ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく

こばやん2号

148話「領主に屋敷へ報告に行ったら、なぜか夫婦漫才ならぬ親子漫才を見せつけられたのだが?」



「ローランド君、今回の件本当に感謝する」


 マリントリルを観光した翌日、改めて領主のバッドガイの屋敷を訪れた。先の言葉は、彼の開口一番の言葉である。


 こちらとしては、国王の依頼ということもあったが、何よりもこの世界で初めての海を見てみたいという欲の方が強く、どちらかと言えばオクトパスの件はもののついで程度のものでしかなかった。


 そんなもののついで程度でやったやっつけ仕事甚だしい内容で感謝されても、俺としては複雑を通り越して申し訳ないという思いさえ浮かんでくるほどだ。


「別に気にしなくていい。大したことはしていない」

「あのオクトパスを倒すことが大したことでないなら、一体何が大したことなんだ?」


 俺の言葉に、苦笑いを浮かべながらバッドガイがそう答える。確かに、三十メートルを超える巨大怪獣を赤子の手を捻るように、いとも簡単に倒してしまうことが、大したことでないわけがないか……。


 実際オクトパスを倒すことができそうなのは、俺を除けばナガルティーニャくらいなもんだし、一般的には大したことなのだろう。だが、俺にとっちゃタコ焼きの材料以外に価値を見いだせない相手だったため、あまり強いという印象がなかったんだよな。


 そんなことを考えていると、突如執務室の扉がノックされる。バッドガイの「入れ」という言葉と共に扉から現れたのは、一人の可憐な少女だった。


 歳の頃は十代中盤で、薄い青色の長い髪にこれまた瞳も青い色を持っており、その瞳には強い意志が込められているように思える。


「初めまして、あた……私はバッドガイ・フォン・ウミガイヤーの娘で、アッバズーレと申します。以後お見知りおきを」

「ローランドという。よろしく頼む」


 アッバズーレか、なんだか日本語に聞き覚えのある単語が浮かんでいるのだが、これは言わぬが花ってやつなのだろう。決して本人をあばずれとは断じて思ってはいない。……あっ、言っちゃった。


 それにしても、父親はバッドガイでその娘はあばず……いや、アッバズーレとはな。この家のネーミングセンスは一体どうなっているのだろう。


「く、くくく……」

「バッドガイ子爵どうかしたの――」

「はぁーははははははは! アッバズーレよ。なんだその猫かぶりな物言いは、俺の娘ともあろうものがなんて気持ちの悪い喋り方をする?」

「お父さ……お父様は少し黙っていてくださいまし」


 まあ、最初自分のことを“あたし”と言いかけていたし、俺に媚びを売るために猫を被っていたことはわかっていたが、それにしても貴族的には俺を取り込む側にいるはずなのに娘の工作をバラしていいのだろうか?


 尤も、そんなちょこざいな工作を仕掛けてきたところで俺が靡くわけがないんだがな。バッドガイもおそらくそのことを理解しているのだろう、だからこそ娘の必死な姿が滑稽に映り、高笑いをしたのだろうからな。


 それから、娘の猫かぶりをおちょくる父親と、徐々にその化けの皮が剥がれいつもの砕けた態度で父親に反論する娘の親子喧嘩が始まってしまった。


 状況的に二人の喧嘩を止める立場にあった俺だが、基本的に興味のないことに対して無関心な性格もあって、自然に喧嘩が収まるのを肉まんやフライドポテトなど今まで作ってストレージに保存しておいた料理でもつまみながら待つことにした。


「だいだいお父さんは昔っからデリカシーがないんです。あたしが着替えてる最中にノックもなしに部屋に入ってきたり、食事中におならをしたり……。それでも一貴族家の当主ですか!」


 ――はむっ、もぐもぐ、もぐもぐ……。


「はんっ、俺は海の男だ。海の男がそんな細けぇこと気にしてたら、いざってぇ時どれが正しい選択なのか咄嗟に判断できなくなるだろうが!」


 ――ほくっ、ほくほく、ほくほく……。


「……それにしたって、もう少し人の目を気にしてください。誰がどこで見ているやも知れないんですから」


 ――パリッ、パリパリパリッ……。


「「お前(あなた)は一体何をやっとるんじゃ(しているんですか)!!」」

「親子喧嘩観戦ですが、何か?」

「「俺(あたし)たちの喧嘩は見せもんじゃないぞ(ですよ)!!」」

「おー、さすが親子だ。息ぴったりの芸だな」

「「芸でもない!!」」


 何年も親子をやっているだけあって、なかなか息の合った漫才が見られた。さて、そろそろお暇しようかね。


 そう思い、ソファーから立ち上がって扉に向かおうとしたところで、両肩に手が置かれた。片方はバッドガイで、もう片方はアッバズーレだった。


「……もう用は済んだから帰りたいんだが?」

「あれだけ美味そうなもん目の前で食っておいてそれはないんじゃねぇか? ローランド君?」

「そうよそうよ。せめてあのほくほくしたものを食べさせてほしいです」

「わかったから手を離してくれないか? まるで食べさせてない家の子みたいだぞ?」

「「うっ」」


 俺の皮肉を込めた比喩表現に、思わず押し黙る二人。まあ、別に食べたいなら食わせてやらんでもないが……。


 というわけで、ストレージからあらかじめ作っておいた料理を提供して差し上げましたとも。ちなみに最初に食べていたのが肉まんで、その次がフライドポテトで、最後がポテトチップスだ。


 俺が食べていた料理の他にも、鳥モンスターの肉の唐揚げやたまごサンドなど野菜や果物を使ったサンドイッチなども出してやった。


 宴会の時にもそうだったが、海に住む人間はよく食べる者が多く、出された料理の量に驚いたものだが、この食べっぷりからすればあの量は納得できる量であった。


 もしかすると、この町の女性がグラマーなのはよく食べるからではないだろうかと思わせるくらいだ。現にアッバズーレの体つきは、十代にしてはなかなか素晴らしいプロポーションをしている。……胸部装甲レベルEってとこか。


 二人分にしては些かというか、かなりというか、食べ過ぎなくらいなまでの量を平らげた親子は今、俺が時間を見つけて作っておいたプリンを堪能している。


「いやあ、随分とご馳走になってしまったな」

「とっても美味しかったです」

「そうか、それならよかった。じゃあ、俺はこれでお暇するが、国王に何か伝言などはあるか?」

「此度の一件に、ローランド君を使わしてくださりありがとうございますと伝えてくれ。それと、近々王都に登城するので、その旨もよろしく伝えてくれ」

「わかった。必ず伝えよう」


 ようやく領主邸での用件も終わり、最後にバッドガイと握手を交わす。終わってみれば、この領主も名前はアレだが決して悪くない領主だと今ははっきりと言える。


「あば……アッバズーレ嬢もお元気で」

「はい……。ローランド様、またお会いできますか?」

「ここには海の幸が溢れている。それを仕入れに定期的に訪れるので、その折に機会があれば」


 俺がそう言うと、頬を染めにこやかな笑顔を向けてくる。……うむ、いい笑顔だ。俺がそんなことを考えていると、水を差す様にバッドガイがアッバズーレをからかい始める。


「おうおう、いっちょ前に色気づきやがって。そんな顔一度も俺に見せたことなかったぞ?」

「お父さん! 何言ってるんですか!?」

「いや、厳密にはお前がガキの頃に見せてくれてたな。あの頃は可愛かったよなー。お前は覚えてねぇだろうが、よく俺に“大きくなったら、お父さんのお嫁さんになるぅー”とか言ってたんだぜ」

「お父さん!!」


 バッドガイのその一言を皮切りに、そこから再び親子漫才……もとい、親子喧嘩が始まったので、巻き込まれないように早々に退散することにした。


 こうして、魚の仕入れと観光……もとい、オクトパス討伐の一件は落着し、俺は報告のため宿などの諸々を引き払い、一度王都へと戻ることにしたのであった。
 

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