ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

213話「ヘラのその後」



 ~ Side ヘラ ~


「もう、なんなのよアイツ!」


 わたしは急ぎ足で魔王様の元へ向かう。いつもは気にならないまるで迷路のような回廊が、まるでわたしの行く手を阻むように続いている。そんな状況に苛立ちを隠せずに城内で羽を広げて飛行してしまった。


 そのお陰もあってか、それほど時間が掛からずに魔王様がいる部屋へとたどり着くことができた。魔王という肩書を持つ者は魔族において最も強者である証であり、それと同時に他の者を導く器を持ち合わせている称号でもある。


 それ故に、魔王様の部屋の前には護衛などはおらず、ほとんどの者がこの時間自身に宛がわれた仕事をこなしていることが多い。かく言うこのわたしもその一人なのだから。


「魔王様、ヘラです。入ってもよろしいでしょうか?」

「ヘラか。……入れ」


 入室の許可を得てわたしは魔王様の部屋に入る。魔王様の部屋は、特に禍々しいものはなく、普通の人間の国王たちと同じく本棚の中に書物が収納され、来客に対応するためのソファーとテーブル、そして事務作業をするための執務机があるだけだ。


 よく人間が頭に思い描く魔王像は、何もない玉座の間に片肘をつきながら「勇者はまだ来ないのか? この私が直々に殺してくれる」などと言っているのだろうが、実際のところは人間の国王と何ら変わらず、国の政に従事する身の上だ。


「なんだ? 何か問題でも起こったか?」

「じ、実は……第二王女のサニヤ王女が、第一王女サーニャ王女と第三王女のサーラ王女の誅殺を企てているという情報が耳に入ってきまして」

「な、なんだとっ!? そんな馬鹿な! サニヤがそのような血迷ったことをするはずが……」


 魔王様は信じられないといった様子だ。それも無理もない。魔王様の娘であるあの三姉妹は小さい頃から仲の良い姉妹として通っており、今まで喧嘩の一つもしたことがない程だ。


 だというのに、いきなり誅殺などという言葉を聞かされてもすぐに信じることは難しいだろう。だが、最近になってその姉妹にも変化が起こっていることはわたしも含めた他の七魔将も把握していた。


 わたしたちでさえ把握していることを魔王であるこの方が知らない訳もなく、今の言葉は知らなかったというよりも、信じたくないという気持ちが強いのかもしれない。


 ともかく、そのような事態が起こっているのならば、何か対策を打たなければならない。そして、あいつに言われたことも魔王様に報告しておく。


「それと魔王様、サニヤ王女は再び人間界に侵攻するつもりのようです」

「そんなことをすれば、厄災の魔女が再び我らに立ち塞がるというのがわからないのか!?」

「その計画の一環として、我らに邪魔立てされないように七魔将や魔王様を無力化するという話も出ているようです」

「はあ、それが本当なら、我らも舐められたものよ。魔族の中でも、最高戦力の七魔将とその頂点である魔王の我が、そう易々と無力化される訳がない」

「わたしもそう思いますが、サニヤ王女にそう思わせる何か策があるのでは?」


 魔王様の意見も尤もな話だが、それをサニヤ王女が理解していないはずもない。彼女にそう言わせるほどの何か特別な魔法や魔道具を入手した可能性が高い。


 仮にそれがわたしたち七魔将クラスをどうこうできるほどのものであるならば、警戒すべきものであることは間違いない。


「ともかく、サニヤの件については了解した。いつサニヤが動き出すかわからない以上、ヘラも気を付けるように」

「ああ、それとこの一件グリゴリがサニヤ王女側に付いているわ」

「グリゴリが……やはり、奴に七魔将の位を与えるのは早すぎたということか……」


 そう言いながら、魔王様は悔しそうに顔を歪める。七魔将は魔族の中でも選りすぐりの精鋭であり、それを任命するのも魔王の仕事の一つである。つまりは、七魔将は魔王によって選出され、以降は魔王の手足となって補佐する立場になる。


 だからこそ、魔王様が魔王でいる間に七魔将が何か問題を起こせば、その責任は七魔将の位を与えた魔王様にもあるということに他ならない。もちろん、そんなことを魔族全員がそう考えるわけではないが、少数でもそういった歪んだ考えを持つ者は出てくるものなのだ。そういう意味では、人間も魔族も同じ存在であるのかもしれない。


「とにかく、今は情報が足りなさ過ぎる。我の方でもいろいろと情報を集めるが、お前の方でも動いてみてくれ」

「承知しました」


 日頃からこういったことをやってこなかったツケが回ってきている。アイツに教えられるまで、まさかサニヤ王女がそんなことを企んでいたなんて知る由もなかった。癪だけど、アイツには一応感謝しておこう。心の仲だけだけど……。


「ところでヘラよ。お前はいつもそんな格好をしておるのか?」

「はい、そうですが?」


 そんなことをわたしが考えていると、魔王様が急に困った様子で問い掛けてくる。まるで何かを言い渋っているような感じだ。なにかしら?


「その、だな。あまりそういった扇情的な格好は感心しないぞ? お前もまだ未婚なのだ。そのような格好をしていては、尻の軽い痴女だと勘違いされかねんぞ?」

「なぁっ!?」


 魔王様のあまりにもあまりなお言葉に、わたしは一瞬で言葉を失う。そして、わたしの頭の中にアイツの気の抜けたような声が響いてくる。


“じゃあ気になったから一つだけ言っておくが、右のおっぱいがこぼれてるぞ”


“あ、お前はあの時の布面積の少ない服を着てておっぱいがこぼれ出ていた女魔族の“へら”だな”


“……またおっぱいがこぼれてるぞ?”


「まさか!? ……よかった。こぼれてはいないわね」

「どうしたヘラよ?」

「な、なんでもありません! ご忠告感謝いたします。では、これで!」


 もしかしてと思い、咄嗟に自分の胸を見下ろすが幸いなことにこぼれてはいなかった。……若干、こぼれかけてはいたけど。


 魔王様の忠告を受け取った振りをして、逃げるようにわたしは部屋を後にする。それにしても、服装を見直せですって?


「確かに、ここ数十年この系統の服しか着てこなかったのも事実だわ。はっ、もしかしてわたしが未だに男がいないのって……これが原因だったの!?」


 わたしは自分で言うのもなんだが美人だと思う。体つきだって服からこぼれるほどの胸だって持ってるし、腰もくびれている。でも、ここ数十年わたしを口説いてきた男なんていなかったわ……。まさか、この服が原因ならわたしは今まで一体何をしてきたのかしら?


「こんなのじゃアイツに“オシボリ”と言われても仕方ないわね……。いや、アイツの言った通りこれじゃあホントの“サボり魔”だわ」


 などと反省しているが、今はわたしの恋愛についてどうこう議論している場合じゃないわ。今はサニヤ王女の情報を収集しないと。


 そう思いしばらく頭の中で今の状況を整理しながら歩いていると、わたしの向かっている方向から見知った顔がやってくる。軽薄な顔を張り付かせた男、グリゴリがである。


 アイツの話では、グリゴリはサニヤ王女側に付いているということらしいから、裏切り者であることは確実なのだけれど、今は同じ七魔将の同僚として接しておかなければ。


「あらぁ、誰かと思えばグリゴリじゃない。こんなところで一体何をしているのかしら? また、牢屋番でもやっていたのかしらねぇ」


 わたしは、溢れ出そうになる殺気を無理矢理に抑え込み、皮肉を込めた言葉をグリゴリにぶつける。グリゴリの顔が屈辱に染まるが、すぐに口端を上げニヤついた表情で返事をする。


「それを言ったら、あんただって何をやっているんだヘラさんよぉー? 【オサボリのヘラ】がまさか仕事をしてますなんて、冗談でも笑えんぜ? ええ、おい?」

「わたしだっていつもサボってるわけじゃないわよ。やることはやってからサボるのよ。それじゃあ、わたしは忙しいからこれで失礼するわ」

「ちょっと待てよ。あんたに一つ前々から言いたかったことがあるんだ。そのエロい格好やめといた方がいいんじゃ――」

「うるさいわね!! わたしがどいう格好をしようとわたしの勝手でしょ!!」


 少し牽制のつもりでグリゴリと会話するつもりだったが、まさかのこいつにまでわたしの格好に対しての物言いが入るなんて。……解せないわ。


 あまりにわたしの格好を指摘する男が多過ぎたため、裏切り者のグリゴリにそれを言われて心底腹が立ってしまい、殺気混じりの怒声を浴びせてしまう。


 そんなわたしの殺気に顔を引き攣らせつつ「おぉ、怖い怖い」と減らず口を叩くところは、伊達に七魔将の位をもらっていないと感心するほどだ。だが、本気になればわたしの方がお前をボコボコにできるんだがな……。やってやろうか?


「もういいわっ! あんたに構っているほどわたしも忙しくないの。それじゃあね」

「それはこっちの台詞さ。……どうせお前らは全員俺が殺す」


 最後にグリゴリが何か言ったようだけど、どうせ碌なことでないと敢えて聞き返すことはしなかった。今は少しでもサニヤ王女についての情報を集める時……急がなきゃ。

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