ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

162話「決着」



 突然現れた俺に驚いたビスタ達を気にすることなく、俺は紅茶を啜る。シェルズ王国の王都で散策をしていた際に手に入れたそこそこお高めの茶葉だけあって、なかなかに上品な香りと味がする。


 お茶請けに出したスイートポテトとの相性も悪くなく、紅茶の渋みを引き立ててくれている。


「……ンド様、ローランド様! 聞いているのですか!?」

「ふうー、お茶が美味しい」

「ダメです。紅茶に夢中で聞いてません」

「うん? 何か言ったか?」


 俺がコーヒーブレイクならぬティーブレイクを楽しんでいると、アリーシアが何か言ってきていたようで、若干呆れを含んだジト目と目が合った。


「何故、ここでお茶を楽しんでいるんですか? アレスタと戦っていたはずでは?」

「ああ、あれは俺が作った幻術だ。【サブスティチュートミラージュ】と言って、自分や誰かの虚構の分身を作り出す魔法だ」


 サブスティチュートミラージュの利点は、光の屈折を利用した蜃気楼や実体を伴わない幻術とは異なり、実際にそこに存在しているかのような実体があるという点だ。


 これは、言わばもう一人の自分や他人を生み出す行為に等しく、この魔法を使えば本人に成りすますことも難しくはない。


 今回は本体である俺が、直接攻撃を避けることを選択した結果この魔法を使うことにしたのだが、どうやら上手く機能してくれたようだ。


「では、アレスタが今戦っている相手は……」

「俺の偽物だ。しかも、本来の実力を十分の一以下にした俺のな」

「なっ」


 俺の言葉に驚愕するビスタ達を尻目に、俺は模擬戦が終わるまでのティータイムのひと時を満喫する。


 今もなおアレスタは偽物の俺に向かって木剣を振り続けており、たまに「まだだ。まだいける」とか「こいつに勝ってマンティコアを倒しに行くんだ!」などと死亡フラグと思しき言葉を積み重ねている。


「ローランド様、それはなんですか?」

「ん、これか? これはスイートポテトと言って、俺が作った甘いお菓子だ」

「お菓子ですか」


 そう言って、スイートポテトをアナスターシャが見つめている。やはり女の子は甘いものに目がないらしく、口に出してはいないがアリーシアも目線がスイートポテトをロックオンしている。


「食ってみるか、美味いぞ」

「いいのですか? では、いただきます」

「わ、私もいただいてよろしいでしょうか?」


 このまま一人で食べているのもなんだか居心地が悪そうだったので、食べてみるかと勧めてみるとすぐに食い付いてきた。


 一国の公女がお菓子に釣られていいものかとも思ったが、そのあとすぐにアリーシアも食べてみたいと言ってきたので、二人にスイートポテトを振るまった。アリーシアよ、あんたは仮にも大公なんだから食べ物に釣られるなよ……。


「美味しい」

「すごく美味しいです」

「ビスタも食べるか?」

「い、いただきます……」


 こういう時男はあまり自己主張しないものだが、実のところ食べてみたかったりするのだ。その気持ちを汲んで、俺はビスタにもスイートポテトを勧めてみた。するとやはり二人の手前我慢していたようだが、俺が勧めたことで言い易くなったようだ。


「確かに、これは美味しい」

「そうか、それはよかった。ところで、アレスタの試合を観戦しなくていいのか?」

「「「あ」」」


 スイートポテトに気を取られ過ぎて、肝心の試合に注意が向いていなかったようだ。三人とも同じリアクションを取った。


「はあ、はあ、はあ……」

「どうした、もう終わりか?」

「ば、化け物め……」

「化け物とは心外だな。これでもお前と同じ人間なんだが?」


 完全に息の上がったアレスタが、最後の抵抗とばかりに悪態を吐く。そんな中、偽物の俺が木剣を軽く横薙ぎに振り払う。もはや彼女に避ける力はなく、木剣の刀身が横腹に突き刺さり、その痛みと衝撃によりアレスタが思わず膝を地面に付く。


「アナスターシャ、もういいだろう。勝敗を宣言してくれ」

「わかりました。そこまで! 勝者ローランド」

「なっ!?」


 途中見ていなかった部分もあるが、結果的に勝敗が決まる瞬間は見ていたので、審判のアナスターシャに勝負の結果を宣言するよう促した。


 アナスターシャの宣言を受け、驚愕の表情を浮かべるアレスタだったが、すぐに立ち上がるとこちらに抗議の言葉を言い始めた。


「私はまだ戦える。まだ負けてなどいない」

「あのまま戦いを続けても勝てないってことは、お前が一番よくわかっていたはずだ」

「父上……」

「それに、お前が戦っていたのはローランド様ではなく、ローランド様が作り出した偽物と戦っていたのだ。それに加え、本物よりも数段実力の劣るというおまけつきのな」

「そ、そんな……」


 自らの剣の師であるビスタにそこまで言われてしまっては、もはやアレスタに戦う意思も反論する気力もなかった。堰を切ったように膝を折り、意気消沈する。


 そんな状況で、俺は魔法を解除し偽物が持っていた木剣を手に取ると、アレスタに近づいていく。そのまま彼女の背後まで近寄ると、その気配に気づいたアレスタがこちらに振り返ったのを見計らって俺は口を開いた。


「お前は、今とても幸運だ」

「……負けたのにか?」

「ああ。何せ本体である俺と戦わずに済んだんだ。これ以上の幸運はない。もしお前が俺とまともに戦っていれば……ふんっ」


 一度言葉を切った俺は、持っていた木剣をそのまま誰もいない場所に向かって横薙ぎに振った。次の瞬間とてつもない轟音と共に辺り一帯に土煙が立ち込める。


 その煙が消え、そこにあったはずの地面はまるで巨大な三日月のように抉れていた。その規模は尋常ではなく、半径にして二十五メートル、深さは覗き込んでも底が見えないほどである。


「お前は確実に死んでいた」

「……」


 目の前で起こった惨状を認識した瞬間、アレスタは言葉を失った。目の前に起きた非現実的な光景と、俺という存在の本当の実力を知ってしまった。下手をすれば、その猛威に晒されていたかもしれないという恐怖が込み上げてきたのだろう、そのまま気を失い後ろ向きに倒れてしまった。


「アレスタ!」

「お姉様!」

「いかん、すぐに医務室へ」

「大丈夫だ。心配ない。ただ気を失っているだけだ」


 気を失ってしまったアレスタを心配してビスタ達が駆け寄ってきたが、ただ気を失っているだけだと告げると、安堵のため息を吐いていた。


「そうだ。彼女が目を覚ましたら、食べさせてやるといい。彼女だけ食べられなかったからな」

「あ、ありがとうございます」


 アレスタの分のスイートポテトをビスタに渡すと、ぎこちない複雑な笑みを浮かべながらそれを受け取った。“自分の娘を気絶させ食べられなくしたのはお前だろ”とでも言いたげだが、気絶したのは彼女自身の意志であって断じて俺が気絶させたわけではないのだ。


「さてと、これでひとまずアレスタの件については決着でいいだろう。でだ。アリーシア大公並びにブルジョワージ公爵」

「「は、はい」」


 俺の改まった言い方に、背筋を伸ばし返事をする。そんな彼女たちを見て、内心で苦笑いを浮かべつつも、用件を口にする。


「件の依頼だが、いろいろと準備もあるので今日のところはこれで失礼する。諸々の細かい話は依頼が終わってからということで」

「はい、わかりました。お気をつけて」


 とりあえず、そんな感じでアレスタとの一件に決着をつけた俺は、一度宿へ戻りしばらく戻らない旨を伝えた後、そのままマンティコアがいるとされる村へと向かった。

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