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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

180話「モチャの素性をあらかじめ告知する」



 闇ギルドでの工作を完了させた俺は、モチャと共に王都の屋敷へとやってきた。目的は言わずもがな、新に雇い入れたモチャを屋敷の人間に紹介することである。


 モチャを紹介するにあたって、使用人によっては紹介の仕方を変えなければならないと考えている。理由は単純で彼女が元暗殺者という肩書を持っているからだ。


 いくら俺がモチャの身分を保証したところで、暗殺家業を行っていたという事実が消えるわけではない。そんな人間が近くにいるというだけで、畏怖の対象になってしまうのは仕方のないことである。


 そこで、表向きは一般メイドとして働いてもらい、その実は暗殺者として培ってきた諜報能力を生かした情報収集を行ってもらうつもりだ。


 既にそちらの分野においては、国王から引き抜いたステラとマーニャがいるのだが、こういった情報収集に関しては人海戦術がものを言う場合があるため、そういった能力に長けている人間は多いに越したことはない。


「戻ったぞ」

「これはこれは、ローランド様。お帰りなさいませ」


 屋敷の入ったちょうどそのタイミングで、ソバスが通りかかったため、声を掛ける。いきなり主人が帰ってきたことに驚きながらも、恭しく挨拶を返してくれる。


 一瞬モチャの方に視線が向いたが、俺が自分の部屋に歩いて行くのを見てそれに黙って付随する形となってしまったため、彼女が何者なのか聞きそびれてしまったようだ。


 ちなみに、モチャにはフード付きのマントを被ってもらい、顔や姿がわかりにくいようにしてもらった。裏の仕事をやってもらう人間が、公で顔を出すのはあまり良くないという配慮だ。


 それから、自分の部屋へとやってきた俺は、ソバスにモチャを紹介する前に、指定した使用人を連れてくるよう指示を出す。しばらくして戻ってきたソバスを含め、俺が指定した使用人が出揃ったところで改めて俺は口を開いた。


「まずは、長い間家を任せっぱなしにしてしまっていることを詫びよう。すまない」

「何を言われるのですか。私共はローランド様の使用人です。屋敷のことを任せられているのですから、屋敷の管理をするのは当然のことです」


 ソバスの言葉に、その場にいた全員が首肯する。まあ、そう言われればそうなのだろうが、それでも一応一言言っておきたかったので「ありがとう」と感謝を口にして本題に入る。


「ソバス、ミーア、ステラ、そしてマーニャ。この四人を呼んだのは他でもない。お前たちに前もって紹介しておきたい人物がいてな。それがこいつ、モチャだ」


 俺の言葉に被っていたフードを取り、モチャが自己紹介をする。自己紹介といっても「モチャですのん。よろしくですのん」という短いものだった。


「あの、ローランド様。この方は?」

「ああ、お前の予想している通り、殺し屋だ」

「っ!?」


 フードを取ったモチャを見て、ステラが何かを感じ取ったらしく、俺に彼女が何者なのか聞いてきたので、正直に答えてやった。


 俺の口から予想もしない言葉を聞いて、全員が顔をこわばらせるのがわかった。そして、次の瞬間には四人全員が臨戦態勢を取り、どこから出したのかわからない武器を手に取っていた。


 ソバスは剣、ミーアは鞭、そしてステラとマーニャは短剣を持ち出し、今にもモチャに襲い掛からんという勢いだ。……お前ら、いつもそんなものを持ち歩いているのか?


「待て待て! 殺し屋と言ったが“元殺し屋”だ。俺が新しく出資している商会のことは話したな?」

「はい」

「そこの代表者が襲われてな。まあ、俺が気付いたから代表者は無事だったんだが、襲ってきたのがこいつだった」


 俺の説明に、四人全員がモチャに厳しい視線を向ける。そりゃあ、自分の主人が関係する人間を襲った相手にいい顔はできないだろう。それは仕方ないことなので、四人を咎めなかったが、その視線を向けられたモチャは居心地が割るそうだ。


「でだ。必要な情報を彼女から得た俺は、そのまま闇ギルドに赴いて闇ギルドのギルドマスターと接触し、商会の代表者をモチャに襲わせた依頼主が誰なのかを吐かせた後、国王に闇ギルドの場所を教えて帰ってきたというわけで」

「それで、彼女をどうするおつもりなのですか?」

「優秀そうだったから、そのままうちで雇うことにした」

「な、なんですと!?」


 珍しく声を荒げるソバスだったが、まだ説明が終わっていないのでそのまま続きを話し始める。他の三人も俺の説明に言葉を失っているようだ。


 まあ、元とはいえ同僚が殺し屋になると聞かされて平然としていられる人間は少ないだろうから、彼らの反応は至極当然といえば当然の反応なのだろう。


 それから、表向きはメイド見習いとして雇い入れることや、裏業務としてステラやマーニャと一緒に諜報活動をやってもらうことを説明した。


 当然四人とも反対したが、雇い主である俺の権限をフルに使ってごり押しで認めさせた。……うーん、職権乱用っていうのはこういうことなのだろうか。


「とにかくだ。こいつは元は殺し屋だが、これからは同僚になるんだ。よくしてやってくれ」

「は、はあ……」

「ローランド様がそう仰るのでしたら……」


 ソバスもミーアも納得はしていないといった顔をしていたが、俺の指示ということで渋々了承してくれた。一方のステラとマーニャは、同じ諜報という分野の同僚が増えるとあって、敵意の籠ったような視線をモチャに向けていた。


「とりあえず、四人には彼女が殺し屋だということは伝えておくが、他の使用人にはこのことを伏せておいてくれ」

「畏まりました」


 ソバスが了承してくれたことで、他の三人も順次頷く。次にモチャが加わることによって、この四人には負担を掛けてしまうことになるため、俺はある提案をすることにした。


「モチャが入ることで、お前たちには負担を掛けることになる。そこで、今支払っている給金の三割増しの給金を一年に二回ボーナスとして支払う制度を新たに導入することにした」

「ローランド様、ボーナスとはなんでしょうか?」


 前世の会社では当たり前に導入されていた制度である賞与制度だが、どうやらこっちではあまり馴染みがならしい。全員の頭に疑問符が浮かんでいるのが見て取れる。


 賞与制度とは、一月毎に支払われる給与とは別に特別に支払われる給与のことで、一般的に“ボーナス”と呼ばれることが多い。


 基本的にボーナスの金額は、支払われている給与の二から三か月分が一般的とされているが、今回は初めての試みということで、給金の三割増しの金額を指定することにした。つまりは、一月の給金が大銀貨一枚の人間は大銀貨一枚と中銀貨三枚を支払い、中銀貨五枚の人間は中銀貨六枚と小銀貨五枚の金額になる。


 それを一年に二回実施することで、四人の負担する労働の対価とするのが狙いだ。もちろんだが、この制度は他の使用人も適用されるため、この四人を特別扱いするというわけではない。どちからというと、この四人を特別扱いするついでに他の使用人にもこの制度を適用させてしまおうというのが本音だ。


「お、お待ちくださいローランド様! 今の給金でも私どもは十分な対価を得ております。これ以上いただくのは、過分に過ぎるというものです」

「だが、今後モチャが掛ける負担を考えれば、必要なことだと思うんだが?」

「そ、それは」


 俺の提案にソバスが反論するも、俺の言わんとしていることも理解できるため、強くは否定できないでいるようだ。俺としては、前世の感覚的には正当な権利だと思っているので問題はないのだが、どうやらこちらの世界の感覚としては貰い過ぎということらしい。


 結局のところ、俺が押し切る形で試験的に賞与制度を設けることし、問題があれば適宜対応するということになった。


 それから、他の使用人たちの前でモチャを紹介し、新たにモチャを雇い入れるということを周知させた。ひとまずは、これで様子をみることにしよう。

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