ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

247話「追加注文」



 翌日、朝の支度を済ませ、俺はコンメル商会へと向かう。コンメル商会に行く前に俺の屋敷の庭と孤児院に立ち寄って、クッキーに必要な材料を調達する。


 諸々の材料を調達しコンメル商会に到着すると、既に奴隷とマチャドが俺を待っており、俺を待ち構えていた。


 簡単に一言挨拶を交わし、昨日のうちに準備しておいた魔法鞄をメランダに手渡す。


「ご主人様、これは?」

「それは、昨日使った屋台とクッキーの原材料が入っている魔法鞄だ。それと、俺はお前の主人じゃない。間違えるな」

「……魔法鞄ですか」


 そんなことを言いながら、俺のご主人様呼びの指摘を華麗にスルーするメランダ。彼女に渡した魔法鞄は少し特殊な作りになっている。


 鞄の中は時間経過による劣化がなく、容量も二トンとそこそこある。だが、ひったくりや置き引きによる防犯対策として、魔力による認識機能が付いており、登録した魔力以外の人間から一定の距離まで離れると、登録した人間のすぐ近くまで転移で戻って来るのだ。


 脅威なのは、例えこの魔法鞄を別の魔法鞄の中に入れて持ち去ろうとしたり、この世界とは別の空間に隔離したりしても、同じように持ち主の手元に戻ってくるのだ。


 つまりは、この魔法鞄を持つことができるのは、事前に魔力を登録しておいた人間のみで、それ以外の人間では魔法鞄を持ち去ることはほぼ不可能に近い。


 ちなみに、魔力の登録は俺が直接魔法鞄に触れている時のみしか登録できず、それ以外では登録することはできない仕様となっている。


 言うまでもないが、この魔法鞄の製作者は俺であり、事実上この鞄を持っているのは俺だけになっている。俺と同じ時空属性の魔法を使える人間であれば、時間経過による劣化がないものは作れるかもしれないが、登録者の手元に戻ってくるという魔法鞄は、時空魔法の中でも転移に関連するものであるため、同じものが作れる可能性があるとすればナガルティーニャくらいだろう。


 この世界の人間から見て、国宝級の魔法鞄を持っているとは思わないだろうメランダたちだが、敢えて言うことでもないため、さっさと魔力登録を済ませ魔法鞄の管理を任せる。


 これで俺がいなくとも勝手に屋台を出すことができるので、いつでもクッキー販売をすることが可能になった。そして、その足で昨日と同じ露店の区画に移動する。


「おぉ、やっときたか!」

「早く、早く売ってくれ!」

「朝から並んだ甲斐があったわ!」


 昨日と同じ場所には、すでに数十人の列が形成されており、俺たちの姿を見てさらに多くの客が列を成している。その中には昨日クッキーを買えなかった客も含まれており、開店前だというのにその列は百人に手が届きそうな勢いだ。


「じゃあ、昨日と同じ感じで頼む。俺とマチャドはちょっと用があるからな」

「かしこまりました」


 そう言って、奴隷たちはすぐに開店準備を始め、さっそく営業を開始する。訪れた客は最大枚数の五十枚を買い求め、満足気に帰っていく。


 その光景を見届けると、俺は視線を感じる方向に向けて頷く。何が起こるかわからないので、できればこの場に留まりたかったが、ここはメランダたちを信用し、マチャドと共にある場所へと向かった。


 俺が向かった場所は、以前やってきた場所だった。無遠慮に扉を開け、奥に進むと相変わらず真剣な表情で作業に没頭する一人の中年男性の姿があった。ヘドウィグである。


 作業の邪魔にならないようしばらく彼の作業を観察したり、木工人形を作製してみたりしていると、作業が一区切りついたらしく、体を伸ばした時に出るような唸り声が聞こえてきた。


「ん、んっ~」

「一段落着いたようだな」

「うおっ、いつからそこにいたんだ?」

「そんなことよりも、至急竈付きの屋台を二台ほど作ってもらえないか?」

「急な話だな。……ついてこい」


 ヘドウィグの案内されるままについていくと、そこは完成した彼の作品が展示してある場所のようで、そこには五台の竈付き屋台が置かれていた。


「これは……」

「元々作ってあったのが四台。あのあと途中まで作っていたものが完成したんで、合わせると五台だ」

「二台売ってくれ、いくらだ?」

「金はいい。この間の礼だ」

「そうはいかん。確か相場は小金貨一枚だったな。ここに置いておく」


 俺はストレージから小金貨を二枚取り出すと、近くに設置してあった作業机の上に静かに置いた。それを見たヘドウィグがふんと鼻を鳴らして不満気な顔だったが、労働に対しての対価は支払うべきなので、そこは甘んじて金を受け取ってほしい。


「では、もらっていく。残りの三台は、あの商人のところに卸しておいてくれ。それと、あと追加で十台か二十台ほど作っておいた方がいい」

「そんなに必要なのか?」

「俺が使うんじゃなくて、今後竈付きの屋台が欲しいって奴が出てくるだろうから、余裕のある今のうちに作っておいた方がいいってことだ」

「わかった。用意しておこう」


 それだけ告げると、簡単な挨拶を交わし俺とマチャドはヘドウィグの家を後にした。新しく竈付きの屋台を追加購入できたので、これでクッキーの生産率が上がり、需要に対応できるようになったはずだ。


 そんなことを考えながらメランダたちのいる露店の区画へと戻ってみると、何やら入り口付近が騒がしい。何事かと思い近づいてみると、男二人が取っ組み合いの喧嘩をしていた。


「なんだあれは?」

「なんでも、先に並んでいた男の前に後から来た男が割り込んだらしいぜ。それで言い合いになって最終的にああなった」

「やれやれ。割り込んだ男はどっちだ?」

「ああ、今馬乗りになってる男だ」

「そうか」


 男たちの喧嘩を見ていた野次馬の一人に詳細を聞き、俺は男たちの元へと歩み寄る。元は割り込んだ男が悪いのは明白であるため、俺は馬乗りになっている男の首根っこを掴み上げる。


「わぁ! お、お前なにすんだよ。放せよ」

「何をするというのはこちらの台詞だ。うちの店の前で暴れるのなら、今後はあんたを出禁にするぞ」

「はぁ!? 坊主はあの店の店主か何かか? そんなことできるはずねぇだろ!」

「残念ながら、その店を出してる商会の出資者が俺だ。だから、その気になればあんた一人を出禁にすることは訳なくできるぞ」

「う、嘘だろ……」

「信じないならそれでいい。二度とあの店で買えなくなるだけだ」


 俺がそう言ってやると、途端に大人しくなる。俺が男の首根っこを掴んでいるため、力でも勝てないことを理解しているのだろう。そんな男に向かって俺は選択肢を与えてやる。


「お前の残された選択肢は三つだ。この人に謝って最後尾に並びなおすか、この人に謝ってまた今度買いに来るか、謝る必要はないが出禁になるかだ。さあ、好きな選択肢を選べ」

「ぐっ」


 そう言ってやると、男は言葉に詰まりながらも、先ほどまで喧嘩していた男に「悪かった」と頭を下げる。そして、最後尾ではなくまた次の機会に並ぶようで、人ごみの中に消えていった。


「災難だったな」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 俺は一言被害を受けた男に声を掛けた。男はすぐに列へと戻って行ったが、喧嘩で怪我をしているようで、肩を押さえていた。俺は気付かれないようにヒールで治療をした後、メランダたちの元へと向かった。

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