ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

204話「突然の呼び出しと、サーラの依頼」



「ローランド君、お客さんがきてるわよ」

「俺に客? どんなやつだ?」


 愛しの君こと解除石との悲しい別れを経験した翌日、朝食後にマサーナが部屋を訪ねてきた。どうやら、俺に客がきているということだが、心当たりが一人しかいない。


 念のため、相手の容姿をマサーナに聞いてみたが、若い女性だそうで、容姿は美人だという。……ということは、サーラではないな。


 サーラは美人というよりも愛嬌がある顔をしており、彼女の容姿を現すのであれば、可愛らしいという言葉を使うはずなのだ。だというのに、マサーナからは美人の若い女性という返答が返ってきたため、俺は警戒心を強める。


「とにかく、会ってみるか」


 どのみち、相手の目的がわからない以上は会ってみる以外に手段はないため、俺は相手の女性に会うことにした。


 宿の受付に向かうと、そこにいたのはマサーナの言った通り顔立ちの整った美しい妙齢の女性だ。少し目つきが鋭いため、どちらかというとクールビューティーな印象を受ける。


 そして、彼女の美しさ以外に目を引くのが、給仕服に身を包んでいるところだろう、差し詰め誰かに仕えるメイドといったところだろうか。


「俺に用ということだが、なんだ?」

「ローランド様ですね。私はある方に仕えておりますメイドのテリアと申します。本日は、我が主であるサーラ様に貴方宛ての手紙を預かって参りましたので、まずはこちらをお受け取り下さい」


 そう言いながら、テリアと名乗った女性は手紙の入った封筒をこちらに差し出してくる。しかし、一つ気になったことがあったので、手紙を受け取りながら俺は彼女に問い掛けた。


「よく俺の場所がわかったな。サーラには、宿の場所もこれからの予定も伝えていなかったはずだが?」

「はい。それ以前に貴方を探してくれと頼まれた際、ローランドという少年としか聞かされていなかったので、途中で気付いて一度部屋に戻りましたよ……はは」

「それは……なんともサーラらしいな」


 などとフォローのつもりで言ったが、普通は“そのことに気付いて部屋を出ていく前に問い掛けるべきでは?”という疑問が浮かんだが、テリアの苦笑いを見て、彼女もまた主に似て少し抜けている部分があると結論付ける。


「そこから、サーラ様の話の内容から魔狩ギルドの話をした際に貴方が興味を抱いていたと仰られていたので、それから魔狩ギルドに行って貴方の名前で問い合わせてみると、その日のうちにやってきて魔狩ギルドに登録したということと、こちらの宿を勧めておいたという回答が得られましたので、こうして貴方に会うためこちらに赴いた次第です」

「なるほど、そういうことだったか」


 異世界にはプライバシーを保護するような法律はないだろうから、口止めをしておかない限りは、こうして個人情報が人の口から漏れる可能性がある。今後は気を付けないとな。


 とにかく、サーラが俺に手紙を寄こしたということは、何か俺にやってもらいたいことか、俺なら対処できるかもしれないと判断しての行動なのだろう。


 何か俺に用があるなら直接会いに来いとは思うが、俺の予想が正しければ、彼女はある一定の権力を持つ上級貴族の令嬢か、王家に属する者ではないかと考えている。もしそうであるなら、顔は割れているだろうから人前で出歩くことは難しいかもしれない。


 ひとまずは、テリアから受け取ったサーラの手紙を読むため、封筒から手紙を取り出し手紙に目を通す。だが、急いで書いたのか、書かれていた内容は実にシンプルなものだ。


「“解除石の結界の解除方法について知りたいなら、私の頼みを聞いてください”か……。やはり、最初からあの結界があることを知ってて、わざと俺にそれを教えなかったか。案外強かだな。(まあ、それくらいできなきゃ貴族王族はやっていけんか)」


 この手紙を受け取るまでは、サーラが神殿にあるのは解除石のみで、そこに結界が張られていることは知らなかった可能性が残されていた。だが、この手紙の内容は、明らかに事前に解除石に結界が張られているということを知っていた口ぶりだ。


 そして、わざわざそれをこのタイミングで教えたということは、サーラにとって何か緊急の用件ができた可能性が高く、事態は俺が予想しているよりも逼迫しているのではないかと、俺は考えた。


 もし俺がサーラの立場なら、俺との交渉材料として解除石の結界をどうにかする術をカードに、直接会って俺と交渉するはずだ。だが、今回は手紙という間接的な手段を用いて俺に交渉を持ち掛けてきている。この時点で面倒事の臭いがぷんぷんと漂ってきていた。


「ローランド様、お願いいたします。私と共にサーラ様の元へ出向いていただけないでしょうか?」

「それはいいが、この手紙を見るに明らかな厄介事なのだろう。俺が出向くだけじゃあ終わらないよな? これ」

「そ、それは……」


 俺の追求に、言葉に詰まるテリアを見て俺は確信する。やはり、サーラの周りで何かとんでもない厄介事が起こっている。


 しかしながら、俺としては魔界にまで飛ばされ、右往左往する俺がここまでこれたのも、サーラがいてくれたお陰であることもまた事実である。


 魔王都に彼女を送り届けることでその時の借りは返してはいるとはいえ、そのあと俺のあずかり知らぬところで不幸になられては、こちらとしてもあまりいい気分にはならない。


 それが第三者の何者かの手によって引き起こされたものであれば、さらにも増して“余計なことをしやがって”という気持ちが強くなるのは目に見えている。


「まあ、こちらとしてもサーラには一度会わねばならないからな。彼女のいる場所に案内してもらおう」

「そ、そうですか。ありがとうございます。では、私が案内いたします」


 俺がサーラに会うと言ったことで安心したのか、テリアが安堵の表情を浮かべる。ひとまずは、サーラから詳しい話を聞くため、テリアの案内で彼女がいる場所へと向かった。




 ☆ ☆ ☆




「なあ、ここって王城だよな?」

「そうですが、何か?」

「いや、なんでもない」


 テリアの案内に従ってやってきた場所。それは、王城だった。この都市の中心部に建設された最も目立つ建物であり、この魔族の国の王族たちが住まう住居でもある。


 問題はなぜテリアがそんな場所に俺を案内したのかというところで、俺の中の警戒心がさらに一段階引き上げられる。


(まさか、予想してたとはいえ、ホントにやんごとなき人種だったのか?)


 俺がそんなことを考えている間にも、王城の中に入り、無駄に巨大な迷路のような回廊を右に曲がったり左に曲がったりしながら歩いて行く。すると、とある一つの部屋でテリアの足が止まった。


「この部屋でしばらくお待ちいただけますでしょうか? すぐに戻ります」

「わかった」


 通された部屋は、どうやら応接室のような場所で、下品にならない程度の豪華な調度品に座り心地の良さそうなソファーと、高級そうなテーブルが設置されている。


 とりあえず、やることもないのでソファーに座って大人しく待つことにしたが、準備に手間取っているのか、三十分が経っても誰もやってこない。


 もうそろそろ、ただソファーに座っているだけにも飽きてきた俺が何か内職を始めようと思ったその時、ようやく部屋のドアがノックされる。


「失礼いたします」

「ほう」


 入ってきた人物の姿を見て、俺は感嘆の声を上げる。感嘆といっても、それはプラスの感情ではなく、どちらかといえば“そんなこともできたのか”というような軽いものだ。


 ひらひらの豪奢なドレスに身を包み、優雅な立ち居振る舞いはまさに王族のそれであり、こうしてみると確かに堂に入っている。もともと、普段見ていた彼女の姿勢は良く、平民にしては動きも気品があったことを見れば、その一端は見えていたといえばそうなのだが、それでも“あのサーラが王族?”というどこか都市伝説的な要素を含んでいたがために、俺の脳がそれを認識することを拒否していた。


 だが、こうして実際に目の前にそれを出されてしまえば、それが純然たる事実であるということを嫌でも受け止めなければならない。そして、それは俺にとって何か負けたような敗北感を覚えてしまう。一言で言うなら“サーラのくせに生意気だ”という本人からすればいちゃもん以外のなにものでもない形容しがたい感情だ。


 とりあえず、立ち話もなんだということで、サーラにもソファーに座ってもらい、詳しい話を聞くことにする。彼女がソファーに座ると、まずは魔王都にまで帰ってこれたことに対する礼の言葉を口にし始める。


「まずは、このような場所にお越しくださり、ありがとうございます。改めて、私をこの魔王都まで送り届けてくださったことに感謝させてください。ありがとうございました」

「それはお互い様だ。気にしなくていい。それよりも、依頼の内容を聞こうか」

「……察しが早いですね。こちらとしては説得の手間が省けますが……」

「手紙の内容と状況を察するに、残された時間がないと判断した。なら、先に事情を聞いておいた方が、どちらにとっても利があると思ったまでだ。何があったのか、話してくれ」

「わかりました。実は……」


 それから、サーラの話を要約すると、自分は魔族の国の第三王女で上に二人の姉がいるのだが、すぐ上の姉であるサニヤという名の第二王女が、覇権を握るため自分や第一王女のサーニャに手をかけたという内容のものだ。


 所謂王族同士の継承権争いの類に関する話で、サーラはそれに巻き込まれた形ということらしい。自分は俺に助けられたことで事なきを得たが、第一王女のサーニャは現在謎の病によって昏睡状態となっており、あと数日その状態が続いてしまえばもう彼女が目覚めることはないという。


「それを聞いた瞬間、居ても立っても居られなくなり、どうしたらよいのかわからなくなりました。そして、この状況をどうにかしてくれる人物の心当たりを思い描いたところ……」

「俺を思いついたということか。ふん、俺にとっては迷惑千万な話だな」

「申し訳ございません。今となっては、あなた以外に頼れる人がいないのです……」


 俯きながらそう言葉を締めくくるサーラを尻目に、俺は改めて今自分が置かれている状況を整理する。現在、三人いる王女の間で継承権争いのようなものが起きており、サーラと一番上の姉サーニャが第二王女のサニヤの策略に掛けられている。


 仮にサーラの依頼を受けた場合、その元凶となっている第二王女を更生または誅殺などの何かしらの形で対処する必要が出てくる。その報酬として、解除石の結界の解除を交渉の材料に持ってくることは大体予想はつくが、俺にとってはあまり旨味のない話である。


 確かに、一瞬にして移動が可能な転移の能力が使えないのは痛手ではある。だが、決して致命的なものではなく、普段使っている便利な能力が使えなくなっているといった軽いものでしかない。


 それこそ、空を飛ぶ飛行魔法や、マンティコアなどの高速で移動することができる召喚獣もおり、転移ではないにしろ通常よりも速く移動する手段というのはいくらでも持っているのだ。その中で転移が一番最短で移動できる方法でしかなく、どうしてもその能力がないといけないわけでもない。


 それ故に、その能力を取り戻すための解除石の結界を解除するという交換条件は、交渉の材料としては少々弱いのだ。果たして、サーラはそのことに気付いているのだろうか? おそらくは気付いていまい。


 しかし、このまま彼女を見捨てるというのも我が儘な話だが、俺の中での矜持のようなものが許さない。かといって、依頼を受ければ厄介事に自ら首を突っ込んでしまうという負のスパイラルが発生してしまう。


「あちらを立てればこちらが立たずってやつか……」

「ローランドさん?」

「とりあえず、その第二王女というのをぶっ殺せばいいんだな?」

「い、いえ違いますよ! なんでそんな話になってるんですか!?」

「だって、その第二王女が目障りだからどうにかしたいってことだろ? ならその元凶を殺せばいいじゃないか」

「なんですかその殺伐とした考え方は!? デストロイ甚だしいですよ!!」


 サーラの声を荒げる姿が珍しいのか、ここまで俺を案内してくれたテリアという女性も、俺に何も言ってこない。寧ろ、この状況を楽しむかのように観察しているようだ。


 俺のあまりにもあまりな結論にサーラが抗議する中、俺は彼女を諭すように語り掛ける。


「サーラよ。王族とは、時に苦渋の決断をしなければならないのだ。例えそれが、肉親を手に掛けることになったとしても」

「でも、今の状況ってサニヤお姉様を殺さなくても解決できる問題ですよね?」

「……ち、気付いたか。意外に聡いじゃないか」

「ローランドさん……もしかしてですけど、私のことを試しましたね?」

「さて、冗談はこれくらいにしてだ。まずは、第一王女の謎の病気というやつをなんとかしようか」


 あからさまな話題転換にどこか納得のいかない顔をするサーラだったが、ひとまずは俺が自分の依頼を受けてくれるということで、俺が強制的に黙らせた形となった。


 彼女の依頼を受ける方向で動くとすれば、まず近々に解決しなければならないのが第一王女の原因不明の急病をなんとかすることだろう。


「とりあえず、第一王女のところに案内してくれ」

「……わかりました」


 未だに腑に落ちていないサーラだったが、今は姉のことを優先すべきだと判断したのか、大人しく俺を第一王女の元へと案内する気になったらしい。


 彼女の姉の病気が何なのかは知らないが、兎にも角にも見てみないことには何も始まらないため、俺たちは第一王女のいる彼女の部屋へと向かった。

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