場合がある。そのサポートを商業ギルドで行ってもらうためだ。


 最後の条件としては、レシピ以外の製法で作られたクッキーも今後出てくることが予想できるため、そういったクッキーを規制しないことで、クッキーという食べ物を広める一助になるからだ。


 この三つの条件を商業ギルドに約束させ、今後は国内にあるすべての商業ギルドでレシピ購入ができるようにしてもらうことで、さらにクッキーを広めることができるようになるだろう。


「以上が条件だ。守れそうか?」

「そうですね。問題ないかと思います。個人的にはもう少し値段を高くしたいところですが」

「それだと意味がない。あくまでもレシピを公開する目的は、クッキーという食べ物をこの国に広めることだからな。高いとクッキー売りの店がなかなか増えない」


 その後、何か不備が出た場合の対応策や細かい決め事を話し合い、なんとか商業ギルドにレシピを譲渡することができることになった。


 契約書と具体的なレシピが記載された紙を作製するため、とりあえずのところは解散する流れになった。


「では、レシピ販売の件よろしく頼む」

「こちらこそ、お願いいたします」


 そこでリリエールと握手を交わす。白く透き通るような肌をした小さな手は柔らかく、力を入れると簡単に壊れてしまいそうだ。尤も、俺の手の方が小さいのだがな。


 こうして、商業ギルドを介したレシピ販売が開始されるのであった。

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