ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
201話「またしても、またしてもテンプレ」
「おい、ガキ」
「なんだ?」
声を掛けてきたのは、筋骨隆々のいかにもな男だった。鍛え抜かれた鋼の肉体に、高ランクのモンスターの素材を使ってこしらえた上質な装備品。見るからに、魔狩者としてそれなりの場数を踏んでいるのが窺える。
だが、残念なことが一つだけあるとすれば、顔面偏差値が異常なまでに低いということ……つまり端的に言えば不細工なのだ。
体つきや装備品に関しては問題ないが、人が一番最初に重要視すると言われている見た目からしてこの男はかなりのアドバンテージを踏んでいると言わざるを得ない。
「さっきのオメェの話を聞いてたが、どうせどっかから素材を調達してきたか盗んできたんだろ? それじゃあ、魔狩者になろうなんざ夢のまた夢ってやつだぜ?」
「そうか、忠告は受け取っておこう。それだけか? なら俺は登録の手続きで忙しい。これで失礼する」
「俺様の言ってることがわからなかったらしい、オメェじゃ登録はできねぇって言ってんだよ!!」
男の怒声が響き渡り、その怒声を上げた主に視線が集まる。男はそんなことは細事とばかりに俺に魔狩者とは何たるかのご高説を宣い続ける。
「いいか、魔狩者ってのはな、選ばれた奴しかなれねぇ存在なんだ。それをオメェみてぇな鼻垂れ小僧がなれるわけねぇんだよ!!」
「鼻は垂れてないが?」
「そんなこたぁどうだっていいんだ! とにかく、オメェに魔狩者になる資格はねぇ」
「と仰っておりますが、その点についていかがお考えですかな? マーリアン嬢?」
「うぇっ? わ、私ですか!?」
突然話を振ってきた俺に対し、素っ頓狂な声を上げるマーリアン。俺が普段使っている砕けた口調から丁寧な言葉が飛んでくるとは思っていなかったのだろう、いきなりのことに驚愕しているようだ。俺はため息を一つ吐くと、改めて彼女に問い掛ける。
「で、実際のところどうなんだ? 俺は魔狩ギルドに登録できるのか?」
「そうですね。登録するためには、ギルド職員の前でその実力を示す必要があります。通常は試験官相手にどこまで戦えるかでその実力を測ることになっているのですが、今日は担当の試験官が休みを取ってまして」
「なら、この不細工な男はどうだ? こいつを半殺しにすれば合格ということでいいんじゃないか?」
「なんだと小僧!? 誰が不細工だ誰が!!」
「お前以外に誰がいる」
俺は、先ほどまで突っかかってきていた不細工な男を指差す。いきなりのことに憤慨する男だったが、俺は構わずマーリアンの返答を待つ。
「そうですね。ゴチェルさんは、☆2クラスの魔狩者ですので、試験官としては十分なのですが……少々やり過ぎるきらいがありまして」
「ゴチェル……見た目も不細工だが、名前も不細工とは恐れ入る」
「テメェ、良い度胸だ! いいだろう。そんなに殺されたいなら殺してやるよ!!」
「それは楽しみだ。ということで、マーリアン。俺の試験官はこのブサチェルが務めてくれることになったが、問題ないな?」
「誰がブサチェルだゴルァ! 妙な名前を付けるんじゃねぇ!!」
やれやれ、何が不満だというのだろうか、これ以上ないほどに的を射た名前はないというのに……。それから、俺の言葉にいちいち突っかかってくるブサチェルを尻目に、俺たちは訓練場に移動することとなった。
成り行きを見ていた連中も、野次馬根性をこれでもかと発揮し、俺とブサチェルの対決を観戦する腹積もりのようだ。……いや、目的は賭けか?
「さあ、張った張った。倍率はブサチェ……コホン、ゴチェルが1.1倍。あの坊主が10倍だ」
「仕方ないとはいえ、すげぇ倍率じゃねぇか!」
「これじゃあ誰も坊主には賭けないな」
オッズ十倍とはな。まあ、俺の実力を知らなければこんなものか。だが、それでも一応その倍率を付けた代償は大きい。多少は痛い目を見てもらうことにしようか。
「賭けるぞ。俺が勝つ方に魔大銀貨一枚だ。俺が勝てば、魔小金貨一枚だな」
「本人は賭けられないぞ」
「なら、マーリアンが賭ける。俺の分も入れて魔大銀貨二枚だ」
「ちょっと、なに勝手に決めてるんですか!?」
俺はマーリアンの抗議の声を黙殺し、ちゃっかりと俺と彼女の分、合計で魔大銀貨二枚を俺自身にベットする。俺が勝てば魔小金貨二枚になって返ってくる。
いくら魔族の中でも荒事に慣れている魔狩者とはいえ、俺は自他共に認める化け物である。本物には勝てないということを教えてやろうじゃないか。
「賭けませんからね」
「賭けといた方がいい。俺を信じろ」
「もう、負けたら魔大銀貨二枚返してもらいますからね」
それはブサチェルが俺を生かして返してくれるという腹積もりで言っているのだろうが、あの不細工なにやけ顔を見るに、俺が負けたら奴は俺を亡き者にすると思うぞ? まあ、負ける気はさらさらないがな。
お互い一定の距離を取る。ここでブサチェルが腰に下げている剣を抜き放ち、臨戦態勢を取る。それに対し、俺は利き手とは逆の左手の中指を親指に掛ける状態にして、それをブサチェルに向けた。
「……なんのつもりだ? まさか、指一本で俺の相手をするなどと言うんじゃねぇだろうな」
「俺はゴブリンを倒すのに全力を出す馬鹿なオーガとは違う。多少腕に覚えがある奴がいたとて、俺の前では無力に等しい。あいにく、これ以下の手加減の方法を持ち合わせていないのだ」
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ! 死んでも後悔すんじゃねぇぞ!!」
「井の中の蛙よ、世の広さを知るがいい」
「では、試合開始!!」
俺とブサチェルが戦う準備が整ったところで、マーリアンが試合開始の合図を出す。俺はいつでもよかったが、マーリアンよ。ただ指を突き出している相手を見て、戦いの準備ができていると判断するのはいかがなものかと思うぞ?
彼女の試合開始の合図と同時に、ブサチェルがものすごい勢いで突っ込んでくる。その額には怒りマークが浮き出ていることから、俺の挑発が相当気に食わなかったらしい。
そのまま猪突猛進が如く俺に接近すると、手に持った剣を振り上げ、そのまま地面に叩きつける。さすがは魔族というべきか、身体強化の乗った攻撃はただの土の地面を抉り、その衝撃が地面を通して伝わってくる。
だが、俺からすればただ埃を巻き上げるだけの攻撃であり、ブサチェルの攻撃自体も大振りであるため、言葉通り目を瞑っていても十分に避けることが可能だ。
俺はブサチェルが繰り出した攻撃をぎりぎりまで引き付け、奴の剣が地面に叩きつけられたと同時に躱し、そのまま奴の懐に接近する。
「なにぃ!?」
「終わりだ。ペチッ」
「ぐげろっ」
俺が接近したことで、驚愕の表情をブサチェルが浮かべる。その顔もまた不細工極まりないが、それよりも今は勝負を決めてしまおう。
接近したブサチェルのおでこ目掛け、先ほどから左手の親指に掛けていた中指をペチッという言葉と共にはじいた。圧倒的な力で繰り出されたそれは、ブサチェルの体を宙へと舞い上がらせ、その勢いはとどまることを知らず、その体を二度三度と地面にバウンドさせつつ、ようやく停止する。
“一体何が起こったのか?”それを目撃した者たちは理解できず、そう思ったことだろう。子供相手に全力で向かって行ったはずの大の男が、気付けば吹き飛ばされていたのだから。
そして、とても信じられないことだが、それを為したのは、他でもないその子供であるという事実。今回の一件を見ていない者にそれを話したとしても、誰も信じることはないだろう。実際に目にした者以外は……。
「終わったぞ」
「うぇっ? えっ、えぇ!?」
「だから、勝負がついたぞ。判定してくれ」
「しょ、勝者。……あの、お名前なんでしたっけ?」
「……そういえば、名乗ってなかったな。俺の名前はローランドだ」
素っ頓狂な声を上げたかと思えば、俺の名前を聞いてくるマーリアンに呆れかけたが、俺がまだ名乗っていなかったことを思い出し、改めて名前を告げる。
そして、そのまま「勝者、ローランド!!」と高らかに宣言すると、それを観戦していた魔狩者たちが騒めき立つ。
「お、おい。ブサチェルがやられちまったぞ」
「マジかよ。何かの間違いじゃねぇのか?」
「でも、実際あそこで地面とキスして寝てるじゃねぇか!」
「てか、賭けってどうなるんだこれ?」
俺はそんな魔狩者たちに近づいていくと、今回の試合の賭けの胴元をしていた男に近づき、手を出して掛け金の配当を要求する。
「てことで、賭けは俺……いや、賭けたのはマーリアンだから彼女の勝ちだ。締めて魔小金貨二枚だ。払ってもらおう」
「は、はい……」
男から賭けの配当金魔小金貨二枚を受け取ると、もう一枚をマーリアンに投げた。慌てて受け取る彼女を尻目に、念のため聞いておいた。
「これで、実力は証明されたよな? てことは、できるよな。登録?」
「そ、そうですね」
「じゃあ、手続きをよろしく頼む」
「わ、わかりました」
それから、受付カウンターに戻った俺たちはすぐさま新規登録の手続きを行った。手続きといっても簡単なもので、差し出された水晶に手を翳すというものだ。
なんでも、魔力から簡単な情報を読み取ってそれをカードに記載させる機能があるらしく、冒険者ギルドとは大違いだった。
ちなみに、魔力の読み取りから俺が人間であるということがバレるのではと思い、水晶を使う前にマーリアンに聞いてみた。すると、読み取るのは名前と年齢のみらしく、他の情報は手動で上書きしなければならない。
「だから、身長とかはわかりませんからお気になさらず」
「……そうか(いや、気にしてんのはそこじゃないんだがな)」
何とも的外れな勘繰りをするマーリアンのことは放っておいて、次に魔狩ギルドについての規約の説明に入るところで、急にギルドの入り口が騒がしくなった。
「遅刻遅刻遅刻遅刻遅刻ぅー!! ふぅー、ぎりぎりセーフ」
「はあ、マコル。三分の遅刻よ。てことで、約束通り今日は残業してちょうだい」
「のおおおおおお、オーマイグドゥネス!!」
ギルドにやってきたのは、元気はつらつな少女だった。見た目は十代中頃のショートヘアーのボーイッシュを残しつつも、ちゃんと女の子の部分もあるといった印象を受ける。栗色の髪にガーネットのような赤いの瞳を持つ少女で、体形はマーリアンに比べて見劣りはすが、同世代の女の子の中では、発育はなかなかといったところではないだろうか。
「はあ、マコル。さっそく仕事よ。この子にギルドの規約概要を説明してちょうだい」
「え?」
……あれに説明を受けるのか? この俺が? 最初の印象が印象だけに、一抹の不安があるが、この際ちゃんと説明してくれれば誰でもいいので、俺はマコルからギルドの概要を聞くことにした。
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