ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく
167話「謁見と大公の確執」
「面を上げよ」
厳かな雰囲気の中そう言葉を発したのは、セイバーダレス公国大公アリーシアだ。
アリーシア・フィル・テラ・マグワイズ。現在俺が亡命中の国を統治する者であり、今回マンティコア討伐を依頼した依頼主でもある。
あれからマンティコアの自らの召喚獣として契約した俺は、被害を受けた村に戻って事の顛末を村長のファガレスに報告した。もちろんだが、マンティコアを自分の召喚獣にしたのは秘密にしてだ。
それから、証拠としてマンティコアから取れた極上なモンスターの肉を出してやると、最初は驚いていたファガレスだったが、これだけ上質な肉は生半可なモンスターからは手に入らないと判断され、その日のうちにマンティコアが討伐されたという情報は村人に知れ渡ることになった。
当然のことだが、マンティコアから村を救った英雄として感謝され、宴が開かれることになったのは想像に難くないだろう。
その翌日、何か自分たちにできることはないかと言われたので、ここぞとばかりに「生活に支障が出ない程度に粒麦とその苗を分けて欲しい」と頼むと、キロ換算で三百、米俵にして五俵もの米が集まった。
村長の話では、ここ数年豊作に次ぐ豊作が続いており、村人たちではとてもではないが消費しきれないほどの米が備蓄されていたようで、今回はそれを惜しげもなく放出する形となった。
「村の恩人であるローランド様になら、村にある粒麦をすべて差し上げてもいいくらいですじゃ」
などとファガレスが宣っていたが、それをやると村人たちの生活に支障が出てしまうため、さすがに止めさせた。……ホントに全部渡そうとしてきたからな、あの爺さん……。
苗に関しても、そろそろ植え込みの時期だったらしく、十分な量を確保できた。まあ、一度試しに育ててみないと何とも言えないが、栽培可能であれば是非とも栽培していきたいところだ。
そして、村での用事を済ませすぐに首都へ瞬間移動で戻りアリーシアに報告すると、なんとその日のうちに玉座の間での謁見が行われることとなったのである。
そんな急に決めてしまって大丈夫なのだろうかと思っていたが、基本的に領地を治める貴族たちは実際の領地に優秀な代官を着任させ、自分自身は大公の住まう居城で別の仕事をしているらしい。
つまり、すぐに集まろうと思えば集まることができ、こういった国の大事な政なども早急に執り行うことが可能なのだそうだ。
「……」
「ミスリル一等勲章所持者ローランドよ。我が祖国を脅かす強大な魔物であるマンティコアを、よくぞ討伐してくれました」
「勿体なきお言葉にございます」
あらかじめ決めておいた内容の言葉を口にする。アリーシア自身は気にしないだろうが、相手はこれでも一国の王や皇帝と同等の身分を持つ人間なのだ。それを頂に置いている貴族たちがこの場にいる以上、あまりフランクに話すべきではない。
それに加え、女性を大公として推すこの国の特色として女性至上主義が存在している。かつての前世の世界では女性というのは差別され、男尊女卑などという言葉があるほどに女性の身分が低い時代が存在していたが、この国では逆だ。
別に男性の地位が低いというよりかは、この国の出生率に問題がある。他の国と比べて、男性が生まれる確率が極端に低く、その比率は驚異の十対一だそうだ。
仮に人口が一万人の都市があったとして、他の国では半分の五千人が男性なのに対し、セイバーダレスでは女性が九千人、男性が千人という比率となっている。
そのため、この国では男性がとても大切にされている傍らで、男女比の差から国の政や貴族の当主などは大体が女性となる場合が多い。もちろん男性の当主も一定数はいるが、男女比の差から考えれば肩身が狭いことは想像に難くない。
例外として、大公の夫は国の頂を担う人物の配偶者であるため、宰相や騎士団長などといったある程度身分の高い役職についていることが多いそうだ。かくいう今代の大公の夫であるビスタも、宰相と近衛騎士団長という国にとって重要な役職に就いている。
「あれが、ミスリル一等勲章所持者の英雄ね」
「まあ、実にお小さいこと。あれで本当にマンティコアを倒したのかしら?」
「可愛らしいわ、お持ち帰りしたい……」
女性は男性に比べて頭で思ったことをすぐに口に出す傾向がある。であるからして、先ほどから聞こえてくる女性遺族たちの歯に着せぬ物言いが、俺の心にズキズキと刺さっている。この感情は……そう、苛立ちだ。
「……」
「っ……静まれい! 大公陛下の御前で私語をするとは何事か!!」
俺の表情を見て何か不穏な空気を察知したビスタが、周囲の貴族たちを一喝する。……ビスタめ、男なのになかなかよく気が付くじゃないか。その判断は正解だ。あともう数十秒周りがうるさかったら、嵐魔法でこの場に竜巻を出現させようと思っていたのだが、当てが外れたな。
俺から不穏な空気が無くなったことに、アリーシアとビスタが胸を撫でおろすような安堵の表情を浮かべている。だが、こういった謁見では所謂テンプレというやつがあるわけで……。
「大公陛下、少々よろしいでしょうか?」
「なにかしら、マルゲリータ公爵」
そう、こういった場合他者の功績を妬む輩がいちゃもんを付けてきて、あわよくば潰そうとたくらむのが大体のお約束なのだ。どうやら、女性の比率が多いとはいえ、御多分に漏れずそのお約束があったようだ。
「マルゲリータとか、ピザかよ……(ボソッ)」
「あら、何か私の名前に文句でもあるのかしら?」
「いいえ、別にそのようなことはありませんが」
恐ろしい地獄耳で俺のぼそりと呟いた言葉に反応し、あまり友好的とは言えない態度を相手が取ってくる。……俺、あんたと初対面なんだが、気に障るような何か粗相をしたのか?
アリーシアがマルゲリータ公爵と呼んだ女性貴族は、それはそれは美しい美女だった。煌びやかなドレスに身を包んだ姿はまさに容姿端麗で、これといって指摘すべき欠点がない。
艶のある長い髪、目鼻立ちの整った端正な顔立ち、丸みを帯びた程よい肉付きと胸部装甲レベル圧巻のIというわがままボディを引っ下げ、絶世という言葉が霞むほどの美女が俺の前に立ち塞がる。
それに対抗するかのように俺との間に割って入ったのは、アリーシアだ。彼女とて、絶世という言葉が裸で逃げだすくらいには容姿が整っており、この場にいる女性の中でもトップクラスの容姿を持ち合わせている。
胸部装甲の面においては少々心許ない部分があるが、別に女の価値は胸部装甲のデカさで決まるわけではないし、今回の一件においてその部分は重要視されてはいないため、まったく問題ではないのだが……。
「マルゲリータ公爵、そのくらいにしておきなさい。これ以上の彼に対する侮辱は、この私が許しません」
「あらあら、大公になった途端に偉ぶるなんてマグワイズ家もずいぶんと、地に落ちましたわね。胸も貧相なら、性根の方もずいぶんと貧相ですわね。ああ、胸の方は血筋だから仕方ありませんでしたわね。おほほほほほ」
「むきぃー! ちょっと、エリザベート! 言っていいことと悪いことがあるわよ!? 見た目だけのガラス細工女が!」
「なんですってぇー!!」
「なによ!?」
お互いの暴言をきっかけに、そこから取っ組み合いのキャットファイトが展開されてしまった。どういうことなのかと詳しい話をビスタに問い掛けてみると、二人にはある因縁があった。
そもそもの話として、このセイバーダレス公国は元は五つの大きな貴族家が代表としてそれぞれの領地を治めていたのだが、それを一つの国として纏めてみてはどうだろうかという話になった。
その際に、五つの貴族家を公爵とし、四年に一度開催される貴族当主の投票により選ばれる大公選抜によって、選ばれた貴族家の当主が大公として任期を全うするまで国の代表を務めるというシステムになっている。
当然、マグワイズ公爵家当主のマリーシアとマルゲリータ公爵家のエリザベートも、大公選抜で候補として挙がっていた。
堅実に大公選抜に向けての活動を行っていたマリーシアに対し、エリザベートはあの手この手を使い、あまり良くない方法で投票数獲得のための根回しを行っていた。
元々同じ格の貴族家同士とあって、子供の頃から親交があったために、エリザベートの行いを良しとしないマリーシアが彼女の行為を指摘するのは必然であった。
ところが、それをライバルを蹴落とすために言っていることだと勘違いしてしまったエリザベートが、その出来事をきっかけにマリーシアと対立するようになってしまったのである。
結果的に選ばれたのはマリーシアだったが、それ以降二人の間には溝ができてしまい、顔を合わせる度に人目も憚らずこのような喧嘩をするようになってしまったということであった。
「エリザベートに教えてやらなかったのか?」
「教えましたよ。ですが、そんなのは嘘だの一点張りでこちらの話に聞く耳を持ってくれないのです」
「なるほどな」
周囲の貴族家も、毎回の恒例行事のような扱いになっているらしく。誰も二人の喧嘩を止めるようなことはしない。結局どういう形で喧嘩が終わるのか聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「結局、最後は二人とも疲れて、そのまま成り行きで流れる形になりますね」
「子供の喧嘩の方が余程ましだな」
「おっしゃる通りです……」
俺の的確な指摘に、苦笑いを浮かべながらビスタが恐縮する。仕方ない、ここは全く関係のない第三者である俺が介入してやるとするか。
「ちょっと荒療治になるが、俺に任せろ」
「え? ロ、ローランド様? 一体何を――」
ビスタの言葉に反応することなく、俺は未だ取っ組み合いを続けるマリーシアとエリザベートに歩み寄った。そして、いがみ合う二人のことを無視した非情な一撃をお見舞いする。
「やめんかー!」
「へぶっ」
「ぎゃぼっ」
二つの貴族家の当主の頭にチョップが落とされるという珍事件が発生したのは、後にも先にもセイバーダレス公国の歴史上この時だけであったと後の歴史書にはそう記されている。
こうして、また新たな面倒事が発生する予感を感じつつも、まずは二人に説教をするべく、俺は気を引き締めた。
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