ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
185話「説得」
声をかけてきたのは、意外にも見知った人物であった。
その人物とは、桃色の髪に青い瞳を持った少女で、バイレウス辺境伯家の長女であるローレンだった。
彼女とは、俺がマルベルト家にいた頃からの顔見知りであり、俺に対して特別な感情を抱いていることは何となく察することができる。
王都での王女の婚約騒動の際にも同席しており、今も俺を婿として迎え入れようと虎視眈々と狙っているのかもしれない。
「おお、ローレンよ。いかがした」
「というか、何でここに君がいるんだ? 辺境伯家の実質的な跡取りは君じゃないのか?」
「私がいなくとも、辺境伯家にはあと二人の妹がいますので、問題ありませんわ」
現在彼女は俺の弟であるマークと婚約している。だが、それはあくまでも“結婚する予定のある相手がいる”というものであり、現代のフィアンセよりも結びつきは強くない。
特に貴族が婚約を破棄することは相手の状況如何でよくあることであり、今回の場合は他の貴族に縁談話を持ち込まれないための隠れ蓑的な婚約の意味合いが大きい。
俺という存在が現れなければ、そして俺の本性を知らなければローレンが俺に固執することもなかったと思うが、状況的に彼女に俺の本性を隠して計画を進めることは困難となってしまっていたため、仕方がなかったのだ。
そして、今回の戦争でなぜ彼女が前線であるここにいるのかと言えば、次期当主としての見分を広げるためだと推測する。
次のバイレウス領の後継ぎとして戦争を見ておくことで、次に戦争が起きた場合の糧にする腹積もりなのだろう。
「君は確か俺の弟と婚約していたはずだが?」
「それは世を欺くための偽りの婚約。私が本当にお慕いしているのはこの世にたった一人ですわ」
そう言いながら、ローレンが力強い視線をこちらに向けてくる。それはまるで得物を狙う猛獣のようなものだった。
「ですが、先日は王女様の話に飛びついてしまい。ロラン様のお気持ちを一切考えない強行策だったことは、大変申し訳なく思っております」
「じゃあ、もう俺に固執することは諦め――」
「ですから、次からはロラン様に振り向いてもらうよう精進してまいりますので、そのおつもりで」
「……」
ローレンが先日の王女の婚約直談判の一件について謝罪の言葉を口にしたので、俺のことを諦めさせようと釘を刺そうとしたところ、それを予想したかのように被せ気味に彼女が返答する。
「とにかくだ。俺が一人で敵の相手をするから、他の人間は俺の巻き添えを食わないように離れたところで見ていてくれ」
「断ったらどうなるんだ?」
「その時は、しばらく眠ってもらうことになる。起きた時には、すべてが終わっている。というよりも、断れないのわかってて聞いているだろ?」
俺がそう答えると、眉を寄せ難しい顔つきを辺境伯がする。俺の口から国王の許可を得てここに来ていると聞いていた時、既に彼は理解していたはずだ。俺の戦いを邪魔するということは、許可を出した国王の顔に泥を塗る行為であるということを。
つまり辺境伯がわかりきったことを聞いてきたのは、ささやかながらの抵抗であり、俺の行動に対する抗議の意思を示したいがための質問であった。
一領主として責務がある以上、そう簡単に他の人間に自分が治める領地の命運を懸けるというのは、貴族としての矜持に反することなのだろう。そういう考えが浮かんでくることで、彼がまともな部類の貴族であることが窺える。
だが、今回は緊急事態であるということと、このまま辺境伯に任せた場合における犠牲者の数の総数を鑑みた場合、決して少なくない犠牲者が出ることは想像に難くない。
死者を出してしまう方法と死者を出さない方法の二通りの方法があるのならば、誰でも後者を選ぶのは明白であり、それは辺境伯も頭では理解している。
それが証拠に、辺境伯が諦めたように一つため息を吐きながら、俺に向かって頼み込んでくる。
「今回はお前にすべて任せた方がいいようだ。武人としては情けない話だが、頼む」
「ああ、そのつもりだ」
「ロラン様なら大丈夫とは思いますが、決して無理はなさらないように。お気をつけて」
ローレンのそんな言葉に頷くと、俺はセコンド王国の軍が陣を敷いている場所に向かった。
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太陽が沈み、夜の帳が降りた漆黒の闇に包まれる時間帯。俺は行動を開始する。
シェルズ王国とセコンド王国の国境を跨ぐ名もない草原に、敵国の軍が陣を敷いている。その総数は三万という大群であり、決して侮ってはならない数だ。
その陣から離れること数百メートルの位置に俺がおり、そこから敵陣の様子を窺っているのだが、はっきり言って警戒を怠っているとしか言えない状況だ。
兵士のほとんどが酒に酔い潰れており、警戒に当たっているはずの見張りも気怠そうな態度でいることが離れていてもわかるくらいなほど弛みきっている。
「これじゃあ、夜襲を掛けてくれと言ってるようなものだな」
「これからどうするですのん?」
俺が呆れを含んだ言葉をつぶやいたその時、問い掛けてくる人物がいた。そう、今回の同行者であるモチャだ。
感情の籠っていない無表情のような顔を張り付けているものの、雰囲気的にはこれから俺がどんな方法で戦うのかわくわくしているといった様子だ。心なしか、瞳の中に星マークが浮かんでいる気がするし。
バイレウス辺境伯に一人の死者も出さないと啖呵を切っている以上、殺傷能力の高い方法を使うことはできない。であれば、それ以外の方法を使えばいいだけの話である。
「とりあえず、あいつらにはこの国から出ていってもらうとしよう」
「?」
俺の言葉の意味が理解できないといった具合に、モチャが可愛らしく小首を傾げる。……スイートポテト食べるか?
差し出されたスイートポテトを受け取り、小動物が食事をするような仕草で食べるモチャに癒されながらも、彼女の問いに答えてやった。
「……という作戦だ」
「……」
俺の答えに、本当にそんなことができるのかという顔を張り付けながら、モチャがこちらを見ている。相変わらず無表情だが、感情がダダ洩れなのでなんともわかりやすい。
そんな彼女の態度に内心で苦笑いしながらも、俺はさっそく作戦を実行に移すことにした。
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