ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

203話「愛しの君との出会いと別れ(ギャグ)」



「さて、いよいよ解除石を拝みに動きますか」


 寄り道はこれくらいにして、魔王都にやってきた本来の目的解除石を使い、自身にかけられた魔力固定を解除するべく、俺は行動を開始する。


 俺は腰掛けていた宿のベッドから立ち上がると、受付にいるマサーナに出掛ける旨を伝え、鍵を渡す。そして、宿から外へと出た。


 サーラの話では、王城から西方面にある古びた神殿にあるということらしいのだが、それはすぐに見つかった。見つかったというか、嫌でも目に飛び込んできたというのが正しい。


「デカくね?」


 現在俺は王城を正面にして大通りを真っすぐ進んでいるのだが、向かって左手に周囲の建物とは明らかに様相が異なる石造りの巨大な建造物が建っているのを視認した。


 おそらくはあれがサーラの言っていた神殿だと当たりを付ける。だが、周囲の建物の大きさを一とするなら、その神殿とやらは六くらいある。とても大きい。


 さすがに王城ほどではないにしろ、あまり目的もなく建っている建造物としてはあまりに場所を取り過ぎている。それが証拠に、周囲の建物の建築様式とその神殿の建築様式が合っておらず、取り壊した方が景観が良くなるとすら思えるほどだ。


 それだけあの神殿が魔族にとって大切なものであるという解釈をし、俺はその神殿に足を運んだ。


 メインとなる大通りをしばらく進んでいると、人間の都市と同じく露店で軽食を販売する店員がいたり、食べ物以外の商品を売る露店で値段交渉をする客がいたりと、それほど人間の街の様子とあまり変わりがない。たまに空を飛ぶ魔族がいる以外は……。


 そんな街の様子を地方から出てきた田舎者丸出しの人間のようにキョロキョロと視線を巡らせながら歩いていると、気付けば神殿にたどり着いていた。これだけ大きい建築物だと、初めての人間であっても迷わず来れたようだ。なによりなにより。


「入り口は……っと。ここか」


 とりあえず、中に入ってみようと入り口を探していると、そこには見張りの姿があり、俺を見つけた見張りが声を掛けてきた。


「おい、そこのお前。ここに何か用なのか?」

「ここに解除石とやらがあると聞いて来たんだが」

「確かに、ここには解除石があるが、中に入れてやることはできんぞ」

「そうなのか」


 見張りが言うには、ここは昔あった大きな戦争で使われていた解除石を祭る場所であり、ここだけは何年経とうとも取り壊されることはないとのことだ。


 なんでも、一度六代前の魔王が居住スペースを確保するために神殿の一部を解体しようとしたところ、前代未聞の大飢饉と流行り病が同時に起こってしまい、多くの民が犠牲となった。


 それから、幾度か神殿を壊そうと解体の計画が持ち上がる度に何かしらのトラブルが発生してしまうため、あの神殿には何か呪いが掛かっているのではないかという噂が流れる始末。


 決定的だったのが、六代前の魔王の王妃が妊娠中に再び神殿解体の計画が持ち上がった後、あれほど元気だった王妃が謎の病で倒れてしまった。医師たちの賢明な処置も虚しく、そのままお腹の子供と共に帰らぬ人になってしまったという悲しい出来事があったらしい。


 それ以降、神殿解体の話が議題に上がることはなく、この国では神殿については完全にノータッチを貫くことを決め込んだ。


「という経緯があってな。俺もここを見張るなんて気味が悪くて嫌なんだ。早く他の奴と代ってほしいぜ」

「そんなことがあったとは、じゃあ解除石は見れないのか」

「すまないがな。諦めてくれ」

「わかった」


 ここで騒ぎを起こすのは得策でないため、ひとまずは諦めた振りをして、その場を退散することにする。それにしても、まさか神殿に見張りがいたとは思わなかった。サーラめ、わざと言わなかったのか?


 とにかく、日中に忍び込むことは難しいので、夜を待つことにする。解除石という目的を失った俺ができることは、精々が街の散策を行うといういつものルーティーンのみだ。


 それに現状魔力固定によって影響が出ているのは、転換魔法の転移の魔法のみであるため、焦って解除する必要もない。尤も、黙って王都を出てきてしまっているため、心配している者がいるのも事実だ。だから、できれば解除はしておきたいというのが本音ではある。


「まあ、夜まで待つしかあるまい」


 それから、散策がてらのちょっとした観光を楽しんだ俺は、夜になるまで時間を潰す。思っていたよりも時間が過ぎていき、辺りが夜になったので、誰にも気付かれないよう神殿に向かう。


 ちなみに、あのあと一度宿に戻って夕食を食べてからしばらく部屋で時間潰しをしていたのだが、いつもの日課や生産活動をやっていると時間が経つのはあっという間だった。


 昼間とは違って、誰も通りを歩いていないのかと思ったが、実際はちらほらとまばらに人が歩いている。人間の街とは異なり、等間隔に僅かながらに照らす街灯のような装置が設置されている。そのため、真っ暗闇という訳ではなく、その光源を頼りにして移動ができるため、この時間帯でも誰かしらが外を歩いているようだ。


 俺はその人たちにも見つからないよう、建物の壁を蹴って屋根に上り、目的の神殿を目指した。そのお陰もあって、ここまで誰にも見つかることなく神殿前までたどり着いている。


「【インビジブルカーテン】」


 神殿前には昼間と同じ見張りがいたが、交代したのか昼にいた男とは別の男が神殿入り口前に立っていた。やる気がないのか、持っている槍にもたれかかりながら、時折大きな口を開けてあくびをしている。……セキュリティが甘そうだ。


 一応、念のために透明化の魔法を使って、自身の体を不可視化のカーテンで覆う。これはただ自分の周りを覆っているだけなので、壁などを通り抜けることはできない。あくまでも姿が見えないだけだ。


 その状態で近づいても見張りは一切気付いておらず、俺はその横を堂々と通り抜ける。やはりセキュリティは甘いようだ。


 中に入ると、外観と同じく古ぼけた造りをしており、この神殿が一昔前の建築物だということを改めて教えてくれる。神殿内はあまり複雑な迷路のような造りではなく、どちらかといえば一本道で、とにかく通路がとんでもなく大きい。これなら迷うことはないとはいえ、それにしたって広い。横幅が二十メートル以上もある通路なんて何の意味があるというんだ?


 そのまま道なりに進んでいき、とうとう突き当りにこれまた巨大な扉が姿を現す。その大きさは高さ十数メートル、横幅は七、八メートルにもおよぶ。


「昔の魔族というのは、こんな巨人だったのか? いや、たぶん大きい方が威厳があっていいという考えで作り出されたんだろうな。魔族ってプライド高そうだし」


 などと、昔の魔族に関する考察をやっていたが、今はそんなことはどうでもいいことであると思い至り、先の考えを破棄する。


 扉に触れると、何かの魔法陣が浮かび上がりゆっくりと左右に開いていく。不思議と扉の開閉音がしないのは、魔法的な何かであると当たりを付けつつ、中を警戒しながら扉を潜る。


 そこはここまでやってきたどの場所よりも広く大きな造りとなっており、二十五メートルのプール四つを上二つ、下二つに並べたとんでもなく広い長方形の部屋の形をしており、一番奥には光り輝く何かが設置されている。


「あれが、解除石か? それにしたって、こんなバカでかい部屋に置かんでもいいだろうに……。部屋の端まで移動するのに、何分も掛かるぞこれ」


 などと部屋の構造に文句を言いつつも、歩くこと数分。ようやく解除石と思しきものが設置されている場所へやってきたのだが、ここで予期せぬ事態が発生する。


 光り輝く物体は、確かにそこに設置されていた。だが、その周囲三メートルほどに薄いベール状の膜のようなものが張られており、それ以上前に進むことができない。


「結界か? さすがに見張りがお粗末だったからな。解除石自体に結界が張られていてもおかしくはないか」


 ようやく解除石にお目に掛かれたというのに、触ることができないという肩透かしを食らってしまった俺だが、なんとか結界を解除しようと試みる。だが、いつもなら簡単にできるはずの結界の解除が、今回はどう頑張っても解除することができないでいた。


 さすがに結界が壊れるほどの攻撃を与えると、見張りに気付かれる可能性があるため、強硬手段を取ってはいないが、結界を触った感じでは、その手段も徒労に終わるかもしれない。


「くそ。こんなに近くにお前がいるというのに、触れさせてもくれないというのか……」


 結界に両手を付きながら、愛しの解除石へと熱い視線を送る。どんなに視線を送ろうともその思いに解除石が応えてくれるはずもなく、今もなお温かい光を放ち続けているだけだ。


 何処かで聞いたような恋愛小説に登場しそうな歯の浮いた台詞を宣っている俺だが、幸いなことにそれを聞いているのは本人以外誰もいない。


「どうしたものか……。ここは一度戻って、今後のことを考えないといかんかもな」


 結界をどうにかすることができない以上、ここに留まっていても事態は何も変わらない。であるならば、この結界をどうにかする方法を探す方がずっと建設的である。


「名残惜しいが、またお前に会いに来る。必ず会いに来る。それまで待っていてくれ。さらばだ」


 などと少し恋愛劇風の挨拶を解除石に投げ掛けるも、当然かの石がそれに応えることはない。ただの俺の自己満足だ。少しおふざけが過ぎるがな。


 それから、再び透明化の魔法で見張りをやり過ごし、今日はもうやることがないため、ひっそりと宿に戻って寝ることにした。

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