ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

223話「お茶会に向けて2」



「ふう、酷い目に遭ったな……」


 先ほどのクラリスとのやり取りに精神的な疲れを感じた俺は、額の汗を拭う。まさか、彼女があんな風になってしまうとは予想だにせず、若干戸惑ってしまった。


「まあ、それも無理からぬことか」


 俺がこの世界に生を受けて十二年となるが、そのうちの半分は前世の記憶を取り戻し貴族の跡取りから逃げるための準備をしていたため、子供らしく親に甘えるという行為をやってこなかったのだ。


 弟マークも同じように、跡取りとして俺がみっちり教え込んだこともあってか、俺と同じくクラリスに対し、通常の親子のコミュニケーションを取ってこなかった。ローラも途中から俺にべったりだったし、クラリスが母親として俺たちに何かをしてくれた記憶がない。


 世の中には、育児放棄や児童虐待といった非道な行為をする親もいるが、基本的に親というものは子供がかわいいものなのである。


 親として我々に何もしてやれなかったと考えていても不思議ではない。そんな心境であろう彼女に対し、純粋無垢な子供のムーブで「ママありがとう。大好き」などと言えばどうなるのかは想像に難くない。最良の選択のつもりだったが、どうやらこの選択は間違いだったかもしれない。


 ちなみに、俺の息子モードを見たマークとローラのリアクションは、「子供っぽい兄さまも素敵です」と目を輝かせ、「あぁ、お母さま。なんて羨ましいの! いずれわたくしもロランお兄さまと……」などと妄想を膨らませていた。


 そんなカオスな状況で一家の大黒柱であるランドールは、クラリスのちょうきょ……もとい、折檻によって気絶していたというのだから、大黒柱の存在意義とは一体なんなのだろうかと考えさせられる。


 とにかく、その場から逃げるようにバイレウス辺境伯領にまでやってきたが、果たしてなんのアポイントメントも取っていない状態で辺境伯が会ってくれるのだろうかと不安になった。だが、それは杞憂に終わる。


「冒険者ローランド様ですね。あなたがここに来たら、すぐに案内するよう旦那様から仰せつかっております。こちらへどうぞ」

「あ、ああ」


 見張りが呼びに行った執事に案内されるがままに、俺は辺境伯の執務室へと直接連れて行かれた。こういう場合来客用の応接室などに通されると思うのだが、バイレウス辺境伯が気を利かせたのか、それとも俺の優先順位が高いだけなのかはわからないが、手間が省けて助かるに越したことはない。


「おお、来客の知らせは来ていたが、これは珍しい客だな。腹の探り合いはなしだ。用件は?」

「……かくかくしかじか」

「……なんだそれは?」


 ちょっと気になったので、例の適当な説明をここでぶっこんでみたのだが、やはりというべきかバイレウスが理解することはなかった。ということは、あの連中がおかしいということがこれで確定したな。


 俺は改めてバイレウスに事情を説明し、辺境伯家からも人手を借りられないか打診してみる。最初は驚いていた辺境伯も、王族が参加するお茶会に粗相があってはならないと判断したのか、二つ返事で人手を回してくれることを了承してくれた。


「だが、人手といってもここから王都までかなりの時間があるだろう? 間に合うのか?」

「俺の瞬間移動で移動すれば一瞬だ」

「……ふっ、そういえば瞬間移動が使えたんだったな。お前にはセコンド王国との戦争で世話になった。これくらいのことで借りは返せないが、役立ててくれ」


 そんなことを口にするバイレウスに、俺は感謝の言葉で返答する。そのタイミングで、たまたまバイレウスの元を訪れたローレンと他二人の少女がいた。


「お父様、ローファとローリエの教育についてですが……だ、旦那様!?」

「誰が旦那だ。お前と結婚どころか婚約すらした覚えはないぞ?」


 どうやら、下二人の姉妹の教育方針についてバイレウスに伺いを立てに来たらしい。それだけ見れば立派な貴族の長女として体面はいいが、それが俺と結婚したいがためにマークの婚約者に仕立て上げる下準備であることを知っている俺としては、なんとも複雑な思いだ。


 ローレンの姉妹たちはそれぞれ九歳と六歳だそうで、姉妹だけあってローレンと同じく整った顔立ちをしている。見た目の幼さ以上にしっかりとした雰囲気を感じるため、ローレンの教育が行き届いているのだろう。


「どうしてこちらに来たのですか!? いけないわ、今から滞在の準備をしなくては!」

「何で俺がここに泊まる前提で話が進んでいるんだ!? 用が済んだらすぐに他の場所に移動するに決まっているだろう」

「……ちぃ、騙されてくれませんでしたか」


 俺の指摘に舌打ちで返すあたり、だんだんと逞しくなっていっている気がする。これが貴族の令嬢のたしなみというやつなのだろうか?


 一方のした二人の妹は、そんないつもと違う姉に戸惑っている様子で、俺とローレンの顔を交互に見ていた。猫じゃらしに反応する猫のようなリアクションだと内心で思ってしまった。


「では、もうすぐ夕方になることですし、夕食などはいかがでしょうか?」

「そして、その流れで“今日はもう遅いので、よかったら泊っていてください”とか言うんだろ? バレバレだぞ」

「うぅ~、そこまでわかっているなら騙されてくれてもいいじゃないですか!」


 などと逆ギレ紛いな怒り方をするローレンに呆れつつも、俺は彼女の妹二人に一応挨拶をする。


「二人は初めてだろうが、俺はローランド。冒険者をやっている」

「ロ、ローファです。ローレン姉さまからよくあなたの話を聞いてます」

「ローリエです。お姉さまは、いつもあなたと結婚したらこうするんだと妄想ばかり言ってます」

「ローファ! ローリエ! 妄想じゃありません。将来現実になることをあらかじめ頭の中で思い描いているだけです」

「……」


 そういうのを妄想というのではないだろうかと突っ込みたかったが、ここでバイレウスが話に割って入る。


「ところで、小僧。そのお茶会には誰が参加するのだ」

「お茶会、ですか?」

「詳しくは言えないが、王妃と王女が参加するという情報だけで、察してくれ」

「……ただの客人ではないということか。他国の王家に連なる者、あるいは他国の王妃や王女、といったところか?」

「……」


 バイレウスの問いに俺は沈黙で答える。沈黙は是であるを体現する形でバイレウスに伝え、それを受け取った彼が難しい顔をする。何か問題でもあるのだろうかと思ったその時、バイレウスからその内容が語られる。


「もしそうであれば、辺境伯といえど少々貴族としての格が足りない。できれば、侯爵以上の爵位を持った貴族家にも助力を願った方がいい。お前にその伝手があるか?」

「……あるにはあるが、できればあそこの家には頼りたくないんだがな。事を大きくしたくない」

「我が国の王妃と王女が参加するお茶会が大事でないというのなら、お前の中で一体何が大事だというんだ?」

「……」


 痛いところを突かれ、思わず黙り込んでしまう。バイレウスの意見は至極もっともであり、やはりここはあの家にも声を掛けておくべきであると俺は判断した。


「わかった。じゃあファーレンのところにも声を掛けてみるとしよう」

「ファーレン? まさか、ローゼンベルク公爵家か? 確かにあそこなら格は十分だが、よく公爵家に伝手があったな」

「まあ、いろいろあってな。とりあえずは、人手の準備をよろしく頼む。また後で迎えに来るから」


 バイレウスにそう伝えた俺は、ローゼンベルク公爵家の屋敷に瞬間移動しようとしたが、当然のようにローレンが声を掛けてくる。


「いってらっしゃいませ。未来の旦那様」

「何度も言わせるな。俺はお前の旦那じゃない」

「“今は”そうかもしれませんね」


 そんなやり取りをしていたのだが、バイレウスや彼女の姉妹の見守るような生暖かい視線から逃れるように、俺はバイレウス家を後にした。

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