ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
233話「はじめてのチ〇ウ」
「……」
「……」
誰もいない廊下を俺は歩いている。その手には目を瞑って動かないナガルティーニャが抱かれていた。俺がモンゴリアンチョップからのチョークスリーパーで意識を刈り取った結果によるものだが、そろそろ限界なので声を掛けておく。
「おい、いい加減起きろ」
「……」
俺は未だ目を瞑って気絶した振りをしている奴に向かってそう言い放つ。ナガルティーニャが、気絶した振りをしている根拠は主に二つ。一つは、俺が奴に触れている部分から伝わってくる体温が異様に高いということで、もし本当に意識がないのならこれほどまでに体温が高くなることはないだろう。そして、もう一つは動かないということだ。
気絶しているのだから動かないことは不自然ではないと思うだろうが、それでも身じろぎや呻き声を上げたりはするものだ。今の奴にはその仕草が一切見受けられないため、俺は奴が起きててわざと気絶した振りをしているという判断に至った。
「三つ数えるうちに起きなければ、このまま体を床に叩きつける。いち、にー、さ――」
「わー! わー! わかったから。起きるからそれはやめてくれ!」
「……やはり起きていたか」
「えぇー、カマかけだったの!?」
根拠はあったが絶対的な確証があったわけではない。元々体温が高い人間だっているし、気絶しているときに身じろぎや呻き声一つ上げない人間だって存在する。
だが、日頃の奴の言動と俺に対する執着心を鑑みれば、普段頭の中で思い描いている妄想シチュエーションが起きているこの機会を奴が見逃す訳はない。そう思ったからこその気絶した振りをしているという結論に至ったのだ。
「ここからは自分の足で歩け」
「えー、ここまで来たら寝室までこのまま連れってってよ」
「いち、にー、さ――」
「わー! わー! わかった、わかったから。自分で歩くからやめてぇー!!」
それから、気怠そうに自分の足で歩き始めたナガルティーニャを尻目に、俺は普段奴が寝泊まりしている部屋へと案内する。
王都に戻ってきてからというもの、頑なに「ローランドきゅんの屋敷で過ごすんだ!!」と宿に寝泊まりすることを拒絶したナガルティーニャのわがままを仕方なく受け入れる形で、今奴は俺の屋敷で寝泊まりしている。
本来なら叩き出してやるところだが、魔族の一件で世話になってしまった手前、このまま宿に泊まれと突き放すのは不義理のような気がして、半ば奴に押し切られる形となってしまった。
「とりあえず、ベッドに横になれ」
「えっ!? ローランドきゅん、今は昼間だよ!? いきなりそんな大胆な」
「……お前は一体何を言っているんだ?」
俺はただ気絶して寝室に運ばれている以上、ベッドで休むよう促しただけだ。そこに下心などは一切ない。
だというのに、この脳みそお花畑なこいつは何を勘違いしたのか、頬を染めながら体をもじもじをくねらせて恥じらう仕草をし出したのだ。実に気持ちが悪いことこの上ない。
見た目が美少女であるだけに第三者が見れば、その仕草も愛らしいと思ってしまうのだろうが、奴の本性を知っている人間からすれば「何の冗談だ」と突っ込みが飛んでくるくらいには不自然な動きをしている。
「もういい、今日は休め。お前もいろいろと疲れているんだ……。今日はご苦労だった」
「そんな可哀想なものを見るような目で見ないでくれよ! なんだか、自分が惨めな人間に思えてくるじゃないか!!」
「……自覚がないということは、これほどまでに残酷な結果を生み出してしまうんだな」
「なんだろう、この事実を伝えられているにもかかわらず、どうにも納得できない複雑な気持ちは……」
俺の言葉に眉間に皺を寄せながら、何とも言えないといった顔を浮かべるナガルティーニャ。奴の言う通り、俺は何一つとして偽りを言ってはいない。だが、奴にとってそれが納得できる内容なのかどうかということは、まったくの別問題ないのだ。
太っている相手に対して「このデブ野郎!」と言ったとしよう。そして、言われた相手が自分がデブという自覚があるが、それを他人に言われて何も思わないかという問い掛けられれば、なにかしら思うことはあるだろう。それが傷ついたり憤慨したり、はたまた納得がいかなかったりと様々な反応があるだろうが、今の奴の気持ちも似たような状況にあるのではないだろうか?
「さて、俺は会場に戻る。客を待たせているんでな」
「ローランドきゅん」
ナガルティーニャがベッドに腰掛けたのを見届けると、そのまま踵を返してお茶会の会場に戻ろうとする。だが、ナガルティーニャが服の裾を引っ張ってそれを止めた。何事かと振り返ると、清々しい笑顔を張り付けながら、順序立てて話し始める。
「今回のお茶会で、もしかしたら誰かと婚約させられそうになってたかもしれないよね?」
「そうだな」
「でも、あたしがあの時割って入ったことで、その話も有耶無耶になったよね」
「まあ、そうだな」
「じゃあ、そのことに対してローランドきゅんは、あたしにお礼をする義務が出てくると思うんだけど、それについてどう思いますか?」
「……」
何を言い出すのかと思えば、俺の縁談話を有耶無耶にしてやったことに対する報酬の話をし始めたのだ。まったくもって度し難い。
そういうのは、自分からではなく相手の方から言わせることであって、自分から催促するなど図々しいにもほどがある。尤も、今回に関しては確かにこいつの言う通り、あのまま俺一人だけで対処していたら、誰かと婚約する流れになっていたかもしれない。
それに癪だが、魔族の件についても世話になっている事実がある以上、ここでこいつの望みを叶えてやるのも必要経費として見積もる必要があるのかもしれない。
「何が望みだ。聞くだけ聞いてやる」
「……チュウして」
「なにぃ……?」
またふざけたことを宣い出すナガルティーニャに、眉間の皺が寄っていくのがわかる。俺はいかり肩で奴に近づき、右手を振り上げる。すると、殴られると思った奴が思いっきり目を瞑り衝撃に備えているのが見て取れた。俺はその隙を逃さず、右手と左手を奴の肩に置き、そして――。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~ Side ナガルティーニャ ~
意識が戻ったあたしを、ローランドきゅんが抱きかかえている感触が伝わってくる。こ、これはあの伝説の【お姫様抱っこ】ではないだろうかと頭の中で妄想を膨らませる。
至近距離から漂ってくる彼のお日様のようないい匂いに、あたしの鼻腔がくすぐられる。ああ、なんて香しい匂いなんだと思わず体が火照り出すのを感じてしまう。
すべての意識が触覚に振り分けられたのではないかという錯覚を感じていると、突然ローランドきゅんがあたしに声を掛けてきた。
「おい、いい加減起きろ」
「……」
そこから狸寝入りを決め込もうとしたが、体を床に叩きつけられそうになったため、あえなく狸寝入りを断念する。そのまま降ろされ、あたしが間借りしている部屋に到着し、あたしがベッドに腰掛けたのを見届けたところでローランドきゅんが部屋を出ていこうとするのを服の裾を掴んで阻止する。
そして、あたしはいつものようにローランドきゅんにおふざけをぶっこんだ。いつものように眉間に皺を寄せながら、いかり肩で迫ってくるローランドきゅんに内心で焦っていると、突如彼が右手を振り上げた。殴られると思い、目を瞑って衝撃に備えていると、予想外の感覚に襲われる。
(えっ、この感触はなに?)
最初にやってきたのは、あたしの両肩に置かれた手の感触だった。これは、ローランドきゅんがあたしの両肩に手を置いているのだとすぐにわかった。だが、問題だったのはそのあとのことだ。
いつもならここでヘッドバットやアイアンクローの技が炸裂するはずなのだが、そういったものは一切来ず、あたしの左頬に柔らかい感触が伝わってきた。それは生温かく少し湿っていて、でも決して気持ち悪いものではなく、寧ろとても心地いい感触だ。
その感覚が数秒ほど続いたと思ったら、すぐにそれがなくなっていった。少し名残惜しいようなもっと感じていたかったと思うような余韻に浸りながらも、あたしはゆっくりと瞼を開けた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
すぐにナガルティーニャの頬から唇を話した俺は、目を開いて呆けて状況を飲み込めていない奴に向かって鼻を鳴らして言ってやった。
「ふんっ、バーカ」
未だ呆然とする奴を尻目に、俺は部屋を後にする。後ろ手で部屋のドアを閉めた瞬間、屋敷中に轟くのではないかという大音声が響いてきた。
「ローランドきゅううううううううううううううううううううううううううううううううん!!!!!!!!!」
「あの、馬鹿」
俺はすぐさま部屋に取って返す。部屋に入ると、どこかで聞いたような歌を奴が歌っていた。
「初めてのチュウ~、キミとチュウ――」
「アイウィルギブユーオールマイラブ!!」
「ほげらばぶっ」
あまりにふざけた歌を歌っていた奴が腹立たしかったため、歌の続きの歌詞に合わせて全力の平手打ちをプレゼントしてやった。もちろん家具を壊したくなかったので、平手打ちを食らわせる前に結界を使って部屋を防御した状態でだ。
結界の中で、まるでバウンドボールのように縦横無尽に吹き飛ばされているナガルティーニャ。その勢いがおさまり、白目を剥きながらベッドの上で文字通り眠りに就いた奴を見届けた俺は、今度こそ部屋を後にしたのであった。
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