ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
230話「厨房にて」
「さてと、準備をしようか」
厨房に到着するなり、俺はぽつりと呟く。準備といっても、あらかじめ調理しておいたストレージ内にあるお菓子を取り出していくだけなのだが、予定していたよりもお茶会の参加人数が多かったため、確認のためにストレージ内にあるお菓子を確認する。
念のために各お菓子を三十人前ほど作ってはあるものの、人気のお菓子はすぐになくなってしまうかもしれないので、注意が必要だ。それと甘いものに目がない女性の胃袋を舐めてはいけないということも……。
俺が厨房に入ってきてすぐにある人物が姿を見せる。ナガルティーニャである。今回のお茶会に一応参加することを許可したが、今になって思えば早まった選択だったかもしれないと不安が募る。
「ローランドきゅん、何してるんだい?」
「今日のお茶会に出すお菓子の数を確認している」
「え? お茶会って今日だったの!? ……まだドレスができてないんだけど?」
そりゃあ、ドレスを作ってこいと言ってまだ数日しか経ってないからな。こいつめ、サイズの合う既製品でいいと俺が言ったのに「やっぱドレスはオンリーワンのオートクチュールに限る」とか何とか宣い出し、腕のいい職人に一点物のドレスを注文したのだ。
そんな特別なドレスがたかだか数日程度で完成するはずもなく、注文を受けた職人は未だにドレスの製作を行っていた。
「それは残念だったな。せっかくのお茶会だったのに」
「こうしちゃいられない! ル〇ラ!!」
「……ド〇クエかよ」
俺の言葉を聞いたナガルティーニャが、某国民的RPGで登場する一度行ったことがある場所であれば、瞬時に移動が可能な呪文を唱えながらその場から消える。彼女が使っている能力は、普段俺が多用している瞬間移動とまったく同じものなのだが、それをわかりやすく認識するためのただのポーズでしかない。
「はあ、はあ、ただいま」
「お、おかえり……って、もうできたのか? まさか、時間軸をいじったのか?」
ナガルティーニャが厨房からいなくなって数秒もしないうちに戻ってきた。その姿はティアラたち王族と同じく豪奢なドレスに身を包んでおり、とてもよく似合っている。
彼女は元々オラルガンドのダンジョン奥深くに結界を張り、そこで長きに渡って住んでいたという経歴を持っている。その結果時間軸を変化させることができるため、結界の外と内とで時間の流れが異なっている。今回もおそらくそれを使ったのだろうと結論付ける。
「と、十日も掛かってしまった」
「まあ、そのレベルのドレスならそれくらいは普通に掛かるだろうな。下手すりゃ一月は掛かる仕事だ」
「職人も同じことを言ってた気がする。と、ところでどうだい、あたしのドレス姿は? 見惚れた? なんだったら、抱きしめてもいいんだよ?」
などといいながら両手を突き出してくる彼女の手をはたいたタイミングで、厨房の保存庫にいたルッツォが姿を見せる。見た目が少女のナガルティーニャの手を、さらに見た目が少年の俺が叩くという何とも見慣れない光景に、ルッツォが戸惑っている。
「あ、あのーローランド様、この方は?」
「ああ、俺の連れの女性だ。今回のお茶会の参加者の一人だ」
「つ、つつつつれつれつれつれ」
「そ、そうでしたか。お連れの方は大丈夫でしょうか?」
おそらく日頃俺が無下にしているだけあって、連れという言葉に反応したのだろう。であれば、ここはおちょくってやろうじゃないか。
「こいつはナルティー。ナルティー、こいつはうちの料理を任せている料理人のルッツォだ」
「初めまして、ナルティー様。この屋敷の料理人のルッツォと申します。以後お見知りおきを」
人間側から見てナガルティーニャは、かつて魔族の侵攻から人々を救った英雄として、魔族側から見て侵攻を妨害し魔族に大打撃を与えた厄災としてその名前が知れ渡っている。
だからこそ、いい意味でも悪い意味でも彼女は自分がナガルティーニャだと他の者に悟られてはいけないのだ。尤も、この馬鹿のことだからバレたところでどうせ気にはしないのだろうがな。
そういった事情のため、この屋敷にいる間限定で俺は彼女に偽名を付けることにした。元の名前と関連性がないと呼ばれた時に反応できないだろうから、ここはナガルティーニャのナとルを取ってナルティーと呼ぶことにしよう。
彼女もこちらの思惑に気付いたようで、空気を読んでルッツォが呼んだ名前に反応する。
「あ、ああ。よ、よろしく」
「ところで、どうだルッツォ。ナルティーのドレスはとてもよく似合っていると思わないか?」
「はぅあっ!?」
ルッツォにとってはただの問い掛ける言葉に過ぎないが、奴にとっては多分に異なる。ルッツォに問い掛けた内容というのは、裏を返せば“ドレスが似合っている”と直接的でないにしろ俺がそう断言しているのに等しい言葉なのだ。
当然、そのことに気付かない奴ではなく、珍しく狼狽えた様子を見せる。そして、そんな中俺の問い掛けに対するルッツォの答えが返ってくる。
「ええ、とても良くお似合いです」
「まさに、深窓の令嬢とはこのことだな」
「ろ、ろろろローランドきゅん。ようやくあたしの魅力に気付いてくれたんだね。あたし、うれし――ぐべっ」
「調子に乗るな……ただの戯言だ」
「で、ですよねー。……はぁー」
「いかがなされましたか?」
俺の言葉に暴走しかけた奴の懐に入り込み鳩尾に肘鉄をお見舞いする。ルッツォに気付かれないよう器用に悶絶している奴に向かってネタバラシをすると、予想していたのかのような反応と共に小さくため息を吐く。
そんな様子の彼女を見て問い掛けてくるルッツォに何でもないことを告げると、俺は奴の耳元に近づき本音を語ってやった。
「……だが、そのドレスは本当に似合っている。とても綺麗だぞ」
「おっふ……ふ、不意打ち……だとっ」
どこから出しているのかわからないほど野太い声を出しながら、ナガルティーニャがORZ状態になる。あまりの事態に脳が処理しきれていないらしい。
その後、たまたま通りかかった使用人に、未だまともな思考ができない状態のナガルティーニャをお茶会の会場に連れて行ってもらい、ようやく厨房に静けさが戻ってきた。
「ず、随分と個性的な方なのですね……」
「はっきり変人だと言ってもいいんだぞ」
「い、いえ……」
ルッツォも俺の客人ということで失礼にならないよう言葉を選んでいるが、彼の眼は物語っている。“我が主の知り合いに、まともな人間など皆無”だと……。
静かになった厨房で、改めてお茶会の準備をしていると、ふとここであることに気付いた。お茶会にとって最もポピュラーなあのお菓子を作っていないことに。
「そういえば、クッキーを作っていなかったな」
「言われてみればそうですな」
「よし、今から作るぞ」
「え、で、ですが、もう時間が――」
「タイムマジック! よし、では始めよう」
「……」
思い立ったか吉日とばかりに、すぐさまクッキー製作に取り掛かる。だが、このままでは三十分ほどの時間を要してしまうため、客人を待たせてしまうことになる。
俺は某有名カードゲームアニメに登場する時間を操るモンスターが使う魔法の言い方で、厨房全体を包み込むように結界を張る。この結界の中と外では時間軸が異なっており、外での一秒がここでは一時間となる。
それはいいのだが、俺の言い方がおかしかったせいでルッツォに不審なものを見るような目を向けられてしまった。文句あるのかこの野郎。
ルッツォのことは無視して、俺はお茶の定番菓子であるクッキーの製作に取り掛かる。使用するのは、小麦粉と砂糖にバターだ。
「バターがないが、牛乳から魔法で作るか。あらよ、ちょちょいのちょいと」
というような感じで、牛乳からバターを瞬時に作り出し、これでクッキーの材料が揃う。あれだけバターを欲していたのに、実にあっけないものだ。
この世界の砂糖はザラメが主流で、俺たちが普段砂糖と呼んでいる白い砂糖は上白糖と呼ばれているものだ。原材料はどちらもサトウキビだが、製造方法が異なり粒の大きさはザラメの方が大きい。
主流といっても、少量ではあるが白い砂糖も上流階級で出回っており、まったくないわけではないため、入手ができないというわけではない。今回はこの白い砂糖を使ってクッキーを作る。
作り方としては、小麦粉とバターと砂糖を100g、40g、25gの割合で混ぜ合わせそれを少し魔法を使って冷やす。冷やすことで焼き上がりの輪郭が良くなり見栄えのいいクッキーになる。
あとは魔法を使って丸い一口サイズの形を形成し、ザラメを少し砕いて焼く前にクッキーに散りばめた後、再び魔法を使ってちょうどいい焼き加減で焼いていった。
「これで完成だ」
「普通の料理人では到底完成させられませんな」
「あとでレシピを教えるから、それを覚えればお前でも作れるぞ」
「本当ですか!? 是非お願いします!!」
完成したクッキーを味見して出たルッツォの感想がそれだったことに、内心で苦笑いを浮かべつつ、クッキーが完成したことでお茶会の準備が整うのであった。
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