ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
240話「職人の説得」
「ここか」
店を後にした俺たちは、一度奴隷たちのところへと戻った。だが、まだ時間が掛かりそうだったので、そのまま服選びを続けさせ、マチャドを伴って職人のいる家へとやってきた。
扉を叩いたのだが、一向に家主が現れる気配がない。どうしたものかと思っていると、痺れを切らしたマチャドが再度扉を叩こうとするのを止めさせる。
「ローランド様、どうかされました?」
「いや、このまま中に入ろう」
「え?」
「商人のお前にはわからんだろうが、興が乗っている所を邪魔されると、途端にやる気が無くなってしまうものなんだ。本当に留守ならまたくればいい」
俺も物作りをする人間であるからして、やる気になっているところに水を差されれば誰だって邪魔をされたと考える。もし、今職人が興に乗っているのだとすれば、俺たちがやってきたことで邪魔をするかもしれない。そう思い、そのまま勝手に中に入らせてもらうことにした。
幸いというか不用心というか、鍵は掛かっていなかったので、家の中に入ることはできた。職人のいる家は、一見するとどこにでもあるただの家に見えるのだが、奥の方が作業をするための工房となっているようで、ある程度のスペースに馬車や屋台の部品となる骨組みのようなものが所々に置いてある。
それはまるでジグソーパズルのピースがバラバラになった状態のようで、なかなか面白そうな風景だ。その中に一人黙々と作業を続ける中年男性を発見する。
男性は俺たちが家に入ってきたことなど気付いておらず、作業に集中している。その顔はどこかキラキラと輝いており、まるで少年が楽しい遊びに興じているような雰囲気だ。
「あ、いましたね。あのーすいません」
「待て」
「な、なんです?」
「言っただろう? 興が乗ってるところを邪魔されると途端にやる気が無くなるって。作業が終わるまで待つんだ」
「わ、わかりました」
それから、工房内の骨組みや設計図などを見て回ったり、マチャドとコンメル商会の状況や今後の予定などの擦り合わせなどを行っていると、男性に動きがあった。
「んっ、ん~。ひとまずはこれくらいだろう」
「終わったか?」
「うわっ、なんだお前ら! どっから入った!?」
「扉からに決まっているだろう。悪いと思ったが、勝手に入らせてもらった」
男性は作業が終わって体を伸ばしていたが、そこにいきなり声を掛けられたため、声を上げて驚いている様子だった。怒っているかと思ったが、そんな様子はなくただこちらの用向きを問い掛けてくる。
「それで、俺に何か用か?」
「あんたがもう屋台をあの店に卸さないと聞いてな。その理由を聞きに来たんだ」
「あいつの差し金か。そんなことは簡単だ。俺がもうあの店に卸したくないからだ」
「だからそれは何故だ? なんの理由もなくそういう結論にはならないはずだ。そんなのは、ただのガキの悪戯よりも幼稚で稚拙な愚かな行為だからな」
俺は言外に「お前のやっていることは、子供の悪戯よりもくだらないことだ」と言ってやる。男性もそれに気付いたようで、ムッとした態度を取る。
俺は男性に顎で合図を出し、次の言葉を促す。すると、諦めたかのようにため息を吐き、ぽつりぽつりと男性が語り始めた。
「あの男は職人のことを何もわかっていない。いや、商人たちは全員職人の気持ちなど理解していないんだ」
「具体的には?」
「職人は気分によって作るものの質が変化する。だから、ちょっとしたことでもその質が変化したりする。それはほんの些細なことで変わってしまうんだ」
「それは、扉を出てくるまでどんどんと叩いたり、作業中にも関わらず話し掛けてきたりとかか?」
「ああ、そうだ」
「なるほどな」
彼の言葉に俺は納得する。そりゃあ、誰だって集中している時に邪魔をされるのはいい気分にはならない。だが、それを相手が理解していない場合もあるのだから、ちゃんとした意思表示は必要な訳で……。
「じゃあ聞くが、それを相手に伝えたのか?」
「なに?」
「ここに来るときは作業の邪魔になるから勝手に入ってきていいとか、作業中は気が散るから話し掛けずに作業が終わるまで待っていてくれだとかだ。自分自身はそれがわかっているが、家族でもない赤の他人がそれを理解できるとでも?」
「そ、それは……」
「それに一流なら、例え会話していたって黙っている時と遜色ない品質の物が作れる。これを見ろ」
「こ、これは!?」
俺は相手とのコミュニケーションについての大切さを彼に伝える。そして、ストレージから試作品用に作ったゴブリンキングの木工人形を取り出して彼に見せた。
同じ木を使った製品だけに、その見事な造りと精巧さに感心しているようで、先ほどから唸り声を上げていた。
「見事なまでの精巧さだ。これを造ったやつは、かなり腕のいい職人だな」
「少し、俺と会話しようか」
「?」
俺の言っていることがわからなかったのか、怪訝な表情を浮かべていたが、俺がストレージから木工人形用の木材を取り出し、加工を始めた瞬間俺の言葉の意味を理解したようで、会話を始めた。
「これを作ったのは坊主か?」
「そうだ(ゴリゴリ)」
「一体作るのにどれくらい掛かる?」
「これくらいなら一日あれば三十体は作れる(ゴリゴリ)」
そんな風に男性と会話をしながら作業を進めること三十分ほどで木工人形が完成する。完成したのは、男性に最初に見せた木工人形と同じゴブリンキングだ。
出来上がったゴブリンキングは、最初に見せたゴブリンキングと遜色なく、寧ろ筋肉の躍動や細部のちょっとした態勢などは質が向上している。
男性もそれを理解しているのか、最初に木工人形を見せた時と同じく唸り声を上げるだけだった。そんな彼に俺は痛恨の一撃となる言葉を言い放つ。
「誰かのせいにして自分の納得のいくものが作れない奴は三流……未熟者だ。本当の一流は、例えモンスターの群れがひしめくど真ん中でだって唯一無二の最高傑作を作り上げてしまうものだ。それが本物の職人だ」
「……」
「邪魔したな。行くぞマチャド」
「え? あ、はい!」
言いたいことだけ言った俺は、用が済んだとばかりにマチャドに声を掛け男性から踵を返し、家を後にしようとする。だが、俺の背中に向かって男性が声を掛けてきた。
「坊主、おめぇの名前は?」
「ローランドだ」
「そうか。俺はヘドウィグだ。今回の件については礼を言う」
「俺はただここで話をしながら木工人形を作っただけだ。あんたに礼を言われる理由がない。ただ、もし礼が言いたいのなら、あんたはあんたの仕事をこなしてくれればいい。近いうちに、結構な数の竈付き屋台が必要になってくるからな」
「わかった。近いうちにあいつにも謝ろうと思う」
そんな会話の後、俺は片手を上げながらヘドウィグに振ると、そのまま家を後にしたのであった。
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