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ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

155話「ミスリル一等勲章を持つ者の待遇」



『いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました』


 領主の屋敷へと向かった俺は、使用人全員から歓迎を受けていた。それはまるで王族や上級貴族がやってきたレベルの歓待で、その光景に若干引いたほどだ。


 屋敷の入り口の左右に使用人が列を成して並んでおり、俺は今その間を通って屋敷に向かっている。辺境伯ともなればその使用人の数も十や二十ではきかず、少なくとも五十人以上はいるだろう。


 そんな好待遇というか、めちゃくちゃ居心地の悪い歓迎に内心でため息を吐きつつも、相手の厚意は素直に受け取らなければならないという理由で、そのまま領主のいる執務室へと案内される。


 案内してくれたのは、この屋敷の家令を務めるセーバスという執事で、微妙に惜しい名前をしていた。何が惜しいかは、想像にお任せする。


「旦那様、ローランド様をお連れしました」

「入ってもらえ」


 執務室へと通された俺は、ソファーに腰を下ろす。執務室には難しそうな本が並び、余計な調度品は何一つとしてない。まさに執務をするためだけに作られたような内装となっている。


 部屋に唯一ある机の椅子に座って執務に励んでいたラーゼンが立ち上がり、俺の元まで近寄ると頭を下げ謝罪してきた。それを見たセーバスが、目を丸くして驚いている。


「だ、旦那様!?」

「ローランド殿、此度の娘の失態誠に申し訳ない。改めて謝罪させてほしい。本当にすまなかった」

「別にそれについては問題ない。ただ問題があるとすれば、あの女騎士の性根についてだ」


 長い期間持ち続けた価値観というのは、なかなか払拭することはできない。例えそれが間違った価値観だと頭でわかっていたとしてもだ。そして、彼女の場合今でも自分の行いが正しいことである絶対の正義であると疑ってはいない。だからこそ、また同じようなことをする可能性が高いのである。


「ラゼンダについては、今まで私が甘やかしてきた結果によるものだ。妻の忘れ形見ということで溺愛するあまり、人にとって大切なものを教えてやることができなかった」

「まだ間に合うんじゃないのか? 彼女は若い。誰だって若いうちは失敗するものだ」

「……それを、まだ成人していないローランド殿が言うのか?」


 俺の事情を知らないラーゼンが、俺の姿を見ながら苦笑いを浮かべる。確かに、今の俺は十二歳だが、前世の記憶を合わせれば八十年以上の生きていることになる。その経験は決して軽いものではなく、俺の中に脈々を受け継がれているため、ただの十二歳ではないのだ。


「まあ、俺は俺だからな」

「なるほど、なんとなくだがしっくりくる言葉だ」


 俺の放った答えになっていない返答に、何か感じるものがあったのか、ラーゼンは何か納得したような顔を浮かべていた。


 それから、夕食の時間となり食堂でラゼンダと共に食事を取ることになったのだが、やはりあまり口には合わなかった。どうやら、俺が作る料理によって俺自身の舌が肥えてきてしまっているらしい。


 決して不味くはなかったのだが、どこか一味足りないという感想しか浮かんでこないのである。例えるならピースが一つ足りないパズルといったところだろうか。


 夕食後軽くラーゼンたちと雑談した後、屋敷にある風呂で汗を流した。ここでよくあるピンク色な展開を想像してみたりもしたが、さすがに成人前の子供にそんなことを仕掛けるほどラーゼンも常識知らずではなかったらしい。俺としても、来られたところで対処に困っただろうから問題はない。


 入浴後、外が完全に闇夜に包まれてしまったので、宛がわれた客室で早めに就寝することにした。……だが、これだけでは終われば良かったのだが、そうはさせてくれないらしい。


「……一人か」


 ベッドに入ってしばらくすると、俺の泊っている部屋に近づいてくる反応を察知する。その反応はぴたりと部屋の扉の前で止まった。どうやら、俺に用事があるらしい。


(暗殺か? いや、それなら食事の中に毒を入れるはず。それとも秘密裏に始末しに来たか)


 俺の中で既に暗殺の線が確定してしまっているが、まだそうと決まったわけではない。もう一つの可能性が残っているのだ。


 まあ、その可能性だったとしても俺がそれにどうこうすることはないんだがな……。とにかく、相手の目的がなんなのか見極めるとしよう。


 そんなことを考えている間にも、扉の鍵をガチャガチャと開ける音がしており、ついには扉の鍵がカチャリと音を立てて開いてしまった。


 部屋に入ってきたのが誰なのかはわかっているが、敢えて誰何の声を上げることにする。


「誰だ」

「私です」


 そこに立っていたのは、領主の娘のラゼンダだった。大体の予想はできるが、もしかしたら間違っている可能性も鑑みて彼女の目的を聞いてみる。


「こんな夜更けに訪ねてくるのはあまり感心しないが、一体何の用だ?」

「今晩の夜伽をさせていただきに参りました」


 彼女はそう言うと、羽織っていた寝間着を脱ぎ出した。はっきりとは見えないが、艶のある白い肌が何となくわかるので、今の彼女が何も身に着けていない全裸の状態だということが状況から伝わってくる。


 まったく、こっちはまだあそこの毛も生えていない未成年だぞ? それともそういう趣味でもあるのだろうか?


 とにかくだ。夜伽をされたところで、まったく下の方が反応しないのだから、夜伽もくそもないんだがね……。


「俺がそんなものを必要としている歳に見えるか?」

「ですが、私ができることといえばこれくらいしか……」

「はあー。とりあえず、服を着てそこに座れ」


 俺はラゼンダに服を着るよう指示を出し、ベッドに腰かけさせる。そして、彼女の目の前に腕組みしながら仁王立ちで話し掛けた。


「いいか、お前は今まで自分が間違っていることをしていても、誰もそれを間違いだと言ってくれなかった。だから、自分が間違ったことをしている訳がない。自分がやることは常に正しい、という間違った価値観を持ってここまで生きてきたんだ」

「はあ」


 俺の言葉にわかったようなわからないような曖昧な返答をするラゼンダに、さらに言葉を重ねていく。


「人っていうのはな、必ず間違う生き物だ。この世に間違えない人間なんていない。それは覚えておいた方がいい」

「そうなのでしょうか?」

「じゃあ、お前が今回俺の身分を確認せず牢屋にぶち込んだことは正しいことなのか?」

「それは、間違いだと思います」

「そういうことだ。人というのは、大事な判断を下す時それが間違っていないかどうかで判断する。今のお前にその判断ができるか?」


 俺の問いにラゼンダは顔を俯かせる。おそらくは難しいと考えているのだろう。だが、一人で判断するのが難しいならば他の人間に意見を求めればいいだけなのだ。


「一人で判断できないというのなら、周りの人間に聞けばいい。警備隊長のバルムや他の兵士たち、あるいはこの屋敷の使用人や自分の父親でもいい。お前の周りにはお前を大事にしてくれる人間がたくさんいる。そのことを忘れるな」

「はい……はい……。ありがとうございます」


 それからラゼンダのすすり泣く声が部屋に響いていたが、しばらくして落ち着きを取り戻した。今まで持っていた価値観を変えるのは難しいことだろうが、今回の一件でそのきっかけになってくれれば、俺としては幸いである。


 その後、ラゼンダは俺にお礼を言って部屋を後にした。彼女が去ってからすぐに眠気がやってきたので、そのままベッドに横になり、俺はそのまま意識を手放したのであった。

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