ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

166話「説得と再会」



「くっ……もういっそのこと殺せ!」

「お前が“くっころ”しても需要はないぞ?」


 最初の頃の威勢が嘘のように鳴りを潜め、今では弱々しい態度を見せる。マンティコアの肉が、これほど上質であったことに嬉しい誤算とばかりに回復魔法で手足を生やし、オクトパスにもやった無限機構を成立させる。


 ただし、こちらの無限機構は俺の魔力が尽きるまでという注釈がついてしまい、永久機関ではないということを付け加えておかねばなるまい。


 マンティコアの能力は、物理的な能力に関しては高いのだが、肝心の【再生】というスキルを持っていないため、手足の再生の補助を俺がしてやらねばならない。


 さらに都合の悪いことに、水生系のモンスターであったオクトパスとは異なり、獣系のモンスターであるマンティコアには痛覚が存在しているようで、手足を切断する度に痛みによる悲鳴のような声を上げ続けていた。


 実質的にそれが村を襲った罰になっているのだが、マンティコアにとって肉体的な痛みよりも精神的に掛かる負荷の方が強いらしく、もう既に生きることを諦めているようだ。


「それに、まだたったの十トンしか肉が取れとらん。最低でも、この十倍の量は欲しいところだ。てことで、続きいくぞ」

「誰かー! 助けてくれぇー!!」


 とうとう耐え切れなくなったマンティコアが、助けを求める声が聞こえるが、残念ながらモンスターを助ける者もいなければ、俺をどうこうできる存在もこの世界では現状一人しか確認されていない。


 その存在も、俺に対し友好的過ぎるくらいに接してきているため、仮に俺に襲い掛かったことが知れれば、今以上の苦痛を味わわせられる可能性が極めて高い。そういう意味では、俺のやっていることは良心的なのである。


 そして、さらにマンティコアにとって不運だったのが、俺が錬金術を使って最初に切断した手足を増やせば、魔力が続く限り無限に増やし続けられることを思い出すまで、手足を生やしては切断し続けられたことだろう。


 もはや逃げることも襲ってくることもせず、まるで犬がやる伏せの態勢を取りながら、俺に殺されるのをじっと待ち続けていた。


「もう、苦しいのは嫌だ。早く殺せ。殺してくれ」

「だが断る! お前は村を襲い何の罪もない村人を殺した。その罪がこの程度の食材……もとい、贖罪で許されると思っているのか?」


 事実マンティコアの犯した罪は、決して軽いものではない。弱肉強食の世界だと一括りにしてしまえばそれまでだが、マンティコアが殺した村人には家族がいた。後に残された人間が、家族を失った悲しみを背負って生きていかなければならない思いは、その者に一生癒えない傷として残り続ける。


 考えてもみて欲しい。自分の大切な家族を殺した存在が、仮にこれ以上ないほどの苦しみを与えられた状態にいたとして、その姿が可哀想だからと自分の家族を殺したことを許すだろうか?


 十中八九許すことはないだろう。寧ろ“ざまあみろ、もっと苦しめ”と考える人間の方が多いのではないだろうか。


 つまり、俺が何を言いたいのかといえばだ。俺がマンティコアに対してやったことは人の道理に反しているが、先に村人を殺すという道理に反した行為を行ったマンティコアの方が罪深いということだ。


 そして、俺がマンティコアに行った非道は、そのままマンティコアを断罪するための行為となり、俺が非道を行ったという事実は闇の中に消えるという寸法なのである。どうだ、見事な筋書だろ?


「さて、改めて聞くが。俺のペットになる気はないか」

「ない。我は腐っても誇り高きマンティコアだ。誰かの下に付く気など毛頭ない。戦いの中で死ぬるならそれも運命。本望だ」

「そうか、なら……」

「我に止めを刺す気になったか」

「お前が首を縦に振るまで、さっきのを何十万回と繰り返すだけだ!」

「なぜそうなるぅー!?」


 それから、さっきの極上肉無限製造作業を繰り返すこと実に五千六百三十六回にして、ようやくマンティコアが首を縦に振ったのである。


「もうペットでも何でもいいから、痛いことしないで……」

「うんうん、わかってくれたか。本当にこのまま何十万回と繰り返すところだったぞ」

「人間怖い、人間怖い、人間怖い……」


 もうすでに最初に出会った強気な印象はなく、若干何かのトラウマを植え付けてしまったようだが、とりあえずマンティコアの説得には成功した。


 当初の予定と違ってはいるものの、実際のところはマンティコアがいることによって何かしらの弊害が生じているということが問題な訳なので、その元凶がいなくなれば何ら違いはないのだ。例え、マンティコアを召喚獣として契約してしまってもだ……。


「よし、これでお前は俺の召喚獣として生きていくことになった。しかし、特に何かやらせるということはないから安心しろ」

「じゃあ、なんで召喚獣の契約をしたんだ?」

「なんとなくだ」


 ……うそだ。本当はマンティコアの肉目当てで契約しようと思ったが、錬金術での無限増殖を忘れていただけというしょうもない理由なのだ。だってしょうがないじゃないか、僕ちゃんまだ十二歳なんだもんっ。……うえ、ぶりっ子きつい。


 俺の要領を得ない答えに、目を細めて疑いの目を向けてくるマンティコアをごまかすように、新しい召喚獣が仲間になったことをあいつに知らせるため、俺は奴を呼び出した。


「【召喚】! 出てこい、オクトパス」

「む? ここはどこだ? 水辺ではないようだが」

「久しぶりだな。今日は……ってか、お前そんなに小さかったか?」


 そこに現れたのは、最初に出会った巨大ダコではなく、全長が二メートルほどの大きさしかないオクトパスであった。しばらく呼び出さないでおいたせいで萎んで小さくなってしまったのかと少し悪いことをしてしまったかと思ったが、そんな俺の心配は杞憂に終わった。


「実は、自由に大きさを変えることができるのだよ。一番大きいサイズだと、主と戦った時の大きさになる。ちなみに、最小サイズは主の頭くらいの大きさになるな」

「ふーん、まあいい。今日はお前に新しい仲間を紹介するために呼び出した。お前と同じSSランクモンスターのマンティコアだ」

「……久しいな、オクトパス」

「そうだな、ざっと四百年ぶりか」


 どうやらお互い昔の顔馴染みだったらしく、両者がそんな挨拶を口にする。


「まさか、こんな形で貴様に再会することになろうとはな……」

「次に会った時は、我が牙でズタズタに引き裂いてやろうと思っていたのだが、それができなくなってしまった。実に残念だ」

「それはこちらとて、同じことだ。そのたてがみを引き千切って、海の底に沈めてやろうと思っていたのだがな。当てが外れたわ」


 人間の顔のように表情豊かではないが、お互いニヤリと笑っているらしい。どうやら、昔因縁があったらしく次会った時はお互いに容赦しないと考えていたみたいだ。……確かに、まさか人間の召喚獣として再会することになるとは、こいつらも思ってなかっただろうしな。


「とりあえず、用ができたら呼ぶから、その時はよろしくな」

「了解した」

「わかった」


 こうして、セイバーダレス公国を苦しめていたマンティコアの問題は、実にあっさりと解決したのであった。

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