ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
244話「クッキーフィーバー」
「五十枚くれ!」
「こっちもよ!」
「あたしも五十枚で!」
「は、はい。しょ、少々お待ちください!」
クッキー販売が始まって、数時間が経過した。そして、事態は俺の想定した通りに動いている。
現在、クッキー販売の屋台には長蛇の列が形成され、訪れる客も最大購入可能枚数の五十枚を注文する人ばかりだ。どうしてこうなったのかといえば、やはり人と人とが繋ぐネットワークの賜物だろう。
最初は物珍しさから購入する客ばかりだったが、購入した人間が他の人間に口コミで触れ込み、購入した客からクッキーのお裾分けをもらうことでクッキーという食べ物の価値を知った。
当然、価値のあるものなら自分でも手に入れたいと思うのが心情であり、ましてやそれが手ごろな値段で手に入るとあれば、庶民が放っておく訳もない。
SNSがないこの世界でも、有益な情報が伝播していくシステムがあるのは同じで、それが人の口から口へという違いだけだ。クッキーという甘い食べ物を売る屋台があるという情報は瞬く間に広がり、その情報の真偽を確かめるべく、屋台には長蛇の列ができている。
その列は途切れることなく、露店を出している区画の入り口まで続くという異例の光景だと近くの露店の店主が教えてくれた。
そんな状態の店を二十人で捌いているが、屋台に設置されている竈は一つしかないため、料理組のクッキーを作る生産速度が客が注文する速度に追いついておらず、客に待ってもらっている状態となっている。
基本的にこの世界では、客を待たせることは失礼になるということはないものの、それでも待つという行為が苦にならない訳ではない。
「おい、まだかよ!」
「早くしろよ!」
当然そういったことを言い出す客が出てくることも想定済みだ。だからこそ、荒事に長けている護衛組などというものを作ったのだから。
「悪いな。もう少しだけ待っててくれや」
「男だろ? ならどっしり構えて待ってろよ。そんなんじゃ女にモテねぇぞ?」
「ひぃ……」
「うっ……」
護衛組に雇った奴隷は、女だが基本的に人相が悪い。副奴隷長であるカリファを筆頭に、全員が堅気ではないというのが一瞬で理解できるほどには柄が悪いのだ。
女とはいえ、そんな人間に凄まれれば一般人では委縮してしまうのは仕方のないことだろう。だが、その相手が必ずしも一般人でない場合もある。
「おい、いつになったら注文できるんだ!」
「ん?」
次に文句をつけてきたのは、軽装に身を包んだ筋骨隆々な冒険者風の男だった。カリファたちの凄みにも物怖じすることなく、逆に睨み返してくる。
肉体自慢なのか、見せつけるように胸筋をぴくぴくと動かす様子は、まるでこちらを威嚇しているようだ。
「この俺様を誰だと思ってやがる! Bランク冒険者【バーバリアンファイター】のバガン様だぞ?」
「悪いな、バガン様とやら。見ての通り他の人もちゃんと並んでもらってるんだ。文句があるなら買わなくても結構だ」
「ぐっ」
列に並ぶことと、冒険者の身分はまったくもって皆無だ。仮に実力行使に出てくるのであれば、相手をするだけだと言わんばかりのカリファの言葉に大人しく引き下がる。
Bランク冒険者ともなれば、築き上げた地位はかなりのものとなってくる。だが、それは同時にその地位を失うことに対するリスクの高さが付きまとうのだ。
待つのが面倒だからといってそれに異を唱えたことで、冒険者のランクを失っては本末転倒である。だからこそ、バガンも引き下がったのだろう。
「ちぃ、あの女奴隷め。覚えてやがれ……」
悪態を吐きながらも引き下がったのはいいが、どこかいやらしい笑みを浮かべている男に嫌な予感を覚えると同時に、男の肩を叩く見知った顔を発見する。
「よう、バガンじゃねぇか。お前もこの屋台の噂を聞いたのか」
「こりゃあ、ギルムザックの旦那じゃねぇですかい。旦那も買いに来たんで?」
「まあな」
バガンに声を掛けていたのは、ギルムザックだった。彼とは魔界での一件以来、生存報告をするために一度冒険者ギルドに行った時に無事を報告している。
そんな二人の様子をぼんやりと眺めていると、その気配を察知したのかギルムザックとばっちり目が合ってしまった。途端に爽やかな笑顔を向けながらこちらにやってくる。
「師匠、お久しぶりです!」
「お前も相変わらずだな」
「それよりも、たまには冒険者ギルドに顔を出してくださいよ。全然依頼を受けてないらしいじゃないですか」
「最近忙しかったからな」
そんな俺とギルムザックのやり取りを、目をぱちくりとさせながら見ているバガンだったが、バガンが俺と初対面だということに気付いたギルムザックが俺を紹介した。
「バガンは初めてだったな。俺と同じAランク冒険者で俺の師匠でもある人だ」
「ローランドという。さっきはうちの奴隷がすまないことをしたな」
「い、いえ、とんでもねぇでさぁ! 俺の方こそ迷惑掛けてすいやせんでした!! ま、まさかギルムザックの旦那の師匠様がやってる屋台だとは……」
「なんだ? 何か師匠に迷惑でも掛けたのか?」
バガンの謝罪の言葉を聞いて、ギルムザックの雰囲気が一変する。俺が大したことじゃないと言うと、暗い雰囲気は霧散し元に戻ったが、それを肌で感じたバガンは気が気ではなかったようだ。
「そういえば、他の連中はどうした?」
「昨日遠方の依頼を受けてきた帰りだったんで、三人ともまだ宿で眠りこけてるんじゃないですかね」
「そうか、なら。これを持って行ってやれ」
俺はストレージから、屋台で売られている庶民クッキーと同じものが入ったクッキーを、ギルムザックに四人分手渡してやる。ついでといっては何だが、バガンにも手渡してやった。
「いいんですか師匠」
「俺の分もいいんですかい?」
「構わん。ただ、それでうちの奴隷に余計なちょっかいを出さないでもらえると助かるんだが?」
「旦那の師匠に迷惑を掛けるなんてことしやせんよ」
クッキー一つで余計な面倒事を回避できればと思って渡したつもりだったが、俺がギルムザックの知り合いということで、すでにバガンの中ではカリファをどうこうするつもりはなくなっていたようだ。
それから、また冒険者ギルドに顔を出すという約束をすると、バガンと一緒に去って行った。もちろんだが、バガンが何をしようとしていたのかギルムザックが追求していたようだが、俺に関連することで迷惑を掛けようとすれば黙ってはいまい。
「いい匂いだ」
「この甘い匂いは……」
「あれが噂のクッキーというやつか?」
それから、さらに噂が噂を呼び、クッキーの焼いている匂いに釣られた通行人や、実際にクッキーを購入した客の口コミによって瞬く間に大行列が形成され、急遽竈の数を増やして対処したが、それでもクッキーを求めて訪れる客足が途絶えず、奴隷たちはてんやわんやの状態となっていた。
結局、夕方になってもその勢いが衰えることはなかったが、先に用意していた材料が尽きてしまったため、強制的に閉店する運びとなってしまうのであった。
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