ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

242話「料理組にクッキーを教えよう」



「よし、まず最初に言っておきたいことがある」


 俺はそう前置きして料理組の奴隷たちに説明する。その内容とは、今から彼女たちに教えるクッキーのレシピについてだ。


「お前たちに教えるレシピについてだが、現時点では門外不出の情報とする」

「現時点とはどういうことでしょうか?」


 俺の説明に、料理組の奴隷を代表してメランダが問い掛けてくる。彼女の疑問は当然のものなので、ちゃんと説明してやる。


 現在この世界での軽食を取り扱っている露店や屋台などは、主に飲食可能なモンスターの肉を串に刺して焼いた肉串が主流となっている。


 それ以外の露店は、ほとんど人の手の加わっていない食材などが取り扱われているというのは以前話したと思うが、他にも小麦や大麦を加工した小麦粉や調味料なども取り扱われている。


 しかしながら、甘味などの嗜好品に近い食べ物を扱っている店はほとんどなく、仮にそういったものを扱っていることが貴族などの権力者に知られてしまえば、連中はそれを独占しようとする。


 そのため、今までそういった露店が出ていた前例があったとしても、すぐに権力者たちの囲い込みによって独占されたり、囲い込みが失敗に終わってしまった場合、それ以上店を続けられないよう嫌がらせが起こったりして、長続きすることはないのだ。


 結果として、それがこの世界全体の文明の発展を妨げており、いつまでも低レベルな文明を長い年月繰り返している。


 前世の地球では、そんな状況に嫌気が差した民衆たちが王族や貴族に反旗を翻し、革命やクーデターという形で終結している。そして、新たに民衆たちの手によって新しいコミュニティが形成される。


 そして、また新たに形成されたコミュニティ間で争いが起こり、不毛な勝敗の連続によって今の地球の社会が作り上げられている。


 そういった意味では、この世界もまた中世ヨーロッパレベルの文明を長年維持し続けてきたことで、不毛な戦いの連続を予防しているのかもしれない。


 話が逸れてしまったが、結局は一つのより良いものを広めようと思えば、支配者階級の中でもトップに君臨する者の後ろ盾が必要不可欠となってくる。そのために王家の御威光というものを最大限に利用するつもりだ。


 だが、いきなり国王たちに出張ってもらう方法もいいが、まずは国家と対等に渡り合える組織を通して、ある程度下地を作っておく。そのためにも、最初の初動の段階では情報を秘匿し、その情報が利用価値の高いものであることを認識させる必要がある。


「だから、いずれこのクッキーのレシピは、商業ギルドで誰でも購入が可能になるとは思うが、今は俺しか知らない情報だ。このレシピを広める前に誰かに知られて権利を主張されれば、面倒なことになりかねない」

「なるほど。わかりました」


 俺の説明を聞いて、メランダたちも納得の表情で頷く。彼女たちが理解したところで、さっそくクッキーのレシピを伝授していくことにする。


 ただし、俺以外の人間でも製造可能な範囲で、尚且つ庶民でも簡単に手に入れることができる値段設定にしなければならない。それに加えて、前回のお茶会で出した高品質のものではなく、敢えて質を落とした商品にすることで、庶民たちの舌を急激に肥えさせることをしないよう配慮することも忘れない。


 そのため、バターは使わず小麦粉と砂糖と卵のみを使っていく。卵自体は以前は高級食材として市場でお目に掛かることは少なかったが、孤児院や俺の屋敷で飼育している鶏から、ある程度ではあるが商業ギルドを通して流通している。また、それをきっかけに商業ギルド主体の養鶏場を作る動きによって、さらに卵の流通量が増加したため、庶民でも卵を手に入れられるようになっていた。


 まずは卵と砂糖と塩をボールで混ぜ合わせ、別のボールに小麦粉を入れていく。この時、ボールに入れる砂糖や塩を少し細かく砕いておき、砂に近い状態にしておく。


 小麦粉についても、ふるいにかけたものを使用することで仕上がりを良くする一手間を加えておく。ふるいにかけた小麦粉に、先の三つを混ぜ合わせたものを少しずつ加えながらヘラで混ぜ合わせ、最終的に手を使って生地をまとめていく。


 一塊になった生地を、二ミリから四ミリ程度の厚みになるくらいに引き伸ばし、木で作った型抜きを使って、丸い形になるように生地をくり抜く。


 くり抜いたものをフライパンで焼いていき、ある程度の焼き色と硬さになるまで加熱をすれば、庶民風クッキーの完成である。


「どれどれ、はむっ。もぐもぐ……こんなもんか。というわけで、こんな感じだ」


 俺は出来上がったクッキーを手に取って味見をする。一段階上のものを知っている俺からすれば、少々物足りなく感じてしまうというのが正直なところだが、甘味に飢えている人間からすれば十分な出来栄えであると判断する。


 それが証拠に、出来上がった試作品をメランダたちに食べさせてみたところ、がつがつと食べて満足気な表情を浮かべていたからだ。


 それから、一人一人俺が教えた通りに作ってもらい、全員が一通りの作業を覚えたところで、気付けば接客組と護衛組の奴隷たちがこちらの様子を観察していた。


「ローランド様、大体の接客作法は教えたつもりです」

「こっちも、久しぶりにいい運動になったぜ」


 接客組と護衛組の指導を任せていたマチャドとカリファが俺にそう報告する。カリファは口調がなっていないとシーファンやメランダに指摘されていたが、当の本人はどこ吹く風と言わんばかりだ。


「みんなご苦労だった。とりあえず、料理組が作ってくれた試作品のクッキーがあるから、味見がてら食べてみてくれ」


 俺がそう言うと、他の面々が嬉しそうな顔を浮かべる。喧嘩にならないように均等にクッキーを分けると、全員が俺を見たまま何かを待っていた。俺が首を傾げると、マチャドが説明してくれた。


「食べていいかの許可待ちです」

「ああ、そうか。なら、マチャドがやってくれ。俺はこいつらの主人じゃないからな」

「そ、そうですか。……お前たち食べていいぞ」


 俺がそう言うと、釈然としないながらも彼は奴隷たちに許可を出した。それを待っていましたとばかりに、がつがつと食べ始めた。


「こ、これは美味しいです」

「食べるのが勿体ないです」

「……旦那がくれたクッキーの方が美味かったが、これはこれでイケるぜ」


 一人だけ他の人間と違った感想だったが、料理組が作った試作品クッキーは概ね好評だった。そこそこな枚数だったクッキーは、あっという間になくなってしまう。だが、彼女たちの表情からは“物足りない”という感情がありありと浮かんでいた。


「今日はそのくらいにしておけ、あんまりたくさん食べると太ってしまうからな」

『うっ』


 俺の言葉にものの見事に彼女たちの言葉が重なった。どこの世界でも、女性にとって太るということは忌み嫌われることらしい。


 それから、コンメル商会へと戻った俺たちは、商会の敷地内に新たに彼女たちの住居となる建物を魔法で作り、その日は休んでもらうことにした。

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